講習会場

 講習会会場は、少し暗い雰囲気の七階建ての建物だった。

 外観はちょっと立派な雑居ビルと言った物。白い壁に大きな青い看板。看板には塾の名前が刻まれている。入り口だけは中々に豪華で、一階と二階の半分を吹き抜けにしたエントランスに成っている。一階で受付や様々な掲示がなされ、二階には面談や休憩の出来そうなスペースが用意されている。一、二階部分のみがエスカレーターで繋がっており、一階から七階へは階段とエレベーターで繋がっている。ビル中は小奇麗に掃除されており、古い建物という感じは余りない。

 三階から六階までが各教室になっており、大小様々な部屋がある。一階毎に教室は三個か四個と言った具合。七階は主に飲食スペースで、ちょっとしたホールも用意されている。

「ほ~、すっげ~高いな」

 階段をガツガツ上りながら、奏は窓の外に見える何ともない景色に感心した。田舎育ちの奏はビルに馴染みがなく、自分の足で地面から離れていく景色が新鮮であった。

「あんまりキョロキョロしないでよ。田舎者っぽいでしょ」

「仕方ないだろ?俺達田舎者なんだし」

「奏くんはね。私は違います~。田舎者じゃないわよ」

「ああ、そうか。双樹はついこの前まで大きな町に居たんだっけな」

「そうよ。忘れてたの?」

「忘れてた」

 双樹とはずっと居るみたいで、十年の歳月が横たわっていた事を忘れてしまっていた。

「……もう」

 双樹はムスッとする。が、どこか機嫌が良い様にも見えた。

「じゃ。またね」

「あ~、そうか。双樹は上まで登らなくていいのか」

 離れ行く双樹の後ろ姿を見送りながら、奏は階数を確認する。

 ここは四階だ。一方の奏の教室は六階。上のクラスが下の階という決まりはないのだが、割り当てを見ると、何となくそんな気がした。

「へいへい。頭のいい奴は優遇されとるね」

 奏は皮肉っぽく拗ねる。そんな奏に双樹は振り返りもせず手を振った。

「優遇されたかったら、上がって来なさい。カッコよくなるんでしょ?」

 優遇されてる云々の否定は無し。逆に奏に発破を掛けてきた。

 お前はいい嫁になるよ、本当もう…

 冗談半分で思ったが、口に出すのは止めた。代わりに面白くない冗談でも。

「クラス的には上がりたいけど、物理的には下がりたい訳だがな」

「全然上手くないから。冗談の言い方もついでに勉強してきなさい」


「席~。席は何処だ」

 奏は一人教室に入り、中を見渡した。席は教室に入る所に張り出してあったので、その番号を探せばいいだけ。なのだが、今まで感じたことのない雰囲気に、奏はたじろいでしまう。教室に入った途端、知らない瞳の全てが、自分を見ている様に感じたのだ。

(落ち付け、何をナーバスに成ってるんだ)

 教室は奥行きは深く、それ以上に横に長い。後ろに座っても授業が良く見えるようにとの配慮だろう。横長の教室に、横長の机が並べられ、まるで大学の教室のようだった。

(しっかしまぁ、見事に知らない奴ばっか)

 当たり前の事を思いながら、奏はそそくさと割り当てられた席を探す。何と言うか、全ての目が自分を値踏みする、自分より賢い光を持った物の様に見えた。

(こりゃ双樹が『講習は友達作りに行くんじゃない』って、言ってた理由が分かるってもんだよ。打ち解けられる気がしねぇ…………お、この列だ。この一つ中だな)

 H―1も席を見付けた。奏の席は壁側から一つ入ったH―2だ。

「すいません。後ろいいですか?」

「ん?は~い。おっけおけ」

 声を掛けると、既に据わっていた人…同じ年であろう女の子は椅子を引いてくれた。

 元気そうな子だな~と、声の調子なんかから、そう思った。長めの髪が綺麗だ。

「どもども……ふぃ~。やっと座れる」

 席に付き、一息。全く知らない視線の中を逃げてくるのは結構疲れた。

「ねぇ、こういうとこよく来るの?」

「ん?」

 と、そんなお疲れな奏に、元気な声が掛かった。椅子を引いてくれた隣の子だ。

「いいや。全くの初めて。君は?」

「私も初めて。初めて同士、よろしくね。私は吉住沙希」

 奏の質問に沙希は首を振り、ニコリと笑う。

 黒い髪を長めに伸ばした少女。ここで初めて、彼女が美人である事に気が付いた。

「俺は祇蔵奏。千沢町から来たんで町もよく知らないんだ。その辺もよろしく頼みたい」

「おっけおけ。任せといて。私地元だから」

 何だか楽しくなりそうだなと、先程までの塞いだ気持ちはなくなっていたのだった。

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