第21話(SIDE E)


「それで……どうしてるの? あっちのいいんちょは」


「高月と二人で島本の葬式を手伝っている。こっちに戻ってくるのはちょっと時間がかかりそうだ」


 そう、と暗い顔になる葵と里緒。散々人死にを見てきた二人だが、それでもクラスメイトの死を悲しまずにはいられなかった。若葉もまたいつになく感傷的な顔をしており、匡平はそれ以上だ。彼の場合、水無瀬の死と立ち会った自分とリアルタイムで情報を共有しているのだから。

 それは総司も変わらず、さらに彼は死ぬ間際の彼女と語り合ったのだから、その打撃は計り知れない。だが、


「母親を亡くしたアリアンの方がずっと心配だ。今はやることがたくさんあって気が紛れているだろうけど」


「俺達はこっちの風習なんか判らないから手伝うって言ってもできるのは子供の使いだ」


「元の世界だって葬式なんて葬儀屋任せだもんね」


 葵の言葉に一同が頷く。


「こっちは地域共同体がしっかりしていてご近所が親戚同然だから葬式もご近所全体でやるような感じだ。ご近所のおばさん方の、心強いこと!」


「ああ、助かる」


 と深々と頷く匡平に、関心する葵達。


「あのおばさん方がいるならアリアンが立ち直るのも案外早いかもしれない」


「いや、それをおばさん方に任せるのは違うだろう」


「そうか?」


 と首を傾げる総司に匡平だけでなく葵も里緒も若葉も「そう!」と断言した。


「全部一人でやれって言うわけじゃないけど、お前が島本を見届けたんだろう? なら島本の心残りにもできるだけのことはするべきじゃないか?」


 それもそうだ、と総司は納得。


「とりあえず葬式を終わらせて、身の振り方を考えて、できることは手助けをして」


「ちょーっと即物的過ぎないかなー」


「そうか?」


 と首を傾げる総司に対し、今度は四人は呆れた顔をするばかりだった。


『……そろそろいいだろうか』


 話の切れ目に口を挟むディアデムに、総司が「すみません」と恐縮する。

 今さらながら、そこはフュルミナン地下神殿。「永遠の楽園」と呼ばれる迷宮の一角である。彼等がこの迷宮でリポップし、探索を開始してから二七日目。クールーに到着したもう一人の総司が島本水無瀬と話をしたのが昨日のことで、彼女が息を引き取ったのは昨晩深夜。昨日はもう一方の自分から送られる情報に耳を傾け、その後は島本水無瀬の死を引きずり、話ができるまで何とか気持ちと情報の整理を付けたのが今である。


『それではクールーで得られた情報について教えてほしい』


『判りました』


 ディアデムの要請に頷き総司は報告を始めた。――二五年前にこの世界に召喚されたこと。元老院の奴隷となって『永遠の楽園』計画に従事したこと。その要となるアイテム、魔法のパソコンの製造方法を発案したこと。それが人間を改造して作るものであり、大海千里を生贄にするよう元老院に強要されたこと。総司がそれに従い、島本水無瀬が反発して研究院を脱走したこと、等。

 その後の島本水無瀬については「色々苦労したけどクールーに落ち着いて、薬屋をやるようになった」の簡単な説明で終わらせた。葵達は「ふむふむ」と頷くだけでわざわざそこを根掘り葉掘り聞こうとはしなかったし、それはディアデムも同様だ。彼の場合、あるいは総司よりも水無瀬の前歴に詳しいからでもあるが。また「永遠の楽園」計画についても今語った程度のことはとっくに承知のはずだがそれでも彼は総司の説明に耳を傾けていた。


「それで結局、どうして元老院の連中がゾンビなんかやっている? わたし達をこんな目に遭わせているのは?」


 一通りの説明が終わって若葉がそれを問い、


「もしかして……大海君ですか?」


 里緒のおそるおそるの確認を総司は「ああ」と肯定した。


「ここから先は、得られた情報をつなぎ合わせて欠けている分は想像で補った、推測だ。でも多分そんなに間違っていないと思う」


 ジグソーパズルのピースは全ては埋まっていない。だが全体としてそこに描かれているのが何なのかを理解することは可能だった。


『順番に説明します。ミシマ・ソウジはオオミ・センリを魔法のアイテムに改造した。そうしなければ他の同胞を殺す、とか元老院に強要されて、やむを得ずの選択だったと思いますが……それが何を意味するのか、彼がどこまで判っていたのか』


 おそらくある程度は判っていたはずだ、こうなる可能性があることを。そもそも魔法を使えるのは人間や獣人といった知的生命体のみ。動物にも、もちろん機械にも使えない。「観測」が「現実」の在り方を決める不確定性原理が魔法の根幹と深く関わっているものと思われるがそれは置いておいて、ともかく意志ある人間が存在しなければ魔法も存在しない。魔法のパソコンに改造されようと――いや、魔法を使えるパソコンに改造するならその意志は残さなければならない。そんなことはミシマ・ソウジも嫌と言うほど判っていたはずである。

