第15話 受付嬢

「笑えるだろ? ネット上でストーキングした挙句、彼の悪い面を見て、それを見なかったことにして。私も共犯なのさ。私も虐待者」

 私は自分がおかしくて笑った。それから続けた。

「だから私に、正義を語る資格なんてないんだ。ここのテロリストどもをぶちのめしても、この罪は消えないんだ」

 そう結んだ私を、コレキヨは銃を持ったままじっと見下ろしていた。ヒーローになりたいと言うコレキヨは、これを聞いてどう思うだろう。私はパソコンの中の監視カメラ映像を見ているフリをしながら、コレキヨの息を探った。やがて浅い呼吸を見つけたが、それは私自身の呼吸の可能性もあった。結局、コレキヨが何を思っているかは、感じられなかった。

「今でも分かんないんだ」

 コレキヨがしゃべらないから、私は続けた。

「あの時どうすべきだったか分からない。少なくとも、見過ごすべきではなかったことだけは分かる。でもどうすればよかったのかは分からない。今も分からない」

「だから……」

 コレキヨが銃を揺らした。金属の音がした気がした。

「だから今も、自分が何をしてるか分かってないって言うのか。何のためにこれをしてるか。何故これをしてるか」

 うーん。

 私は首を傾げた。それから少し間を置き、続けた。

「今に関して言えば、私はただ大切な家族を守るために動いているだけであって、何をしてるか、とか、正義がどうとか、は関係ないかな。ただ自分のために動いてる」

「それでいいと思うぜ」

 コレキヨが鼻の横に皺を寄せた。

「虐待の時に関して言えば、その決断がお前が一番落ち着ける結論だったんだろ? それでいいさ。他人のために自分が傷つく道理はねぇ。さっきお前も言ってたよな。『ヒーローなんて碌なもんじゃない』。その通りだと思うよ。俺は単にヒーローになることが一番落ち着ける結論ってだけでお前がそこに落ち着く理由はない。俺もかっこつけは嫌いだ。なんでもいい。自分が欲しいもののためにどかんとぶちかまそう。結果的に悪事になったっていいじゃねーか。正義がどうとか、悪がどうとか。そんなのは些細な問題さ。自分のために動きゃいい。綺麗事抜きで生きようぜ。それが大事だろ」

「苦しむ子供を見過ごしてもか」

 コレキヨはふん、と鼻を鳴らした。

「いい日本語教えてやる」

 それからコレキヨは堂々と告げた。

「『それはそれ、これはこれ』。昔のことはいいから親父さん助けようぜ」

 私はニヤッと笑った。

「いいねそれ」

 コレキヨの言葉に励まされたわけではないし、正直これしきのことで全部チャラになるだなんて思ってない。でも少し前を向けたのは事実だった。私は画面をスクロールさせた。

「お」

 並んだ監視カメラ映像のうちのひとつを見て声を出す。

「これ外が見れるじゃん」

 それはビル入り口につけられているらしいカメラの映像だった。気づけばもう日が落ちていた。暗い映像の中、街灯の光が画面を焼いている。遠くの道を車が走っていた。街路樹が風に揺れていて、暗い地面に影が踊った。

 その向こうに、赤いライトが点滅しているのが見えた。気持ちがわっと沸き立つ。

「警察だ!」

 声を上げるとコレキヨが私を見た。

「やっとか!」

「これで助かる……!」

 私は伏せていたスマホを取り上げた。

「もしもし!」

 電話の向こうのオペレーターが応える。

「警官を三名そちらに派遣しました。状況を確認させてもらえますか」

「状況を確認って、だからテロリストが銃を持ってビルを占拠……」

 と、言いかけた時だった。

 爆音。

 地響き。

 思わず頭を覆う。コレキヨも首をすくめてかがみ込んだ。何? 何事? そして監視カメラの映像を見て、私は凍りついた。

 炎上するパトカー……。

 少し遅れて、中から這い出てくる、焼けただれた警察官……!


 持ち物:ハンドガン、パソコン、スマホ、トランシーバー



「何? 何があった?」

 コレキヨが叫んだ。

 私は慌てて監視カメラ映像を確認する。炎上するパトカー。この映像がフェイクということは……考えにくい。じゃあ何だ? 何が起きた? どこかに何か手がかりは……? 

