第12話 昔の話

 二十一階のフロアは会議室や倉庫など、雑多な設備がまとめられた多目的フロアのようで、吹き抜けを中心にドーナツ型に部屋が並んでいた。二十階の壺型のフロアは何だったんだっていうくらい広々した造りで……正直、一階差とは思えなかった。ここ作ったデザイナーどんな奴なんだろ。

 この造りは非常階段出てすぐに分かるくらい簡素なものだった。非常口出た目の前がガラス張りになっていて、ぐるり回廊になっていることが分かる。私を追ってきたテロリストの下っ端どもも一目で理解したようだ。そして、吹き抜けの近くにいた私たちは、すぐさま敵に見つかったってわけ。

 ガラス張りとは言え、足元はブロックで囲われている。つまりしゃがみ込めばかろうじて身を隠すことはできた。私とコレキヨはブロックにもたれかかるようにして息を潜めた。それから私は、作戦を言う。

「正気か?」

 コレキヨが訊いてくる。私は大真面目に頷く。

「やるっきゃない」

 私が腹をくくっているのを悟ったのか、コレキヨは黙り込んだ。その間に私は、回廊の各所にあるドアを閉めてカード認証をロックした。これでしばらくは時間が稼げる。

 身を潜めたまま、匍匐前進ほふくぜんしんする。目の前の部屋に用がある……「第一資料室」。何が入ってんだか分からない部屋だが、もし書類があるなら……! そこにはきっと、防火設備があるに違いない。

 手を伸ばしてノブをつかみ、ドアを開ける。二人でゆっくり中に入った。そうこうしている内にテロリストども……多分計二人は、銃で各所のドアを破壊し、どたどたこちらにやってきていた。ふと、コレキヨが足音の方を見ながらつぶやいた。

「俺、補導歴あってさ」

「ホドー?」

 何のことだか分からないので言い返す。だがコレキヨは続ける。

「両親が離婚してて、ちょっとグレてたんだ。窃盗とか、暴行とか、未成年飲酒とかやって、ひどい奴だった。ばあちゃんを泣かせた」

「飲酒や暴行が何? 私飲酒歴くらいあるし、窃盗も暴行も今日のこれで全部やったことになるよ!」

 実際パソコンは窃盗、銃撃はやってこそいないが教唆してるし。それに多分これからやるし。

「まぁ、俺の悪さなんて本当におこちゃまみたいなもんでさ。でもおこちゃまな悪でも悲しんでくれる人がいて」

「そいつが『おばあちゃんgranny』だって?」

「ぐ、グラ……?」

 私は鼻から息をつく。コレキヨが気を取り直して続ける。

「ま、とにかく。ばあちゃんが悲しんでくれたんだ。で、俺思った。ばあちゃんは俺の大切な人だ。大切な人を悲しませちゃダメだ」

「幼稚園で習うね」

「そう、幼稚園レベルだったんだ。で、思い出した。俺、幼稚園の頃、ヒーローになりたかったんだ」

「なんで?」

 私は訊ねる。

「ヒーローなんて碌なもんじゃないじゃん! みんなのために体張って、でもそれが当たり前だって言われて。多少褒められこそすれ、無茶の代償も身に迫る危険も全部……」

「全部背負える男になりたい」

 コレキヨは静かにこちらを見てきた。

「全部、背負いたい。ばあちゃんのことも、みんなのことも。だからさ、お前も俺の背中、見ててくれよ。出会ったばかりで、こんなことになって、でも俺、頑張って……」

 連続した銃声。やばいバレた。こんな御託に付き合ってる場合じゃない。私は素早く身を起こすと足を引きずり資料室の奥に入る。手頃な机手頃な段差手頃な棚……あった! 腰くらいの高さのキャビネット! 私はその後ろに立つ。そしてハンドガンを、部屋の入り口の方に向けて構える。

「あいつらがこの部屋に入ったら……?」

 私が訊くとドアの横に隠れたコレキヨが、パソコンを手に持つ。

「Enterキーを押す!」

「そう! じゃあ行くよ!」

 

 プラン二:奴らの下っ端をぶちのめす→作戦実行? 