 判っていながら彼は我が身可愛さで間違った選択をし、オオミ・センリを底なしの地獄へと突き落とした。魔法のパソコンにされたオオミ・センリはのだから。


『オオミ・センリを魔法のアイテムに改造することにより「永遠の楽園」計画は初めて実行可能となった。おそらく、百や二百では利かない数のオオミ・センリが複製されてこの迷宮に設置されている』


 人間としての身体を奪われ、目も耳も塞がれ、狭い箱に詰め込まれ、死ぬことも許されない――それだけでも絶筆に尽くしがたい地獄なのに、そんな自分を何百何千とコピーされ、さらにはその自分自身とテレパシーでつながっているのだ。それがどれほどの地獄なのか、どれだけ想像も及ぼそうと欠片も届きはしなかった。

 魔法のパソコンは人間の脳を改造して作成するものだが、それそのものが入っているわけではない。魔法薬と同じように高純度の魔素を含んだ魔法的物質を脳と同じ形にし、同じ機能を持たせて、中身をコピーして作成するのだ。魔法のパソコンの耐用年数はそれほど長くなく、持って五年程度。通常それより早く魔素の揮発等で機能が損なわれていき、いずれは脳死と同じ状態となる――つまりはそこで死ねるのだが、この迷宮では死んだところでコピーされた次のパソコンが追加されるだけ。生物が細胞を新陳代謝で入れ替えるように、死んだオオミ・センリは新しいオオミ・センリと入れ替わるだけ。彼の地獄が終わることは決してないのである。

 総司が発する負のオーラがその場を支配し、一同は海の底に沈んだかのような息苦しさを覚えている。総司が想像するのはオオミ・センリの地獄ではなく、ミシマ・ソウジの悔恨だった。間違いなく彼は死にたいほどの後悔と、身を斬るほどの呵責を覚えたことだろう。


『ミシマ・ソウジは自分がそれをしておきながら、後になって死ぬほど後悔した。その失敗をわずかでも取り返そうと、悪あがきをした。おそらく彼はオオミ・センリを助けることを最優先とし、それ以外は二の次三の次としたのだと思います』


 だが、「永遠の楽園」計画は魔法帝国の最後の、最大の事業だ。「アイテムにされたオオミ・センリが苦しんでいる」と訴えたところで元老院がそれを気にするはずもなく、ミシマ・ソウジ一人がどれだけ抵抗しようと止められるはずもない。そして彼が死んでしまえばオオミ・センリを救おうとする者は誰もいなくなってしまう。

 だからミシマ・ソウジは表向きは元老院に従順して見せ、彼等を油断させた。より信用されるようになり、より重用されるようになり、計画により深くかかわれる重要な役職を得ることとなった。最終的には皇帝という至高の地位すら手にするのだが、それも全てはオオミ・センリの救済のため、自分自身の贖罪のためでしかないのだ。


『ミシマ・ソウジはアイテムとなったオオミ・センリと意思の疎通を図って、それに成功したのだと思います』


 魔法のパソコンは外部からの入力に対して「中の人」が所定の反応を返すものであり、どう反応を返すかはプログラムで全部決まっている。いわゆる「中国語の部屋」みたいなもので、反応を返す役割の、部屋の中の人の英国人がオオミ・センリ。彼に期待されるのは入力や反応の意味を考えることでも、自分で反応を考えることでもない。所定の反応に魔力をこめること、ただそれだけである。語弊を恐れず言ってしまえばオオミ・センリの役割はただの魔力電池に過ぎない。だからパソコンとなった彼は狭い箱に閉じ込められ、目も耳も塞がれ、何らかの電気的刺激を与えられて脳がそれに反応して痙攣する――ただそれだけの状態がずっと続くのである。

 ミシマ・ソウジは何らかの専用アダプタを開発することにより、この魔力電池となったオオミ・センリと接触し、意思の疎通を図ることに成功した。……最初は罵詈雑言を浴びせられただろうが、結局二人は協力関係を結んだに違いなかった。

 本来のオオミ・センリは中国語を知らない英国人であり、入力に対する反応の意味も理解できはしなかった。だがそこにミシマ・ソウジが介在する。彼は気付かれないよう慎重にパソコンの設定を変更し、コピーのたびにそれが拡大するようバグを仕込んだ。そうやって少しずつ、オオミ・センリの意志を出力結果に反映できるようにしていったのだ。オオミ・センリもまた目先の欲望のままに動いて全てを台無しにしないよう細心の注意を払い、自らを偽装し続けた。


『全ては彼を助けるため、彼の望みをかなえるために』


『彼の望みとは?』


 そんなの、問うまでもない――


『元老院に対する復讐、それが形となったのが彼等のあの姿です』


 動く死体、腐った死体という無残な姿となって迷宮を彷徨い、侵入者との戦いを強要され、何度殺されようとすぐにリポップし、それが無限にくり返される。しかも総司達とは違って本物の彼等はまだ生きていて、彼等の意識が腐った死体へと宿り、本物の彼等が終わることのないこの無間地獄を味わっているのだ。


