第19話(SIDE E)


 総司達がフュルミナン地下神殿――「永遠の楽園」を自称するこの迷宮でリポップし、探索を開始してから二四日目。コピーによって新たに作り出された総司と匡平がクールーに向けて出発した、その翌日。ディアデムが総司達の下へとやってくる。


『こんにちは。何か新しい動きがありましたか?』


 総司は流暢とは言えないまでも、意思の疎通に支障はない程度の現地語を使用し、ディアデムが目を見張った。


『驚いた。短い間で言葉が随分上達している』


『ええ。迷宮の手助けがあったものと思います』


 アリアンとの接触が自由となったのが数日前で、この間総司は時間があれば彼女から現地語を教わっていた。それに加え現在もう一人の総司と匡平が旅の時間を利用し、アリアンを教師として現地語の実地学習をひたすら進めている。総司も匡平もコピーした自分自身と魔法的なテレパシーによりつながっており、一方の自分が学んで血肉としたことはそのまま活用可能だった――だが、それだけでは足りない。おそらくは言葉を教わり、ある程度習得したことが契機となり、フラグが立ったのだろう。脳内に元からあった、でも封印されていた現地語に関する領域が解放されたのだ。


「おそらくこれは二五年前にこの世界に拉致されたファーストコピーの俺達が、必死に学んで身に着けた知識だと思われる」


 もちろん言語領域の解放度合いには個別差があり、匡平はまだまだ片言だ。それでも現地語の習得には常識外れの短時間しかかからないものと予想された。


『状況に変化はない。迷宮に関する情報収集は君達こそが最前線だ』


『ええ。クールーに着いて、島本から話を聞ければ……もちろんこっちでもできることはやっていきます』


『頼りにしている』


 そしてディアデムは今日の本題、魔道具の鑑定を総司に依頼した。


『いくつかの魔法遺物が到着した。迷宮攻略に役立つものが入っていればいいのだが』


 そうですね、と頷く総司の前に、三つの魔法遺物が並べられる。最初の一つは完全に壊れていて使用不能。次の一つは魔法とは無関係なただのガラクタで、おそらくは詐欺師が作ったものだろう。問題は最後の一つだった。


「あれ? ……もしかして、これ」


「何か判ったのか?」


「これも何かの部品で単品じゃ意味がない。でも」


 前回の鑑定でも何かの部品が見出され、今回のこれで三つ目だ。そして今、総司の前にはその三つの部品が積み上げられている。それは三つともほぼ正立方体で、積み上げたそれは総司の胸の高さとなった。それから一歩離れた総司は魔法の杖をそれに触れさせ、


『起動せよ!』


 魔力をこめて呪文を唱える。次の瞬間、それは光を放ってつながり、変形し――


「これは……」


 総司を除いた誰もが驚きに目を見張っている。彼等の前にあるのは、人形だった。小学生が工作の時間に空き箱で作ったような、立方体を組み合わせた人形。その身長は葵よりも低いが横幅はずっと太く、その分大きく感じられた。


「見ての通りの魔法の人形……ゴーレムだ。どうやらこの迷宮建設に使用された、魔法の建機らしい」


 葵達が「すごい」と感心しようとし、それを立ち消えさせる。総司が唇を噛み締め、怒りに拳を震わせていたからだ。


「どうした? 委員長」


「こんなものが……こんなものが……こんなものがあるなら、どうしてわざわざ俺達を」


 食いしばる総司の歯が折れる寸前の軋みを上げた。葵達はその怒りを共有し、だがそれよりも総司への気遣いが先に立った。心配そうな彼女達の視線に気付き、総司は大きく深呼吸をして冷静になろうとする。


