歴史

「はぁ…意味分かんね」

 奏は講習の教室で頬杖を付き、呆けていた。突然の雨、急に現れたあの少女。何度思い返しても不思議な体験だった。

 ついでに言えば、バスの運転手に聞いて見たが、雨なんて降っていなかったらしい。

「双樹は何かおかしいし…」

 双樹はバスの中でもおかしく、なにより『やっぱり今日は休む』と言い出したのだ。

『ちょっと私気になる事が有るから、行って来るね』

『気になる事?行くって何処へだよ』

『千鶴沢』

 双樹の口から出てきたのは懐かしい名前で、奏はビックリしてしまった。

 今更あの廃村に何がるというのか?いや、双樹は何が有ると思っているのだ?雨小僧を昔千鶴沢で見た事がある。双樹はそう言ったが、奏はとにかく受け入れ難かった。

『千鶴沢って…あそこは誰も住んでないよ』

『それでも気になるの。気にしないで。大した事じゃないから』

 無意識に怯える奏など気にも留めずに、双樹はそれじゃと手を振って歩き出した。

(大した事じゃねぇか……双樹が嫌いな千鶴沢に行くなんて…)

「奏くん、どうしたの?」

「ん?」

 奏がぼうっとしていると、隣の沙希から声を掛けられた。

「いや、なんでも。てか授業中話してると怒られるぜ?」

「いいのよ、先生雑談してるだけだから」

「そうなのか?」

 前を見ると、確かに講師は全然勉強と関係のない話をしていた。

 講師の寄り道に気付いてない程の無集中に沙希は笑う。

「どれだけ、心此処に在らずなのさ!」

「悪い、悪い。で、何の雑談してるの?」

「樹茨町の歴史!」

「何で沙希が、えばるのさ?」

「え?だって地元だし」

「ああ、そうか」

 講師の話に注意をしてみると、確かにそんな話をしていた。

 樹茨町は昔一面のススキの原っぱだった事、それをどう開発してきたか、どう発展して来たか等々。

「街に歴史有りとは、まぁ言うまでもないわな」

「わっかる~?そうなんだよね~」

 そして、沙希はぐっと身を乗り出してにこりと笑う。

「で、私の歴史には興味ある~?」

「なっしんぐ!」

「ひっど~い」

 沙希はわざとらしく傷付いた顔をした。

「あはは。嘘だって。十分魅力的だよ」

 奏は講師に聞こえない様に声を潜めて笑った。

 それで少し元気が出た。人に歴史有り、街に歴史有り。それは言うなれば其々事情があるという事。ならばあの不思議な少女にも事情が有るの事だろう。そして双樹にも。

「だから…俺はなんか仲間外れ喰らったような気に成ったのかもな」

 奏は子供っぽかったなと反省した。少女の言い様では事情は奏にも有るようだ。それを無知と現実乖離で笑って双樹に全部押し付けるのは、今生に恥じる位恥ずかしい。

「ありがとな、何か元気出た」

「私は何もしてないよ」

「そうか…やっぱ沙希は良いヤツだな。染みるよ」

 奏は笑い、沙希も笑った。

「でさ、良いヤツついでに頼みがある!」

「ん?何?毎日味噌汁を作ってくれ、って話以外なら受けるよ~」

「いやいや、ノート貸してくれ」

「ん?それいつもじゃない?」

「今日の午後の授業の分全部を頼もうと思って。俺ちょっと里帰りの用事が出来た」

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