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若桜紅葉

プロローグ

緊急事態発生レッドアラート緊急事態発生レッドアラート。至急、迎撃態勢を整えよ。繰り返す。至急、迎撃態勢を――』


 けたたましくサイレンが鳴く。

 異常事態を訴えているというのに生き物の気配というものはまるでない。


 これは有機物ではなく無機物へあてた警告だ。

 何かがざわめき動く音がどこからともなく聞こえて来る。


緊急事態発生レッドアラート緊急事態発生レッドアラート。至急、迎撃態勢を整えよ。繰り返す。至急、迎撃態勢を――』


 機械交じりの声が繰り返し怒鳴る。

 その声に呼応するように無機物たちの音も大きさを増していった。



 主電源が落ちた建物内をノイカたちは駆けていく。

 警光灯の赤い光だけが頼りだというのに、彼女たちの足運びに躊躇など全く存在していなかった。

 

 恐怖は勿論ある。

 敵地に身を置いているという緊張感に加え照明がほとんどないのだ、怖くない訳がない。


 ノイカは何度も「逃げ出したい」と弱音を吐く自分を𠮟咤しったし必死に走った。


 ここに至るまでに死んでいった仲間たちに報いるためにも、やり遂げなくてはいけないのだから。


 

 建物中央には筒状の空洞があり、それを囲うようにしてフロアが造られていた。

 目的地はタワー最上階なのだが……何処まで見上げても天井が見えてくることはない。


 そんな終着点も分からない場所を目指し前進する彼女たちを拒むかのように中央の空洞を伝って建物全体に音が反響していた。


 煩わしい音がすぐ耳元で鳴っているような気がしてノイカは辺りを見渡す。

 傍には挙動不審な彼女を不思議そうに見つめる彼がいるだけで、ノイカは聞こえていたものが幻聴だったことに安堵した。


 ――もっと集中しなくちゃ……私たちが失敗するわけにはいかないもの。


 彼女は自分自身を奮い立たせるために頬を数回叩く。

 そして耳障りな音を振り切るように前へと進み続けた。

 


 階を上がるにつれて、段々と不気味な音が遠ざかっていく。

 そうして雑音が完全に消えた時、彼女たちの目の前に天辺の風景が広がった。


 電気が落ちていたとは思えないほど白く光り輝くエントランス、その中央にさらに上へ続く扉のついた筒が音のない世界に存在していた。


 筒は彼女たちが近づいてきたことに反応すると静かに駆動し始める。

 何かが降りてくる音が止むとややあって扉が開いた。


 まるで彼女たちの来訪を待ちわびているように扉は開いたままになっている。



 扉に視線をやっていた彼女たちは自然とお互いの顔を見つめた。


 決意の満ちた彼の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、曇り一つないその碧いガラス球にはノイカの姿が映り込む。

 覚悟を決めた彼女の瞳もまた朝焼けの空のように薄紫が輝いていた。


 気が狂いそうになるぐらい白い空間で彼女たちはどちらからともなく手を取り合う。


 彼はノイカに「行こう」と呟くと、彼女の手を引き未知へと続く扉へと歩き出した。

 その手に導かれるように自然と彼女の体も動き出す。


 たかが数メートルの距離だというのに、ノイカにとってはあまりにも長い数秒であった。


 ――きっと、これが最後。

 今までの道のりが走馬灯のように彼女の頭を駆け巡る。


 一緒にいた時間は短かったけれど、彼と共に過ごした記憶はどれもノイカにとってかけがえのないものになっていた。


 あのエレベーターに乗ってしまえば何もかもが終わると理解しているからこそ、足を踏み出すたび胸が締め付けられる。

 ここまで来て引き返すなんてしたいとも思っていないのに心が頭に追いつかない。


 立ち止まりそうになる彼女の背中を押したのは彼と交わした小さな約束だった。


 視線が下がりそうになるのをぐっと堪え、ノイカは彼の姿を眼に焼き付ける。



 時が経ち月日が流れても、どうかこの記憶が色褪せないようにと願いながら。

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