第4話 便所飯するぼっちはにわかぼっち




 昼休み。


 食事を摂り、次の授業に備えるための時間。

 ぼっちにとってはやたらと周囲の視線が気になってしまう時間だ。


 俺は一人でお昼ご飯を食べる。


 ああ、よくアニメや漫画では便所飯するぼっちがいるけど、あれは無い。常識的に考えて。


 冷静に想像してみて欲しい。


 ケツから食べ物だったものを出す場所で、口に物を入れられるだろうか。


 断じて否だ。美味しいご飯は美味しく食べたい。


 ましてや妹が兄のために丹精込めて作ってくれたお弁当だ。

 トイレ以外の人目につかない場所で食べるのがベストだろう。


 便所飯するぼっちはにわかである。


 ベスト……なのだが……。



「焼きそばパンってさ。最初に考えた人、天才だよね」


「えっと、千里ちゃん? 急にどうしたの?」


「また始まったわぁ。めいはん、適当に聞き流しき」


「えー、ひどい。ねぇねぇ、かずかず。かずかずはどう思う?」


「あ、うん。凄いんじゃないかな?」



 何故俺は、学食で弁当を食っているのだろうか。


 どうして俺は、学食でご飯を食べる古神さんたちと食事を共にしているのだろうか。


 いつもなら屋上へと続く階段の途中で隠れるようにひっそりと食べるのに、何故俺は……!!



「ところでかずかずのお弁当、めっちゃ美味しそうだね」


「え? あー、妹が作ってくれてるんだ」


「おお!! かずかずお兄ちゃんだったのか!! 実は私もお姉ちゃんなんだー。弟がいてさ、これがもう可愛いのなんのって!!」



 布留川さんが弟自慢を始める。



「ちょっと前まで一緒にお風呂入ってたのに、最近は『一人で入るから!!』って言って全然一緒に入ってくれなくてさ」


「千里、あんたはんの弟いくつやっけ?」


「中三だよ? 中一まで一緒に入ってたのに、これが思春期ってやつなのかなーって思ったよ」



 そりゃ一緒に入るのも嫌がるだろうさ。


 晶なんか小三の時には俺と一緒にお風呂入るの嫌がってたし。



「す、鈴木くんにも妹さんがいるんですね」



 隣の椅子に座る古神さんが、俺の顔を覗き込みながら言う。



「あー、うん。口は悪いし、暴力も振るってくるけどね」


「す、鈴木くんは、妹さんのこと、好き?」


「ん? そりゃまあ、妹だからね」


「やっぱり、普通はそう……なんですね」



 古神さんが俯く。


 あ、あれ?

 もしかして俺、何か不味いこと言っちゃったか?


 どことなく沈んだ空気が流れ始めて、俺は胃に穴が空きそうな感覚に陥る。


 この微妙な空気が怖いんだけど!!


 しかし、ここで空気を読まずに布留川さんが発言する。



「でさ、話を戻すけど。焼きそばパンを最初に考えた人って天才だよね。すでにグルメとして完成している焼きそばをパンに挟むって、これもう銃から大砲作ったようなもんだよ」


「そ、そうだね!!」



 何言ってんのか分かんないけど、取り敢えず便乗して空気を誤魔化す。


 ありがとう、布留川さん。布留川さんのお陰で気不味い空気がなんとかなったよ。


 その時、布留川さんが何かに気付く。



「あ、えりえりだ。学食来るなんて珍しい」


「えりえり……?」



 布留川さんの視線を辿ると、そこには宮代さんがいた。


 えりえりって、宮代さんのことか?


