第12話(SIDE E)


 総司達がクラス全体で異世界にトラック転生し、転生特典のチート能力を授けられた上で「永遠の楽園」と呼ばれるこの迷宮の探索を開始し、今日で二日目――いや、実際には彼等は転生などしておらず、今の総司達は元の世界からオリジナルの情報だけを抜き取られてこの世界で作り出されたコピーでしかない。しかも記録に残っているだけでも三番目のコピー体であり、実際にどれだけのコピーが作り出されて死んでいるのかは見当もつかなった。


「この地獄を終わらせる」


 前回の自分からその決意と、迷宮に関する情報を受け継いだ総司は迷宮探索を再開する。誰が、何のために自分達をこの地獄へと堕としたのか、その真相を知るために。


「虎姫、次の角を右に」


「判った」


 パーティメンバーは総司も含めて五人。先頭を歩くのは虎姫若葉、一八〇センチメートル近い長身と、グラビアモデルでも滅多にいないくらいの魅惑的グラマラスなプロポーションと、圧倒的な戦闘力を有する少女である。まず間違いなく日本最強の女子高生であり、男子を含めたとしても同世代で彼女に勝てる人間はそう何人もいないものと思われた。


「いいんちょ、今はどこに向かってるの?」


「とりあえずは外に近い場所に」


 向日葵は高い索敵能力を買われて二番目を歩いている。女子の中でも小柄な体格だがバスケットボール部でレギュラーを務めており、運動能力は高い。いつも人の輪の中心にいる、明朗快活な少女だ。


「前回のわたし達も外に行こうとしていたんですよね。やっぱり情報を得るために外に?」


「うーん、そこなんだが」


 里緒の問いに総司は歯切れの悪い態度を見せた。三番目を歩く桂川里緒は絵に描いたような「良家のお嬢様」で、実際の中身もその通りだった。国内外の大きな大会で何度も入賞している、天才バイオリン少女である。


「でも外に近付けばそれだけモンスターが増える。前回はそれで全滅したんだろう」


「それもある。だから慎重に行動しなきゃいけない」


 最後尾を歩くのは高月匡平、涼やかな容姿と高い戦闘能力を誇る少年だ。

 そして四番目を歩くのが三島総司、パーティのリーダーにして頭脳にして支柱である。眼鏡をかけたその容貌は線が細く、神経質そうに見え、やや頼りなく思える。実際自分がリーダーなんてみんな心細くて仕方ないだろう、と総司は勝手に思い込んでいた――パーティメンバーの評価とは正反対に。


「まずは可能な限り戦闘を避ける、それを最優先として」


「いいんちょ、おあいにくみたい」


 葵の警告に一同が足を止めた。彼女は屈み込んで両掌を石の床に押し付け、


「そこまで重くない足音が三つ」


「三匹くらいなら倒した方が早い」


 と戦意をみなぎらせる若葉と、その横に並ぶ匡平。だが総司は「待て!」と二人を引き留めた。


「相手を殺すな!」


「殺すなって、向こうが問答無用で俺達を殺そうとしてきているんだぞ」


「判っている! でも殺すな、殺すくらいなら逃げよう」


 だがそんな押し問答をしている間に敵は目の前にやってきていた。暗闇の中から灯火を伴い、姿を現したのは人間に近い胴体と狼の首を有した異形の亜人、ワーウルフだ。三体とも革製の軽装鎧を身にし、剣を手にしている。そして総司達に対する強烈な殺意を、その目に宿していた。


「どうするつもりだ、三島。敵を殺さずに敵に殺されて、次の俺達に任せるつもりか?」


 匡平の辛辣な問いに総司は唇を噛み締める。が、


「要するに、殺さずに無力化すればいいんだな」


 若葉がそう言って無造作にワーウルフへと歩み寄っていく。匡平や総司はあっけに取られて動けず、それはワーウルフ側も同様のようだった。その隙を突くように若葉は三体のワーウルフの真ん中へと入り込み、静かに佇んでいる。数瞬戸惑うように顔を見合わせていた彼等だが、


