第7話「実践的練習をはじめよう」

 三郎丸が異世界に召喚されてから四日目。


「火よ、荒ぶる力を見せ、紅蓮の炎となれ。【トレショー・フラム】」


 三郎丸が火属性の中級魔法を試してみた結果、見事に成功する。


「わぁ……」


「すっげー」


 バスケットボールくらいの大きさの炎を見て、竜王寺、綱島が感嘆の声をあげた。

 

「信じられない上達速度ですね。すばらしいとしか言えません」


 オリビアが目を丸くしながら三郎丸を褒めたたえる。


「三郎丸、どんどんすごくなってね?」


 と感想を言ったのが綱島。


「いざとなったら守ってもらおうかな」

 

 と笑いながら言ったのが竜王寺。


「そ、そんなの悪いよ、マヤちゃん」


 彼女をそっとたしなめたのが本郷だ。


「冗談だって。一方的にしてもらうだけって不公平っしょ」


 竜王寺は笑って本郷の肩を叩く。

 三郎丸はすぐ近くでホッとする。


「ほかの皆さんもとても優秀ですよ」


 オリビアの賞賛の矛先が女子三人へと移った。


「サクラさんは下級錬金術の呪文をふたつ、薬師の調合スキルも覚えましたし」


「ええ、何とか」


 本郷は照れながらうなずく。


「マヤさんは水属性魔法を三つ、ヒカリさんは雷属性魔法の呪文をふたつ。特に雷属性は会得難易度が高いのですごいです」


 とオリビアが褒めると、竜王寺と綱島もまんざらじゃなさそうに表情をゆるめる。


「おそらくですがこのグループが最も進捗が早いですね」


 とオリビアのそばにひかえているアイシャも言う。

 それでこの四人になったのかな、と三郎丸は推測した。


「へへへ」


 綱島がすこしうれしそうに笑い、鼻の頭を指でこする。


「この分だと実践的練習をはじめていただいてもよいかもですね」


 オリビアの声に四人の日本人は首をかしげた。


「実践的練習ですか?」


 と口に出したのは本郷と三郎丸である。


「ええ。戦闘の最中、どの魔法をどう使うのか。ほかの人はどう動くのか。練習しておいたほうがいいでしょう」


 とオリビアは話す。


「たしかに連携するのって難しそう」


 三郎丸は小声で言う。

 竜王寺と綱島はコミュ力が高いし、本郷と仲良しなので問題はないだろう。

 

 女子たちも似たことを思ったのか、ちらりと彼を見る。


「この四人で連携するのですか?」


 と本郷が代表するように質問した。


「まず進捗状況の差がすくない人同士でやるほうがいいと思います。皆さんは魔法使いしかいないので、たしかに不安でしょうけど」


 オリビアが想定している不安と、三郎丸が想定しているものではズレている。


 彼が心配なのは男友だちすらいないのに、女子とうまくコミュニケーションとれるのかという点だ。


 言わなければ異世界の王女様は気づかないかもしれないが。


「まあ、ひとまずやってみようよ。練習と経験は多いほうがいいんだろうしさ」


 と綱島の一言で空気は決まる。

 

「ではわたくしたちがお相手いたしましょう」


 とオリビアが言い、アイシャとリリーがニコリと微笑む。


 いままでの姉のような優しい表情ではなく、教師が生徒を見るような雰囲気に変わる。


「三対四、だけど?」


 竜王寺がすこし不愉快そうに眉を寄せた。


「習熟度が違う場合、ハンデとしては足りないくらいですよ」


 オリビアには挑発する意図はないのだろうけど、竜王寺はカチンときたらしい。


「三郎丸」


「え、はい」


 不意に名前を呼ばれて、三郎丸は思わず挙動不審になる。


「あーしらができるって見せてやろう。手を貸して」


「う、うん」


 竜王寺の雰囲気に彼は反射的にうなずいたが、おそるおそる言った。


「冷静になって作戦を考えるほうがいいかも」


「……そだね。ありがと、三郎丸」

 

 竜王寺は素直に聞き入れ、一度深呼吸する。

 無視されると思っていた三郎丸は彼女の柔軟さに驚き、印象を改めた。


「作戦と言っても三郎丸くん以外、下級呪文しか使えない。おまけに手札は全部ばれてるという苦しい状況ですが……」


 と本郷が三郎丸に話しかけてくる。

 これまた彼にとって意外な展開だった。


「練習なんだから俺たちが戦いやすいやり方を探る気持ちでいいんじゃないかな。いきなり上手くいかないだろうし」


「それもそうですね」


 彼なりの意見を聞いた本郷は納得する。


「三郎丸、頼りになるじゃん。いざってときはデキるタイプ?」


 綱島がヒューっと口笛を吹いて彼を褒めた。


「あーしらのリーダー、三郎丸がいいんじゃね?」


 と竜王寺が言い出す。


「いや、俺は向いてないと思う……」


 三郎丸はあせって返事をする。

 

「え、そう?」


 女子三人はふしぎそうに首をひねった。


「やればデキそうってイメージなんだけど」


 綱島が言えば、


「うん、わたしも賛成だよ?」


 本郷も同意する。


「ええ……」


 思ってもない展開に三郎丸はあっけにとられてしまった。

 どうしてこんなにも自分の評価が高いのかと真剣に悩みたい。


「いますぐ決めなくてもけっこうですよ。皆さんで行動するかどうか、まだ決定してないでしょう?」

 

 とオリビアに言われて四人はハッとする。


「そうですね。いまはとりあえず練習です」


 と言った三郎丸は先送りにした自覚は持っていた。

 

「火よ、荒ぶる力を見せよ【フラム】」

 

 三郎丸がまず火属性の下級呪文を唱えて、火の玉をオリビアに飛ばす。


「土よ、荒ぶる力を具現せよ【テール】」


 彼女ではなく神官リリーが土属性の下級呪文で壁を作って防ぐ。


「水よ、荒ぶる力を象れ【ドゥロー】」


 竜王寺が水属性の下級呪文で土壁の破壊を狙うが、弾かれてしまう。


「かった……下級呪文同士なのに」


 竜王寺は不満そうに舌打ちする。

 

「呪文の熟練度の差です。練習すれば埋まりますよ」


 とオリビアが余裕のある説明をおこなう。


「雷よ、荒ぶる力を示せ【トネール】」


 綱島が唱えた雷属性の下級呪文によって生み出された雷光が土の壁を砕く。


「水よ、荒ぶる力を象れ【ドゥロー】」


 オリビアは水属性の下級呪文で危なげなく防いだ。

 当然なのだろうが、魔法を使う力量差がはっきりと表れている。


「一発当てれば合格ってなりそう」


 と三郎丸はつぶやく。


「ええ、そうですよ。わたくしを魔法の腕で超える者は、この国で十人に満たないでしょうし」


 オリビアはさらりと言ってのける。


「えっ、オリビア様ってそこまで強いの?」


 日本人たちは目を見開く。

 

「だからこうして皆さまの前に立っているのです。召喚者としての責任もあるのは否定しませんが」


 オリビアは魔法の実力ありきだと微笑みながら語る。

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