第9話 我々の目的は……
時間にして、どれくらい経っただろう。
多分たった数分のことだったはずだが、とんでもなく長く感じた。沈黙して、息を潜めて、非常階段の底に、慣れ親しんだ非常階段の一部に、私はなった。
やがて。
……いや、さすがに長くないか?
時間を測っておくべきだった。異常事態かそうでないかを判定する術がない。くそ、もしかしたらコレキヨのやつ、やられちまったか? そう思い始めた頃にはもう恐怖の方が強くなっていた。やばい……やばいどうしよう!
そうして焦り始めた私の目の前で、いきなり非常口のドアが開いた……やべえ! 合図がない!
しかもドアから出てきたのは、ライフルの銃口……!
「あっ、ドア叩くんだったな」
とんとんとん、銃口だけ覗いたまま、ドアが三回叩かれる。はぁ? これコレキヨ?
「ふー」
坊主頭のコレキヨが一仕事終えましたみたいな顔してドアの向こうから顔を覗かせる。ほとんど腰が抜けていた私は情けない格好をこのクソハゲの前に晒したことになる。
「てめークソハゲぇ! ビビっただろうがよぉ!」
私が声を上げるとコレキヨはちょっと驚いた顔をして、頬を拭った。え、うそ、血……?
「俺の血じゃねぇ」
コレキヨはぐっと渋い顔をする。
「ちょっと格闘になってな」
「か、格闘?」
コレキヨは悪びれることもなく頷く。
「銃奪えねーかなって」
オイオイ銃を奪うことなんて計画になかったぞ?
私たちの計画はこうだった。まずこの一階にいたあのテロリストの下っ端を「用具入れ」に生捕りにして、手も足も出ないところでドア越しに尋問する。鉄のドアならトランシーバーも使えないから上の味方とは通信できない。必然私たちと下っ端だけのやりとりになるはず。そんな算段だった。なのにこのクソハゲ……!
「計画通りやれよ! どうすんだよもしものことあったら!」
「落ち着けよ。生きてるだろ」
と、足を示すコレキヨ。はぁ? 何それセクシーな美脚だろって?
とにかく、今のコレキヨは警備員の制服に軍隊が持つようないかつくて長い銃を構えたなんともサマになる格好だった。まぁ、こういうゲームのキャラいそう。
「『用具入れ』まで誘導できたら背後とれてさ。いけると思ったんだ。ほら……」
と、コレキヨがドアの向こうに隠していた方の手を見せる。ライフルを持っていない、もう片方の手にあったのは……。
ホルスターに入ったハンドガンと、トランシーバー。
進展五:コレキヨが仲間に加わった
持ち物:パソコン、スマホ、トランシーバー、ハンドガン
プラン一:奴らの目的を探る
*
「俺、本物の銃触るの初めてだ……」
コレキヨのやつが手にしているどでかい銃を見つめてつぶやく。
「どうやって撃つんだろう」
「マジ? 知らねーの?」
「うん。構えて引き金を引くことくらいしか……」
と、銃を構えるコレキヨ。ああダメだ。
「こう持つんだよ」
私はコレキヨの手からライフルを奪って構える。銃床は肩の付け根にくっつける。コレキヨの持ち方はバズーカでも撃つみたいだ。
「すげえ、よく知ってるな」
一応アメリカ生まれアメリカ育ちだからな。
「ゲームとかやらねーの?」
一旦話の矛先を私のことから逸らしておく。知られて困ることはないが知らせる必要はない。
「やるけど、シューティングはしない」
「じゃあ何やんの」
「『どうぶつの森』」
「ぶはっ」
ジェイソン・ステイサムの親戚ですみたいな顔してんのに?