 そう画面をスクロールさせた先に見つけた。五階エレベーター通路。大きな筒が六つまとまった、口径の大きな銃を持って歩く男……。私はすぐに思い当たる。

「グレネードランチャーかよっ?」

 私は大声をあげる。

「何だあいつら! 何でもありか? しかもこいつ上にいた五人とは別の奴じゃねーか!」

「グレネードランチャーってなんだ?」

「おめー何も知らねーのか? ゲームやってりゃこの手の武器……」

 と言いかけて思い直す。こいつどうぶつの森しかやったことねーのか。

「早い話が手榴弾をぶっぱなす銃だ! 弾が爆発するんだ!」

「じゃあさっきの爆発音は……」

 私は唇を噛む。それからスマホを耳に当てる。

「特殊部隊でもいい、軍隊でもいい、何でもいい! とにかく武装して来て。命がけで助けて! こっちも命がけで粘るから!」

 それからスマホを置き、私はコレキヨに向き直った。パソコン画面の中の一画を指差す。それから告げる。

「この子、助けに行くぞ」

 それは受付フロアでネズミみたいに震えている、あの受付嬢の子だった。


 プラン三:受付の子を助けに行く



 監視カメラの映像で、安全を確認する。

 次に開くドアの向こうに敵はいないか。曲がり角の向こうにいないか。誰か近づいていないか。私たちが通る階段は安全か。それらから複合的に安全を確認して私たちは三階の受付フロアを目指した。足を引きずりながら、何とか到着する。傷が痛んで呻き声を上げた。コレキヨの茶色いハンカチに私の血が滲んでいる。

 私とコレキヨは真っ先に受付カウンターの方を目指した。果たしてそこに着くと、カウンターの向こうに人の気配を感じた。

「安心して」

 私が声を発すると、人の気配が一瞬、硬直した気がした。コレキヨが続く。

「敵じゃねぇ。助けに来た」

 すると声が返ってきた。

「本当に?」

 か細い声。日本人らしいというか、かわいらしい声だった。男ウケしそう。

「あんた一人ぶっ殺しても何の得もないでしょ」

 思わずトゲのある言い方になる。まぁ、女の敵は女ってね。

 おそるおそる、といった風に、カウンターの向こうから女の子が這って出てきた。両手を地面について馬みたいに……スカートでそんな格好しちゃダメでしょ。なんて、私の心の中の「おばあちゃんgranny」がたしなめる。

「あの……」

 女の子が立ち上がる。

「助けてくださる、ということでしょうか」

「そう言ってんじゃん」

 かったるい子だな。

 私は彼女を観察する。

 耳までの丸いシルエットのショートカット。身長は私よりも少し低いくらいで、体の線はびっくりするくらい細い。メイクは薄目……に見える濃いやつ。こういうのに弱い男っているよな。なんというか、異性の弱いところをしっかり把握してますみたいな。狙ってやってるんでなけりゃ天然の危険物だな。

「ありがとうございます」

 髪を撫でながら立ち上がる女の子。私は名前を訊く。

真部まなべこよみです」

「マナベ? 暦ってあれか。カレンダー?」

 ぶっ、とコレキヨが噴き出す。どうやら合ってるらしい。私は続ける。

「あんたカレンね。カレンダーのカレンちゃん。よろしく」

「か、カレン……」

「何、気に入らない?」

「いえ……」

「とりあえず確保、だな」

 コレキヨがぶら下げている銃を見て、カレンが息を呑む。

「さっきも銃を持った人がいました」

 カレンちゃんが俯く。

「最初は何かのドッキリとかイベントなのかと思いましたけど……ほら、今日は社員パーティもありますし」

「社員パーティの日も受付嬢の仕事ってあるんだ?」

「いえ」

 カレンちゃんは首を横に振る。

「昨日忘れ物をして……オフィス探してもなかったので、ここかなぁ、って来たら、銃を持った男が……」

「なんで制服着てんの」

「セキュリティの人に通してもらえるかなって」

「あんたもアンラッキーガールってわけね」

 私が呆れた顔をするとコレキヨが笑った。

「俺アンラッキーボーイ」

 ほら。早くもコレキヨの奴カレンに鼻の下伸ばしてる。

 まぁ、とりあえず救出完了、と。

 私はこのビルの外に意識を投げる。

 さっきの爆撃で、警察の奴らが本気出してくれてるといいけど。

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