第35話 決戦の幕

 午後20時頃。


 俺達は指定通り『廃墟工場』に訪れた。

 そこは街から離れた場所にあり、多少騒ぎが起こっても目立たない無人の工場だ。


「藤堂の奴、まだ来てないのか? 自分から指定しておいて……まさか」


 なんか罠くさい。

 普段から卑怯な奴だけに余計そう思えた。


 にしても……。


「班長さんと副班長さんが自ら現場に来るなんて珍しいですね?」


「うむ、昼間と違い夜は妾の世界じゃからな。向こうも見学はOK言っている以上は問題あるまいて」


「私はミランダ班長の護衛です。万一混戦となった際、私が班長を全力でお守りいたしますのでどうかご安心ください」


 楓さんはドヤ顔で眼鏡のフレームを指先でくいっとして見せる。

 ミランダ班長、吸血鬼だからぶっちゃけ不死身じゃん。

 噂だと楓さんは班長を溺愛しているだけに心配性なのだろうか?


「あと、この場面はDuチューブで生配信するからな。うっかりじゃなくて意図的じゃぞ」


「生配信? ダンジョン探索じゃないのにどうして?」


「うむ、幾つか理由がある。まずは再生回数稼ぎじゃ。こんなメシウマ展開、配信せずにどうする? Duチューバーの名がすたるぞい」


 最低な理由だな。

 俺、別にDuチューバーじゃないし。


「あとは御幸君のアンチ達に対する警告です。まぁネット上での言論は自由として、こうした暴挙に出るのなら、我らDUN機関は徹底的に容赦しないぞという抑止力にもなるでしょう」


「なるほど、そこは理解できました」


「あとは【救ボス会】がどんだけカルトな連中か世間に知らしめるというところじゃな。まぁ、実際に表に出てくるのは藤堂だけじゃろうが……」


「どうして? 実際に莉穂が拉致され人質に捕られているんですよ?」


「証拠がないじゃろ? 汝が見た映像も『フェイク』と言われればそれまでしゃ。それに、琴石の両親から、まだ行方不明者届が出ておらん。おそらく本人を脅し連絡させ、帰りが遅くなるとかいい感じの言い訳をさせたのじゃろう。現に警察は動いておらんぞ」


「今時の子は少しくらい夜遅くても、理由がはっきりしていればそれ程心配されることはありませんからね。20時という時間帯は特に微妙な感じでしょうか。したがって世間というより、政府や警視庁向けに【救ボス会】の危険性を啓発する目的となるでしょう」


 確かに塾とかって平気で21時くらいまで掛かるからな。

 後ろ盾があるにせよ、藤堂の奴め考えているるようだ。


「ご主人様、どうかご安心ください! 莉穂殿は必ずこの私達が保護いたしましょう!」


「ええミユキ様、そのとおりです! 多少、腕や足が引き千切られていようと、生きてさえいれば、このわたくしの《癒し》で全て治してみせます! だから思う存分、戦ってくださいませ!」


 いや、ファティ……超不安なんだけど。

 頼むからおっかないこと言わないでくれる?


 ちなみに、四葉さんと鈴音は近くで狙撃者スナイパーとして待機しているらしい。

 SPSの隠密機能ステルスモードで身を隠した状態だとか。


 俺は服の下にインナースーツを着用し、手にはSPSが入ったアタッシュケースを持っている。いつでも戦える状態だ。


「それにしても遅いな……藤堂の奴、まさかバックレたってことはないよな?」


「――既にテメェの目の前にいるぜ、西埜」


 突如、藤堂は現れ姿を見せる。

 例のステルス迷彩服だ。


 通常のギルドが使用する『隠密迷彩外套ステルスコート』とは明らかに性能が異なる。消音機能を兼ね備えた最新型のスーツだ。


 無論、日本では非売品であり、ミランダ班長が言うには「【救ボス会】が海外から発注した代物ではないか?」と予想している。


「藤堂……莉穂はどうした?」


「それだけ仲間引き連れて素直に言うわけねーだろ? この建物内のどこかにいることだけは保証してやる。あとは自力で探せ。ただし、この俺を斃せる実力がテメェにあるんならな……」