『……失礼しました。これはおそらく、迷宮建設に使用されたゴーレムです』


 総司の説明にディアデムが「なるほど」と頷く。


『確かにこれが群れを成して立ち塞がったなら面倒なこととなっただろう。「迷宮の守護者」は何故それを選ばなかったのか』


『おそらく奴は、俺達を苦しめて愉しんでいるのだと思います』


『その根拠は?』


『この状況そのものが。他に理由が考えられません』


 吐き捨てるように言う総司に、ディアデムは顎に手を当てて何かを考え込んだ。総司がその思考を追おうとし、だが彼の考えがまとまる方が先だった。


『一つ確認したいことができた。協力してほしい』


『何をするんですか?』


『「迷宮の守護者」は迷宮防衛を口実に君達を苦しめ、愉しんでいる。それが事実なら――ゾンビはどうなる?』


 その指摘に総司が瞠目した。


「確かにあれは、意識が残っているような様子を見せたことが……! もしあれがただの死体じゃなく、あの状態で意識があるのなら」


『「迷宮の守護者」には君達以上に苦しめたい相手がいるということになる。もし彼等の素性が判るなら』


『迷宮の真相に一歩も二歩も近付きます』


 全ては仮定に仮定を重ねた推測に過ぎないが、だからこそ事実を確認する必要があった。情報を集め、仮説を事実として立証するために。迷宮の謎を解明するために。






 総司達五人が準備万端に整えて迷宮の奥へと出発したのはその翌日のことである。総司達五人が先行し、それに共和国軍兵士が二〇人程度が続いている。兵士は全員顔から爪先までを金属鎧で覆い、肌が出ている箇所はわずかもなかった。それはディアデム子飼いの精鋭部隊であり、それを率いるのは彼の副官のヴェロニクだ。また魔法使いの技官がこれに同行する。本当はディアデム自身が総司達と一緒に迷宮探索に赴こうとしたのだが、この二人に却下されたのである。


『私は帝国の要人から共和国の兵士まで、ありとあらゆる人間の顔を知っている。私が行くのが一番話が早いだろう』


『そんなの認めるわけないでしょう? 帝国の人間の顔ならわたしだってよく知っています』


 名をエムロードという魔法使いの技官が呆れた目をし、


『しかしだな』


『あんた自分の立場を判っているんですか?』


 とヴェロニクが同調する。

 なお、その立場を正確には知らない総司が詳しく訊ねてみると、


『この迷宮攻略軍の総指揮を執っておられるのが大将軍ヴァルカンというお方で、帝国に反旗を翻した『共和国軍』の設立者の一人であり、『共和国』内でも五指に数えられる地位にある。この大将軍ヴァルカンの腹心の一人が将軍ディオジェーヌという方で、この方は補給や情報収集等の裏方を担当しておられる』


『その将軍ディオジェーヌの懐刀と言われるのがディアデム様で、わたしはさらにその腹心。言わば右腕です』


 とエムロードが威張って言い、総司は「なるほど」と頷く。


『ならば俺は左腕だな』


『あなたはただの寄騎でしょう』


 ヴェロニクとエムロードがそんな会話をしており、どうやらヴェロニクとその部隊は任務上の必要から一時的にディアデムの指揮下に入っているらしかった。それでもヴェロニクがディアデムに心酔していることを、疑う必要はないのだが。

 おそらくディアデムは迷宮攻略軍の総大将にも直言が許され、その指揮を左右することも可能な立場だと思われた。それが軽いはずもなく、自称両腕の二人にこんこんと説教され、結局ディアデムは迷宮探索参加を断念する。そのしょんぼりとした顔に葵や里緒は、


「……実は結構面白いおじさんなのかも」


「そうですね」


 とこっそりと笑い合い、総司は内心で同意しつつもそれを聞かなかったふりをした。

 ……朝早くから迷宮探索に出発し、数時間後。時刻は既に昼を回っている。


「見つけた、あっちに固まってる」


 先行する総司達が三〇体ほどのゾンビの集団を発見、それを後続のヴェロニク達に伝えた。


『ここは狭くて色々とやりにくい。さっきの広間まで後退してそこに誘い込む』


 ヴェロニクのその方針を総司は是とした。


『彼等をおびき寄せてもらえませんか?』


『いいだろう』


 総司の要請に従い探索部隊の何人かがゾンビ集団に接近。それに釣られたゾンビが一斉に向かってきて兵士が逃げ出した。ゾンビはどれも腐敗がかなり進んでいてその動きは非常に鈍く、金属鎧の兵士達でも余裕をもって逃げることが可能だった。兵士達が大広間へと逃げ込み、それから五分も十分も経ってからようやくゾンビが大広間の近くまでやってくる。流れ込んでくる悪臭は鼻が腐り落ちそうなほどに酷く、葵や里緒は頭痛を覚えている。エムロードはフードを深々とかぶって顔を隠しているが、それでも具合が悪そうな様子は見て取れた。


