Metaphysical Machine and Wonderful Days
桔月香 羽渡衣
第一話 「長くて近い夜に遭う」
プロローグ 1
フダイはその日の全ての書類仕事を終え、デスクモニターを切った。
そのまま、しばらくは何も考えず、腰を椅子に深く沈めて、ボーっとする。
何をするわけでもない。仕事のあれこれも、プライベートのあれこれも、今は蚊帳の外に追いやって、頭は空っぽに、ただ椅子に座って、全てを忘れて、どこともない正面を無心に眺めながら、十分、十五分と動かない。
──慌ただしく過ぎて行く一日、忙しなく稼働させた頭と神経をリセットさせる。
それは彼にとって必要不可欠な儀式のようなもので、そうしないことにはどうにも次に何かを始める気にはなれない。
──と、その時だけは辞めたはずの煙草が無性に恋しくなる。
だから、デスク三段目の引き出しに入っている紙袋の中から平べったい棒付きキャンディを一つ取り出し、ぼんやりと封を破って咥える。
渋くて煙たいタールの代わりに、甘酸っぱいチェリーの風味が口の中に広がった。
一度、溜め息に似た深呼吸をして、舌の上でゆっくりと溶けていくキャンディを味わう。
そうして、キャンディが溶けてなくなる頃、彼はまた動き出すことができる。
ひっそりとした執務室の中、わざとらしく目蓋を閉じると、安らかな暗闇が彼を包み込んだ。
不躾にデスクの内線が鳴ったのはそのすぐのことであった。
眉を顰めた後で、一瞬、受話器を取るのを躊躇う。
得てして悪い予感は大抵、当たる──。
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