02夏花 ー上沢遥楓ー

2-1

「ねえ、転校生は何で普通を求めるの」



 なぜって、それは。



「私は、私には普通がないから、だから普通が欲しくて青空高校に通うことにしたの。創ることにしたの。普通が欲しいと言ったら、普通の高校生をここならできるって、それで求めた」



 そこにいる彼女はどこまでも普通で、当たり前であって、それは当然のことであって、だからこそとても異質だった。普通では、なかった。







 ※ ※ ※










 学校にも馴れてきた頃であった。俺は授業を聞きながら今日も暑いなと思っていた。授業を受けながら他のことを考えるのは、それは集中できていない証拠で良くないことなのかもしれないが、しかし生徒としては当たり前というか、普通のことではないかと思って嬉しく思っていた。普通の生徒は授業は退屈で、ちょっとよそ見したり、教科書に落書きをしたりする。実に普通である。真面目に全て聞いて、一言一句逃さまいと授業を受けるやつなんて、普通じゃない。



 ……いや、普通じゃないのは俺の方かもしれない。




 全員が全員、真面目に授業を受けている。一言一句逃さまいと、しっかり聞いている。ちらりと周りを見たが、その眼差しは微動たりもせず、真っ直ぐ前に真剣だ。それは面白いぐらいに。俺だけが普通ではないかのように。



 確かに、全員が中学生から卒業して入学した一般の高校生とは少し離れている年齢だ。やり直しという意味では、授業は新鮮なのかもしれない。新しいのかも知れない。しかし、大学生でもあるような年齢だ。ともなると、やはり授業なんてのは退屈なのではないだろうか。俺が聞いたことのある大学生というのは、いかに楽して単位を取り、出席を誤魔化し、テストで持ち込みをして、遊び倒せるか、バイトに打ち込めるかというモノらしい。学生の本分は勉学と言うが、それから目を逸らして、ズルして生きていくのかというのも、また学生らしさなのではないか。違うか。違うな。



「こら、矢澤くん。よそ見しない」



 はい、すみません。






 それからしばらくして、昼休みになった。昼休みになった瞬間購買へダッシュ! というのもやってみたかった俺だが、しかしここに購買はない。学食へゴー! というのもやってみたかったが学食もない。なにせ、俺を含めて全校生徒五人である。そこで購買やら学食やらをやっていては非効率だ。利用率は十割近くになりそうだが、それでもダレガキ荘は使われるだろう。相変わらずの、人気の利用率だろうし、仮に学食や購買ができれば、その競争は高く激しくなりそうだが、さて実際はどうなるのだろう。何でも揃うダレガキ荘は、やはり強いのかな。



「久くん、ちょっと付き合ってよ」



 俺は天に呼ばれて廊下に出た。昼食も終えたところだったし、はてなんだろうか。



「一本いい?」



 天は俺に断ると、タバコに火をつけた。


「ここ、喫煙可能だったのか」


「そう。昼休みと放課後限定でいいのよ。吸うときは廊下に出るとか、換気をしてだけど。まあ、吸うのは私以外にいないけど」


「誰も吸わないのか」



 そうみたい。彼女は小さく呟いて、吐いた。



「それで、なんだよ。何の用だったんだ」


「そう、それ。実は久くんにみんなのこと探って貰いたくて」


「探る?」


「実は私含めてみんな転入生なのよ。二年生組は一年以上前のことになるけど。まあ、みんな訳ありなの。あなたもそうでしょ?」


「まあな」


「だからなのか、ちょっと距離を感じるのよ。本当に仲良くなれないというか、仲良くしてくれないと言うか」


「でも、事情はそれぞれにあって当然だと思う。それは探られたくない事、聞かれたくないこともあるんじゃないか」


「そうね。そうだと思う。でも、知りたい」


「なんで」


「私、意外とわがままな女の子なの」



 なんだよ、それ。



 俺はそう言いたかったが、言えなかった。煙草を携帯用灰皿で処理している彼女は、そこには夏の影以外に影が見えたような気がしてしまったからだ。そして二本目をつけた。



「まずは上沢遥楓ちゃん。彼女この学校の地主というか、持ち主なのよ」


「え?」


「遥楓ちゃん、大金持ちだから古かった廃校のここを引き取って青空高校に変えたの。でも一人だと淋しいから生徒を募集した。昔の縁で、色々とたくさんの大人たちに個人的なツテがあるみたい。あなたもその大人たちから声を掛けられたんじゃない」


「ああ、そうだ。俺は勧誘されたんだ。正確には、少し違うけど」


「私もそうよ。人生色々とあって、大変なことがあって、なくなって、何もなくなった時に声を掛けられた。なんで私達を選んだのか。それだけでも知りたいわ」


「遥楓の個人的事情、背景と俺たちを選んで生徒に呼んだ理由。探るのは、そんなところか」


「ええ。本当は全員の個人的事情を知りたいのだけど」


「いっぺんには無理だ。一人ずつだ」


「じゃあ、お願いするわよ。久くん」


「なあ、」


「ん?」


「何で俺なんだ」


「何でって、そりゃ唯一の男の子だもの」





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