 沈黙。場が静かになる。

 だが遠くから聞こえる。知らない言葉、多分韓国語、男の怒声。

 やがて声は近くなってくる。銃口が、チラッとドアの向こうに見える。

「Hi、おじさんたち」

 私は銃を構えたまま声をかける。英語で。多分そっちの方があいつらも分かりやすいだろうから。

「こっち来る?」

 銃口がチラチラ揺れた後、やがて男が二人姿を現す。

 一人はマッシュカット……何か男のアレみたいなシルエット。気持ち悪。もう一人はほとんどボウズ。つまりコレキヨと一緒。ハゲの方が強そうだな。優先すべきはあっち。私は拳銃の先をハゲの方に向ける。

 男たちが銃口を向け、勝ち誇った顔になる。ニヤニヤ笑って、私に一言。もちろん、英語で。

「いいかお嬢ちゃん」

 ニチャっていう唇の音が聞こえてきそう。

「銃を持ったら躊躇っちゃいけねぇ」

 そうして二人、ゆっくり入ってくる。

 しかし最初の一歩を踏み出した瞬間。

 コレキヨがEnterキーを押した。そしてそれを合図に! 

 降り注ぐ水、スプリンクラー! 防災システムを割って手に入れた機能だ。男たちは突然降ってきた水に思わず頭上を見上げる。その隙に、私が一発ぶちかます。

 銃声。立て続けの咆哮。私の拳銃ハンドガンと、コレキヨの機関銃マシンガン! 

 私の銃撃にハゲの方がよろけた。だが倒れない。マジ? もしかして防弾ジャケット? 慌てて私は何発か撃ちこむ。頭に当たれ! 頭に当たれ! やがて滝の向こうの人影が床に倒れる。起き上がってこない様子を見て、今度はマッシュカットの方を見た。叫び声が聞こえてきたのは遅れてのことだった。いや、最初の銃声の時点で聞こえてはいたが脳の処理が間に合わなかった。多分、マッシュカットの方はこう言っていた。

「撃たないでくれ!」

 しかし遅かった。コレキヨがドアの隣から銃弾のシャワーを浴びせていた。

 絶叫の後、コレキヨが銃から顔を離して既に倒れたマッシュカットの方を見た。それから私に訊いてくる。

「何て言ってた? 英語だから聴きとれなくて……」

「『撃たないでくれ』って言ってた」

「……そっか」

 ごめんな、とコレキヨが謝る。マジ? こいつ敵に情けをかけるタイプ? 日本人って不思議だよな。敵の権利も尊重すんのか……なんて思いながら、私はボウズのおじさんに笑いかける。

「銃を持ったら躊躇うな……アドバイスありがとうよ、おっさん」

 その言葉に応える人はもういない。私は水を浴びながら銃を下ろした。私の方は水が降ってくることを理解していたからおじさんの方に向けた銃口をぶれさせることなく引き金を引けた。一方のおじさんは突然のスプリンクラーを受けて銃口を逸らした。その違いだ。一瞬の差が生死を分けた。

「よくこんな作戦思いついたな」

 コレキヨが全身ずぶ濡れになりながらこっちに来る。手には濡れたパソコン。あーあ。分かってはいたけど、パソコンはダメになった。まぁいい。仕方ない。また新……何とか用のパソコンを失敬しよう。トランシーバーの方はコレキヨが服の下に隠してくれていたから無事だろうし。

 よくこんな作戦を思いついたな、というコメントに対し私は返す。任天堂ユーザーならスプラトゥーンやらないのか、って。

「ああ、流行ってるけど俺シューティング苦手で」

「塗りが勝敗分けるから最悪地面塗ってりゃ何とかなるぞ」

「塗る……?」

「指定された範囲を汚しまくれば勝ちっていうゲームだからな」

「はぁ、なるほど。それと今回の作戦と何の関係が……」

「『トーピード』っつー武器があんのさ。銃口を逸らさせて撃ち合いが有利になるっつー武器な。それの感覚があったから『銃口をぶれさせる』っていう作戦が思いついた」

「へぇ、何が役に立つか分からないもんだな」

 私はニヤッとコレキヨに微笑みかける。ああ、そうだ。これで暴行罪も私のレッドリストに加わった。ま、正当防衛だろ。


 プラン二:奴らの下っ端をぶちのめす→作戦成功! 

 持ち物:ハンドガン、トランシーバー

 進展八:敵を二名やっつけた

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