「Varrrruuu!」


 ためらいを吹き飛ばすように彼等が吠え、同時に若葉へと襲いかかった。若葉はそれを紙一重で避け、背後に回り込んで鉄槌のような拳を一人目の側頭へと叩き込む。倒れる一人目をジャンプして乗り越え、そのままの勢いで二人目の首を回し蹴りで刈り、三人目の眼前で膝を抱えるようにしゃがみ込み、大きく伸び上がって身体ごと突き上げるようにして掌底をその顎に食らわせた。三人目の身体が宙に浮き、大の字となってぶっ倒れる。戦闘はほとんど一瞬で終わり、ワーウルフは全て床に倒れ伏し、若葉は何事もなかったような顔で総司達のところに戻ってきた。


「殺してはいない。こいつ等人間よりもかなり頑丈みたいだし、多分すぐに動けるようになるだろう」


「そ、そうか」


 その戦闘力に総司はそれだけしか言えないでいる。唖然としたのは匡平も同じだが、彼にはそれだけでない、複雑な思いがその顔に浮かんでいた。


「お代わりが来たみたい! かなりたくさん!」


「道を塞いで逃げよう」


 総司が魔法のカバンからあらかじめコピーしておいた結界の宝玉を取り出し、それを通路に並べる。展開された光の結界が通路を塞ぎ、その向こう側からワーウルフと思しき声が聞こえている。彼等は先に進めないことを罵り、また何か相談をしているような様子だった。

 総司達は数百メートル後退し、複数の通路が結合した広間のような場所へと出た。そしてそれとほぼ同時にワーウルフの一団がその広間へと入ってくる。


「そんな、どうして!」


 体格は比較的小さく装備は粗末だが、その数ざっと二〇以上。ワーウルフの雑兵集団だ。彼等が結界の宝玉によって足止めされた集団なのか、それとも別かは判らない。二つ言えるのは総司達は運がなく、今絶体絶命だということだった。


「できるだけ殺さないようにはするが」


「殺さずに済ませる自信はないぞ」


 若葉と匡平の言葉に総司は苦渋を浮かべる。が、


「わ、わたしが『呪歌』を使います」


「そうか、助かる」


 里緒の祝福は「呪歌」、バイオリン演奏による敵へのデバフである。だが今回まだそれを使ったことがなく、また里緒が徹頭徹尾戦闘に向かない性格なので、総司も若葉達も正直に言えばその力にはそこまで期待してはいなかったのだ。


「里緒ちゃん?!」


 が、里緒は身体を震わせ、涙目になりながらも誰よりも前へと進み出、その上でバイオリンを構えた。ワーウルフは嘲笑のような雄叫びを上げながら突撃してくる。その次の瞬間――


「Varrrruuu??!」


 ワーウルフが悲鳴を上げ、次々にばたばたと倒れていく。里緒のバイオリン演奏――いや、これを演奏というのは音楽に対する冒涜だ。それは音の形をした攻撃であり、暴力であり、陵辱だった。耳から侵入したそれが彼等の脳を直接サンドバッグにし、私刑リンチにする。ワーウルフは血反吐を吐きながら一人残らず悶絶し、死屍累々といった惨状となった。里緒を除いて立っている者は一人もいない――総司達もまたその余波から逃れ得なかった。