『大丈夫ですか?』


『わたしのことは気にせず、自分の仕事をやりなさい』


 判りました、と応える総司は大広間の入口へと、その手前の通路へと目を向けた。そこには今、簡易的なトラップが設置されている。服を詰め込んだスポーツバッグを台とし、それに塩津正雄が祝福で作った剣を固定。剣は刃を上に向け、刀身は三〇度ほどに傾けている。

 その手製の簡易トラップはコピーで増やされ、通路に一〇も二〇も並べられていた。通路は全て塞がずに、真ん中に一人だけが通れる分の隙間を作っている。何も考えずに歩き続ければその剣はすねに突き刺さり、敵の動きを止めるだろう。もちろん普通の敵ならこんな見え見えの罠に引っかかるはずもない。だがゾンビは足を止めることもなく、ほんのわずかの進路変更をすることもなく、真っ直ぐに歩き続けた。そして次々とそのトラップにぶつかり――


「aaaaaa……」


「ooooo……」


 反応がないわけではないのだが、明確ではなかった。普通なら激痛に悲鳴を上げるところだが彼等の痛覚は崩れ落ちているのだろう。だが痛みがその足を止めることはなくとも、トラップに足を取られたゾンビが転び、後続のゾンビがそれにつまづき、または剣が突き刺さったまま歩いたため足が千切れてそれで転び、後続のゾンビがそれにつまづき。ゾンビ軍団の大半がばたばたと倒れている。立って歩き続けているのは通路の真ん中を通っていた一部だけだ。うち三体がようやくトラップゾーンを通り抜け、


「今だ!」


 総司の合図に匡平が結界の宝玉を起動、ゾンビの後続を遮断する。続いて若葉と葵が再生の巻物を投げつけ、ゾンビが光に包まれる。それが収まるとそこに転がるのは三体の死体だ。それらはすぐにでも再起動するが、それまでのわずかな時間に兵士達がロープでゾンビを拘束した。


『……よし』


 作戦成功に冷や汗を拭うヴェロニク。三体のゾンビは既に再起動し兵士達に襲いかかろうとするがロープで縛られており、ただじたばたするだけだ。さらにその身体から三方向にロープが延びていて、それをそれぞれの兵士が持っていて、ゾンビは前後左右どこにも行けない状態だった。


「aaaaaa……」


「ooooo……」


 再生の巻物により新鮮な死体と化した分ゾンビは活動的となっているが、屈強な兵士達からすればその拘束は苦労と言うほどでもないようだった。里緒はいつでも呪歌を使える態勢で後方で待機、その横には葵がいる。その前では若葉と匡平が戦闘態勢で待機。総司はゾンビに一番近い場所で、その姿を詳細に観察した。

 三体のゾンビはどれも四〇代から五〇代の男性。身にしているのは病院の検査衣みたいな、非常に簡素な白いワンピース。服装からその素性をたどるのは不可能で、ヴェロニクやエムロードがその顔を知っていることに賭けるしかない。が、ヴェロニクは頼りなげに首を傾げるばかりでエムロードはさらに具合を悪くしたのかその場にしゃがみ込んでいる。