『帝国末期に元老院に在籍していたのは百人足らず。場合によっては彼等一人が一度に一〇体の腐った死体となって、あなた達と戦っていたかもしれません』


『自分が同時に一〇の腐った死体となって、それぞれの身体が腐り崩れる経験、身体を破壊される経験を本体へと送り込まれる……』


 それもまた想像を絶する地獄だが総司達は彼等に同情する気にはなれなかったし、


「当然の報いだな」


 匡平の呟きに若葉や葵が深々と頷き、それは自重する里緒も内心では完全に同意。総司もまた同じであることは言うまでもなかった。


「それじゃ安土や稲枝があの中にいたのも」


「当然、オオミ・センリがそれを望んだからだ。多分、『永遠の楽園』にはミシマ・ソウジとトラヒメ・ワカバの分の席も用意されていた。でも二人が死んでその席が空いて、『上手く立ち回ればその席に座れる、楽園に行ける』……そう誘導されたんだろう」


 あの二人はその罠にはまってしまい地獄へと堕ちた。それなら、


「じゃあわたし達は?」


「俺達も報復の対象であることには変わりないけど、あの二人とは違って積極的にオオミ・センリを生贄にしようとしたわけじゃない。そうしないと自分達が生贄にされるからで、やむを得ずの緊急避難で情状酌量の余地は充分にある……とか何とか、ミシマ・ソウジが説得したんじゃないかと思う」


 魔法のパソコンとなってしまったオオミ・センリはミシマ・ソウジがいなければ意思の表示すらできないし、オオミ・センリの協力なしではミシマ・ソウジは元老院の目をごまかすことができず、どこかで反逆者として処刑されたことだろう。ミシマ・ソウジとオオミ・センリはお互いがお互いの目的のために必要不可欠な協力者であり、共犯者だった。どちら一方だけではそれぞれの目的を達成し得ず、お互いの意向を無視し得ない。


「もしかしたらオオミ・センリは俺達もゾンビにしようとしたけどミシマ・ソウジが反対して、でも報復対象から外すところまでは説得できず、中途半端に妥協した結果が今の俺達なんじゃないかと思う」


 別の見方をするなら「自分達を報復の対象から外すために安土譲治と稲枝聖良を生贄に差し出した」とも言え、それもまた事実の一面なのだろう。

 なるほど、と納得する葵達の一方ディアデムはいま一つ腑に落ちない様子である。もう一つの理由を説明すればディアデムも得心するだろうが総司は素知らぬ顔のまま、


『元老院の連中はこの迷宮で酒池肉林に耽溺しているわけじゃない。自分達が作り上げたこの地獄で、自らの罪に相応しい罰を受け続けています』


 総司がディアデムに向き直り、対峙する。まるで真剣で決闘するかのような緊張がその場を支配した。


『この迷宮を攻略する意味は、もうないんじゃないでしょうか?』


 総司の確認に慌てたのは、匡平や若葉達の方だった。もしディアデムが「そうだな」と頷いて迷宮から手を引けば彼等は独力で迷宮攻略をすることになるのだから。だが――彼はまずため息をつき、次に首を横に振り、そして自嘲のような笑みを浮かべた。


『帝都攻略が終わってまだ間もない中で『元老院を野放しにはできない』と、渋る各都市を必死に説得し、半ば脅迫して戦費を供出させて、何万という軍勢を揃えてここまで進軍させて、何ヶ月も迷宮を包囲して攻略を続け、千や二千では利かない犠牲を出して、その結果判ったことが『元老院は全員動く死体となって迷宮を彷徨っていました』『攻略する必要はありませんでした』『この戦いも、兵の犠牲も、何の意味もありませんでした』――そんなことを公表できると思うか?』


 総司はそれに答えられない。本当に無意味な戦いだったのならそれを公表して軍を退くのが将の役目ではないのか、と思わずにはいられないが、実際にそれをやったなら責任を追及されるのはその将、今の場合は大将軍ヴァルカンだ。自らの権力基盤を自分で掘り崩すような選択を、ディアデム達が選べるはずもない……というのがまず一つ。


『それに獣人は我々の説明に耳を傾けはしないだろう。彼等が退かないのに我々だけが退くわけにはいかない』


 フュルミナン地下神殿は無限に等しい魔力の供給源、この地を制する者がこの世界の覇者となる。結局彼等の目的はこの地下神殿そのものであり、元老院のことなど二の次三の次。連中がゾンビだったからといって攻略を止める理由になるわけがないのだ。


『ですがこのまま攻略を進めても犠牲が増えるだけです』


『他の方法を採ればいい。我々の仕事はより犠牲の少ない攻略方法を見つけ出すことだ』


 迷宮の真相などディアデム(の本来の任務)からすればただの寄り道に過ぎない。帝国が倒れても暗闘を続ける人間と獣人に、半分は陰鬱な気分となって総司はため息をついた。もう半分は、


『「より犠牲の少ない攻略方法」の腹案があります』


『聞こう』


 迷宮攻略の協力を引き続き得られることに対する、安堵の思いだった。総司が迷宮攻略案を説明し、一同が瞠目する。その討議は長い時間続けられた。

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