「す、すごいよ里緒ちゃん……でも」


「か、身体がしびれる……動けない」


「今、敵がきたら、ひとたまりもないぞ」


「あの、そのときはまたわたしが」


「ごめん、それは最後の手段だ」


 それでも一、二分で若葉と匡平が動けるようになり、葵と総司を担いで移動。安全な場所を目指して後退した。


「さて、いくつか確認したいことがあるんだが」


「奇遇だな、俺もだ」


 総司達は元来た道を何分か引き返し、さらに横道にそれてもう何分か進み、適当な小部屋を休憩所とした。そこでようやく落ち着いて話ができる状態となり、


「俺が先でいいか?」


 匡平の問いに総司が「ああ」と頷く。言わずとも想像はつくことだが。


「敵を、モンスターを殺すなって、どういうつもりなんだ?」


「彼等は敵でもモンスターでもないからだ」


 匡平の真っ向からの問いに総司もまた真正面から答えた。少しの間、両者が沈黙する。


「……でも、襲ってくるのはあっちだ。降りかかる火の粉は払わなきゃいけない」


 若葉のその反論に対し、総司が静かに、確固と主張する。


「戦うな、身を守るな、黙って死ね、と言っているわけじゃない。でも考えてみてほしい――なんで俺達が戦わなきゃいけない?」


 その問いに若葉と匡平が、葵と里緒が顔を見合わせた。


「……あっちが襲ってくるから」


「その理由は?」


 当然ながら、それに答えられる者は誰もいない。


「あるいはもしかしたら、この迷宮のラスボスは世界を滅ぼそうとしている魔王で、彼等は魔王を倒すために迷宮を攻略しようとしているのかもしれない。そして俺達は魔王配下のモンスター、俺達をぶっ殺すことこそこの世界の正義なのかもしれない。何も知らない俺達は彼等こそモンスターだと思い込んで戦って、殺し殺されをくり返し、恨みつらみを募らせて――」


 この憎悪と暴力の応酬はまるで、円環となった回廊を延々と走らされているかのようだった。その道をどれだけ走ったところでキリがなく、終わりがなく、救いがない。


「どこかに出口を作らなきゃいけない。別の道を見つけなきゃいけない。彼等を殺さない、というのはその第一歩だ」


「相手を殺さなければ、相手がいきなり襲ってくることもなくなる……?」


「言うほど簡単じゃないのは判っているけど、何とかしてそこに持っていきたい。もっと欲を言えば、彼等と協力関係を結びたい」


 その方針に驚きを見せる匡平達。


「モンスターと?」


「彼等はモンスターじゃない」


 総司は再度それを訂正した。


「俺達から見れば異形の怪物だけどこの世界でなら彼等は普通なのかもしれない。何をどう考えようと、どこの世界だろうと普通じゃないモンスターは俺達の方だ」


 匡平は面白くなさそうに鼻を鳴らすが反論はしなかった。若葉は顎に手を当てて、


「……ノートにあった、体格がよくて装備が充実していたリザードマンやワーウルフはこの世界の冒険者ってことか?」


「あるいは騎士階級か職業軍人。身体が小さくて装備が粗末な連中は農村から徴兵された歩兵だと思われる」


 少しの間難しい顔をしていた匡平だが、やがてため息を一つつき、


「……無意味な殺し合いを好きでやりたいわけじゃない。それを止める方向に持っていく、という方針に反対はしない。でもそれは、俺達の生命や安全を最優先にした上でのことだ」


「それはもちろん。何度も危ない橋を渡ることにはなるだろうけど、落ちずに渡り切るのが大前提だ」


 それならいい、と小さく肩をすくめる匡平。言いたいことは匡平が全て言ってくれたので若葉は黙ったままただ頷いた。


「せんせー、しつもーん」


「はい、向日さん」


 葵と総司はまるで生徒と教師のようなやり取りをする。


「でもあいつ等……リザードマンやワーウルフが悪い奴等だったらどうするの?」


「それも可能性の一つとして考えられる。リザードマンやワーウルフ……ええと、面倒だから『獣人』って言い方に統一するけど、たとえばこの迷宮は人間陣営の最後の砦で、魔王配下の獣人に攻め込まれているとか。でもそんなこと、俺達の知ったことじゃない」


 吐き捨てるような強い語気に葵と里緒が小さく身をすくませた。


「正義の人間様が生き残りをかけてこの迷宮を守っているとしても、そのために俺達が敵との戦いの矢面に立たされて、何度死んでも何度でもリポップするモンスターにさせられて、こんな地獄に堕とされて……」