 勇気あんなー。



「宮代はんって、お昼いつもどこで食べてるんやろ?」


「はふほぐれはみふぁほとないほぉ?」


「口ん中もん食べてから話し」


「んごくっ。食堂では見たことないよ?」



 ……言われてみれば、宮代さんってどこでお昼食べてるんだろうな。


 人気の無い場所は把握してるが、そういうところでも彼女が食事してるところ見たことないし。


 まあ、クラスの女王がそんな場所でお昼ご飯食べてたら絶対に話題になるだろうけど。



「あっ。多分、高級学食の方を使ってるんじゃないかな?」


「あー、たしかにえりえりお金持ちだもんね」


「高級……?」


「学食……って、なんやのん?」



 俺と坂本さんが同時に首を傾げる。



「いやいや。今日が初登校のるりるりはともかく、一週間は経ってるかずかずが知らないのはダメでしょー」


「な、なんかごめん」


「フッ、仕方ない。ここは私がるりるりとかずかずのために説明を――」


「この学校、お金持ちの子女が多く通っているんです。そういう人達のために、一般学食と高級学食の二つがあって……ほら、あそこにある建物。あれが高級学食なんですよ」



 布留川さんが自信満々に話そうとしていた折、古神さんが窓の外にある大きな建物を指さして分かりやすく説明してくれた。


 へー、あの建物ずっと気になってたけど、高級学食だったのかー。


 なんて感心していると、更に布留川さんが情報を補足する。



「共学化する前の更にその前、普通の女子校になる前は日本中のお金持ちが通うお嬢様学校だったらしいよ」


「……なるほどねぇ。せやから高級学食と一般学食で別れとるんやなぁ」



 じゃあますます、どうして宮代さんがここにいるんだろうか。


 ん?



「あれ? なんか、宮代さんこっち来てないか?」


「ん? お、ホントだ」


「どないしたんやろ?」


「ど、どうしたんでしょうか?」



 何故か俺たちが食べている方へ真っ先に向かってくる宮代さん。


 気のせいかと思ったが、その視線は俺たちの方に向いている。

 いや、俺には向いていないな。あくまでも視線を向けられているのは古神たち女子である。



「ちょっと良いかしら?」



 良くないです。怖いからこっち見ないで。



「ふぉうはひはの?」


「……口の中の物を飲まこんでからお話しくださいまし。お行儀が悪いですわ」


「んごくっ。どうかしたの?」


「……その、ここは一般学食ですわよね?」


「うん、そうだよ」



 布留川さんが頷く。


 すっげー、クラスの女王と普通に話してるわー。



「その、えーと、高級学食への行き方が分からないんですの。道、分かります?」



 あ、宮代さん迷子なんだ。



「えりえり迷子なの?」


「ま、迷子というわけでは……ありませんが。それとえりえり? それはわたくしのことですの?」


「そだよ? エリカちゃんだからえりえり。可愛いでしょ?」


「……まあ、お好きなように」



 満更でも無さそうな表情で頷く宮代さん。



「そう言えばえりえり、今日は一人なんだ? いつもねむねむやありありと一緒にいるのに」



 多分、いつも宮代さんと一緒にいる女子二人のことを言っているのだろう。


 布留川さんのあだ名じゃ誰が誰か分からんな。



「……少しお手洗いに行っているうちに、はぐれてしまいましたの」


「やっぱり迷子なんだ?」


「っ、ま、迷子ではありませんわ!! もう結構です!! 失礼しますわ!!」


「わー!! ごめんごめん!! ちゃんと高級学食まで連れてくから!! って言っても私、行ったことないから分かんないんだけど」



 ダメじゃん。



「あ、あの、宮代さん」


「……古神さん? どうかなさいまして?」


「私、場所分かるので一緒に行きませんか?」


「……お願いしますわ」



 古神さんのナイスアシストによって、事なきを得たようだ。


 古神さんが宮代さんを連れて高級学食へ向かう。


 布留川さんは面白そうという理由で二人について行き、俺は坂本さんと二人きりになった。



「なんや気に入らへんなぁ」


「え?」


「あの女、宮代いう子。うち気に入らへんわぁ」


「な、なんで?」


「だってあの女、一馬はんのこと視界にすら入れてへんかったやろ?」


「え?」



 いや、まあ、出会い頭に舌打ちされるくらいだし、嫌われてはいるんだろうけど……。



「えっと、それが気に入らない理由?」


「なんやの、その顔は。うち、友達が蔑ろにされるん大嫌いなんよ」


「友、だち……?」


「……あぁ、なるほどなぁ?」



 不意に坂本さんがニヤニヤと楽しそうに笑った。



「酷いわぁ、うちらもう友達や思てたんに、あんたはんはうちらのこと友達や思てへんかったんやね?」


「い、いや、そういう、わけでは!!」


「くふふ、冗談やわぁ。からかい甲斐あるね、一馬はんは」



 そう言って立ち上がり、ふらりと学食を出て行く坂本さん。


 友達……友達……。


 もしかして俺、人生で初めての友達ができたのか?




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