「で? 結局あの銃持ってたおじさんやっつけちゃったの?」
私が訊くとコレキヨはうん、と味気なく頷いた。
「これで背後からぶん殴ったら倒れた」
と、腰にある懐中電灯。よく見ると警棒と一体になってるやつだ。長くてがっしりしたやつ。
「一応ドア閉めとくか……」と、パソコンで「用具入れ」のカード認証を操作しておく。これで監禁状態。
「うーん、結局奴らの目的は探れなくなったな……」
と思ってコレキヨを見た。いやいや、待てよ……。
私はハンドガンの方に目をやる。隣にあるのは……トランシーバー。
「こいつ使ってみるか」
私はしばし端末を眺める。本体側面のところにボタンがある。これ押して通信するのか?
少しの間ひっくり返したりしてボタンが他にないか探したが見当たらなかった。どうもワンタッチ式のようだ。どうしようか。一瞬躊躇って、それから私は覚悟を決めるとトランシーバーのボタンを押した。と、ボタンの傍の赤いランプが点灯した。
「あー、あー」
声を出してみる。
「聞こえる? オーバー」
確か無線通信では「オーバー」って言って相手に返答を求めるんだよな。すると少しの間の後、返信があった。聞こえてきたのはさっきタブレットで話したあのおじさんの声だった。
「カン、君に女装癖があるとは知らなかったよ。オーバー」
ザッと音が入って、私の番だと悟る。
「あのおじさんカンっていうんだ。オーバー」
ザッと音が入る。
「私の大学時代からの友人でね。オーバー」
不思議なもので、お互いに「オーバー」をつけてやりとりすると妙な一体感がある気がした。少なくとも今、私とテロリストのおじさんとは心のどこかで繋がっていた。私は続ける。
「おじさんの知り合いイケメン多いね。オーバー」
「気に入ってもらえて嬉しいよ。ところでプレゼントは受け取ってもらえたかな? オーバー」
私はあのハシバの死体を脳裏に浮かべ、ぐっと奥歯に力を入れた。すぐさま、返す。
「すっごく気に入ったから、真似したくなっちゃった。カンさんから銃、借りるね。オーバー」
「子供のおもちゃじゃない。やめておきなさい。オーバー」
「ねぇ、そろそろ真面目な話しない? オーバー」
「デートのお誘いかな? オーバー」
「あんたたちの目的は何? オーバー」
「君に話しても仕方がない。オーバー」
「もしかしたら私、あんたの力になれるかもしれない。オーバー」
少し考えるような、状況を読むような間があった。やがて通信が再開した。
「よかろう。少しだけ話してやる。君には……そうだな。このメッセージをなるべくセンセーショナルに発表してもらおうかな」
発表? 外部と通信取れないのに? 疑問符ばかりが浮かぶ私の耳に奴の声が届く。
「我々の目的は……現在承認申請中の新薬、レラネゴブの承認拒否だ。このメッセージは厚生労働大臣に捧ぐ。現在承認申請中の新薬、レラネゴブの承認拒否を求める」
声が一瞬、遠くなる。
「お嬢さん、こちらと連絡を取ることは可能かな。社内のネットワークに入ってもらえると嬉しいのだが。オーバー」
「もう入ってる。オーバー」
実際、私は「用具入れ」の鍵を閉めるためにこの会社のネットワークに入っている。
「よろしい。…………」
英語だ。「スタスラフ、お嬢さん相手に仕事だ」と告げている。
「こちらとネット回線で繋がる手立てはお持ちかなお嬢さん。オーバー」
「さっきタブレットでやりとりした時のアプリならこのパソコンにも入ってる。社内連絡用アプリみたいよ。オーバー」
少しの沈黙。
と、手元のパソコンに通知が来た。
〈Hello?〉
社内連絡アプリだ。メッセージ。さっき私が使ったタブレットのアカウントからだ。私は応じる。
〈Hi〉
「通じているね。オーバー」
「そうみたいね。オーバー」
「これからある画像を君に送る。いちいち驚かないでくれると助かるんだがね。オーバー」
通知音が鳴る。画像ファイルが送られてくる……。
画面に広がったそれ。
一目見るなり、私はベロを飲み込みそうなほど息を呑む。
パパ……!
画像にあったのは、「レラネゴブを承認しないでください」と画面いっぱいに書かれたノートパソコンを持ち、銃口をこめかみに突きつけられた、パパの姿だった。
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