 藤堂は言いながら、ポケットから何かを取り出した。

 それは漆黒色した掌ほどの水晶球オーブだ。


「……なんだ、それは?」


「猫間さんがくれた『魔術式邪悪甲冑イビルアーマー』だ。簡単に言やぁ、テメェが持つSPSの本家版らしい」


 ニヤッとほくそ笑み、藤堂は水晶球オーブを胸の中央に押し当てる。

 すると水晶球オーブは粘土のように、ぐにゃっと変形し無数の触手と化して奴の身体に纏わりつく。

 そして全身を覆う漆黒の鎧と化した。


「どうよ、西埜ッ! パワーアップしたのはテメェだけじゃないぜ!」


 藤堂は勝ち誇ったように断言した。

 何故か顔面の部分だけ剥き出しとなっており、ごつごつとした見た目の割にはなんかダサい。


 それに関節部分と装甲の溝部分から、ブルーライトが仄かに発光している。

 あれはまさか……魔術式光粒子力マナ・フォトンか?


「う~む、そういうことか……」


 俺の後ろでミリンダ班長が呟く。


「班長さん、あの鎧を知っているんですか?」


「まぁな、SPSが魔術と機械の中間に位置するモノであるなら、あれは純粋な魔術つまり『魔力』の塊といったところじゃ」


「魔力の塊?」


「ああ、だがただの魔力ではないぞ。魔力を形成するのに強力な『呪術』が施されておる。超人的な力を得られる分、使用者の命を削る代償を伴うのじゃ」


 なんだって!?

 じゃあ、使い続ければ藤堂は死ぬってことじゃないか!?


「おい聞いたか、藤堂! 超ヤバイらしいぞ! 今すぐそんなモノ脱げよ!」


「うっせーっ、西埜ッ! その白髪頭のガキはなんなんだ!? いくら美人でもロリには興味ねーからな! 15歳未満はお断りでーす、ギャハハハハッ!!!」


「ムカーッ! 本来の妾は凄いのじゃぞ! ミユキ、遠慮はいらん! その下衆を徹底的に殺れぇい! 妾が許可するぞぉぉぉ!」


 藤堂に揶揄され、ミリンダ班長はブチギレている。

 しかもキル許可まで下してきた。

 あっさりと挑発に乗るこの辺がおこちゃまだと思う。


 てか早く決着をつけないと、藤堂自身も危なそうだ。

 それに莉穂の件もある。


 俺は上着を脱ぎ、アタッシュケースから鋼鉄製機械装置メタリック・ユニットを取り出して表示されているパネルに触れた。


〔――認識コード確認:IGNITION WEARING MODE――〕


 機械音声と共に楕円形のユニットが変形し、俺の全身を包み込む。

 漆黒色の鋼鉄を纏う、強化装甲アーマーの姿となった。


〔――COMPLETE,SPS START UP〕


 ヘルメットのバイザー下され、各種のパラメータが表示される。

 目の前に立つ、藤堂を〔Enemy〕として捉えていた。


 俺の姿を見て、藤堂は舌打ちする。


「クソが、動画どおりだな……けど予習済みだぜ。西埜、テメェは他の女どもと違い、そいつを上手く操れていねーだろ?」


「……だったらなんだ?」


「同じ条件なら俺は絶対にテメェ如きに負けねぇ! 何せ俺はBランクの探索者シーカー! 片や西埜はランクも付かねぇ支援役サポーターだからな! ぶっちゃけテメェのスキルにさえ気をつけりゃ、俺の敵じゃねぇ!!!」


「だとしても俺は逃げない! 藤堂、お前の凶行を阻止して莉穂を助ける!」


「ケッ! 陰気キャぼっち野郎が、周囲にそそのかされ救世主気取りか……いいぜ、格の違いを見せてやるよぉ、行くぜぇぇぇぇ!!!」


 藤堂が襲いかかってくる。


 俺は拳を握りしめる。

 やはり《支配者破壊ボスブレイク》の衝動は起こらない。


 それは藤堂がボス格ではないということ。

 【救ボス会】の猫間という男に利用され傀儡と化していることを意味する。


 ならば俺の実力で奴を止めるしかない。

 藤堂が豪語したとおり、つい最近までただの支援役サポーターだった俺が有望視されたBランクの探索者シーカーに勝てるかどうか……。


 ――けどやるしかない!

 俺はもう自分の戦いから逃げないぞ!


「来い、藤堂! 俺がお前のやり方を全否定してやる!」


 ついに決戦が幕を開けた。

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