『大丈夫ですか?』


 気にしないで、とエムロードが追い払うように手を振るが、総司はそれでも問わなければならなかった。


『ゾンビの顔、見ることができますか?』


 彼女も自分の役割を思い出したようでしゃがんだままフードを上げてそれを目の当たりにし、驚きに目を見張った。


『まさか……』


『彼等のことを知っているのですか?』


『ああ、いえ……』


 彼女は口を掌で覆って考え込んでいたがやがて、


『ディアデム様に報告する方が先よ』


 その断固とした拒絶に総司は「この場で話を聞くのは無理だろう」と判断する。


「それなら俺なりに情報収集をしないと」


 と彼はさらにゾンビに近付き、大声で、


『俺の言うことが判りますか?』


「aaaaaa……」


 その問いかけにゾンビが三体とも総司に顔を向け、何か言いたげに唸っている。


「もしかして話が通じるのか?」


 と若葉達が驚きに目を丸くした。意を強くした総司が、


『俺の言うことが判りますか? 判るなら右を向いてください』


 と総司が右を向くと、その真似をするように三体のゾンビがそろって右を向く。


「三島、こいつ等まさか本当に」


「ああ、この状態で意識がある」


 匡平や若葉は慄然とした顔となり、総司もまたそのおぞましさに顔を青ざめさせている。だが彼はそのような人間的感情を黙殺し、検死官のような冷徹さで尋問を続けた。


『あなた達は自分の生前のことを覚えていますか? 「はい」なら右を、「いいえ」なら左を向いてください』


『あなた達は自分の名前を覚えていますか?』


『あなた達は魔法帝国の人間ですか?』


『あなた達は魔法使いですか?』


 念のために右と左を適時入れ替えるが、それでも答えは全て「はい」だ。


『あなた達は――元老院の人間ですか?』


 エムロードが止める間もなくゾンビがそれに「はい」と答える。総司達の視線が彼女へと集まり、エムロードは諦めたようなため息をついた。


『……確かに見覚えがある。三人とも元老院の議員だったわ』


「でもどうして元老院の連中が。そいつらは迷宮の一番奥で酒池肉林に明け暮れているんじゃなかったのか」


「まだ判らない。でも……」


 総司の脳内では高速で仮説が組み立てられていく。それを確認するために総司は尋問を続けた。


『あなた達は、望んで今のような姿となったのですか?』


 その問いに彼等は初めて「いいえ」と返答した。


『今の姿は望んだものではないと?』


『あなた達は、自分達が今こうなっている、その理由を知っていますか? 誰がこんなことをしたのかを』


 その問いに彼等は「はい」と返答。


『それは「迷宮の守護者」ですか?』


 その問いに彼等は戸惑いを見せ、


『「迷宮の守護者」を知っていますか? 聞いたことがありますか?』


 彼等の答えは「いいえ」。総司は一瞬ためらいながらも次の質問を口にした。


『あなた達は今……苦痛を感じていますか?』


 その答えは明確に「はい」であり、


『あなた達は、死にたいですか?』


 その答えもまた同様だった。総司は考え込み、次の質問までしばらくの間が空く。


『……今ここで、殺されること、破壊されることを望みますか?』


 その答えは「いいえ」であり、総司が瞠目する。


『今ここで殺されても、また動く死体となって復活する?』


 その答えは「はい」であり、


「やっぱり記憶が継承しているのか」


 傍証を得た総司はまるで苦痛に耐えるかのような顔となった。

 総司はさらにいくつかの質問を重ねるが有用な情報は得られず、尋問はそこで終了。三体のゾンビは拘束されたまま大広間の片隅に転がされた。


『次は腐った状態でどこまで意識があるかを確認したいと思います』


 その提案をヴェロニクが承諾、作戦継続にそれぞれが持ち場に戻った。

 ……トラップに足を取られたゾンビ達は再び立ち上がり、または這ったまま移動していた。結界の宝玉を一時撤去すると比較的破損の少ない六体のゾンビが大広間の前に入ってくる。加速の祝福を使った匡平がそれらの首を投げ縄で拘束。六体のゾンビが縄で首を数珠つなぎにされ、その縄の両端を何人もの兵士が掴んで離さない。下手に力を入れるとゾンビの首が千切れ跳びそうで、むしろその力加減のように苦慮しているようだった。腐ったゾンビの体液を警戒し、金属鎧で身を守った兵士を整列させて己が盾とし、ヴェロニク達はその後ろからゾンビの様子を観察する。

 ゾンビが視界に入らない最後尾で、里緒は警戒態勢を維持。その腐臭に泣きそうになりながらも、その無残な姿に吐きそうになりながらも、葵はゾンビの様子を遠巻きして眺めている。若葉や匡平でも平静を装うのは困難で、一番普通にしていたのは総司だったかもしれない。

 総司が兵士の間を通り抜けてゾンビの前に進み出、彼等の視線が総司に集中したように思われた。その中で、首が取れそうになるのも構わず激しく暴れているのが二体。総司は首を傾げながらも、


『あなた達と話がしたい』


 そう呼びかけるとその二体も大人しくなった。


『俺の言うことが判りますか? 判るなら右を向いてください』


 六体のゾンビは縄で拘束されたまま一斉に右を向き、


「マイケル・ジャクソンか!」


 恐がりながらも涙目で突っ込む葵に総司は失笑を禁じ得なかった。

 気を取り直して総司がそれらのゾンビを尋問。質問の内容は先ほどと変わらず、得られた答えもまた同じだ。尋問を終えて、


『それじゃ次にこれを使って彼等を修復して、その素性を確認します』


『やってくれ』


 総司と若葉と匡平が手分けして再生の巻物を行使。六体のゾンビに六本の巻物が使われ、彼等が光に包まれる。光が収まるとそこにあるのは、腐った身体をデリートされて置き換えられた、新品のコピーだ。首を縄でつながれたままの六体の死体が床に転がっているが、やがてそれらは起き上がった。死体が立ち上がって顔を上げ――総司達が驚愕に息を呑んだ。


『どうした?』


 訝るヴェロニクがそう問う。六体のうち四体はやはり元老院のメンバーだとエムロードが証言したが、残りの二体は違っていた。一人は年老いた女で一人は壮年の男。エムロードもヴェロニクも知らない顔だがその顔立ちは見慣れない人種のそれで、総司達によく似通っている。


「まさか、安土と稲枝?!」


「どう見てもあの二人だ」


 二五年分の加齢はあってもその顔を見間違えることはない。クラスメイトの男子生徒・安土譲治と、担任教師の稲枝聖良だ。総司達は学外行事のバスの移動途中でこの世界に拉致されたものと考えられていたが、そうであるならばいるはずなのにいない人間が何人かいた。うち一人が島本水無瀬で、彼女に会いにもう一人の総司が今移動中。そしてもう二人が今、ここにいる。


「どうして俺達と一緒にいないのかと思っていたら、まさかこんなところに」


「でもどうしてこの二人がゾンビに?」


「まだ判らない、でも……」


 仮説が次々と補強されていき、総司は慨嘆しながら首を横に振った。安土と稲枝は何か言いたげに口を開閉させているがその喉から出るのはうめき声だけだ。


「何か言おうとしてるみたいだけど……」


「『たすけて』って言っている……と思う」


 やや自信なさげに匡平が言い、総司は振り返って彼を見た。


「判るのか?」


「読唇術をちょっとばかり」


 それなら、と総司はこの二人に向き直り、


「君達をこんな風にしたのは誰だ? 判るか?」


 わかる、と口が動いたのは匡平に読んでもらうまでもなかった。総司はいるはずなのにいない、最後の一人の名を口にする。


「――大海千里」


 六体のゾンビが雄叫びを上げた。それは狂乱したかのようであり、恐怖に身を震わせるかのようであり、泣き喚くかのようであり、嘆き悲しむかのようであり、許しを請うかのよう――いや、「かのよう」ではない。


「『ゆるして』って言っていると思う」


 匡平が陰鬱にそう言い、だが総司はそれに応えることができなかった。死体となった安土譲治が、稲枝聖良が、元老院の面々が、泣き喚きながら許しを請うている。もし総司達を地獄に堕とした張本人を、その理由を知っているなら、総司だって泣き喚き、何百回でも土下座をして許しを請い、死なせてもらおうとしたかもしれない。総司がそれをしないのは、何も知らないからだ――自分が彼に何をしたかを。己が罪を。


「でもそれももうすぐ判る。島本がそれを知っているはずだ」


 事態の核心を、情報を得るためにもう一人の総司と匡平は今、クールーへと向かっている。二人が島本水無瀬の下に到着するのは間もなくのはずだった。

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