 あふれ出る憤怒がその拳を震わせるが、総司はため息をついて自らの感情を制御する。


「こいつ等が獣人側に皆殺しにされようとどうでもいいし、むしろ俺の手でそうしてやりたいと思う」


 その通り、と言わんばかりに若葉と匡平が無言で頷き、葵や里緒もまた「それが当然」という顔だった。


「あと、この迷宮が正義か悪かは知らないけど俺達に対するやり口から判断するに、悪である可能性の方がずっと高い。だからと言って獣人側が正義とは限らない。向こうも悪かもしれないけど……いや、正義か悪かなんてどうでもいい。俺達の目的のために誰をどう利用するか、だ」


「仮に獣人の皆さんと協力関係を結べたとしても、充分な見返りもなしでいいように利用されることも考えられますね」


 そうだな、と総司は里緒の懸念を肯定する。


「情報が非対称だとどうしてもそうなる。俺達はこの世界のことを何一つ知らず、自分達のことすらろくに判っていない。いいように使われるとしても当分はそれを甘受しなきゃいけないかもしれない。その間に情報を手に入れて、少しでも対等になれるように」


「気が早すぎない?」


 葵のもっともな一言に総司は目が覚めたような顔となり、次いで苦笑した。


「まったくだ。まずは何とか停戦。出会って五秒でバトル、てな状態から脱しないことには話にならない。話もできない」


「白旗作ってみようか」


 その提案に総司は「いや」と首を横に振った。


「白旗が降伏や非戦の意味になったのは近代の戦時国際法からで、いつの時代でもどこの国でもそうだったわけじゃない。バッフ・クランみたいに『一人残らず皆殺しにしてやる』って意味に取られないとも限らない」


「バッフ・クランって何?」


「さあ……」


 葵と里緒がそんな会話をしているが総司はそれを聞き流し、ため息をついた。


「せめて相手が人間ならな。獣人相手じゃ表情もろくに読めないし言葉を覚えるのも絶望的だ」


「英語とドイツ語なら少しは」


「通じたらびっくりだよ」


「この世界に人間はいるのか?」


 その疑問に総司は「いるのは間違いない」と断言する。


「まずゾンビ。あれは人間の死体がゾンビになったもので、獣人じゃなかった。次に、俺達はまだ見ていないけど」


 と総司はノートを示した。


「前回の俺達は『女神像の噴水』を見つけている。もしこの女神が人間じゃなく獣人だったらそう特筆しているだろう」


「人間と同じ姿の女神像があるってことは、それを作った人間がいる?」


 そういうこと、と総司が頷く。


「迷宮の外に人間がいて、それと接触できるなら大分はかどるんだけどな。ともかく、当面は情報収集しつつ、獣人に襲われてもこれを殺さずに撃退する。可能であれば意思の疎通を図っていく――この方針で行きたいと思う」


 若葉、匡平、葵、里緒が頷き、その方針を是とした。


「でも里緒ちゃんの祝福があれば相手を殺さずにやっつけるのは難しくないんじゃない?」


「そうだといいんですけど」


 葵の楽観的な見通しに里緒が静かに微笑み、それを否定しなかった。密かな自信に満ちた里緒の姿勢に総司は小さく驚いている。


「でも周りの被害がひどすぎるから音楽家になるのは諦めた方がいいかも! 自衛隊に就職するのがいいんじゃないかな!」


「向日、桂川が『お前を生きたままさっぽろ雪まつりの雪像にしてやる』って顔になっているぞ」


「ええっ!?」


「どんな顔なんですか?!」


 真面目な話が冗談で中断し、若葉と匡平が冷たい顔となっている(ような気がする)。総司は「ともかく」とわざとらしく咳払いをし、仕切り直した。


「この世界には魔法阻害の巻物があって、祝福も阻害できる。楽観は禁物だけど桂川の祝福はできるだけ活用していきたい」


「でも桂川の祝福ってこんなに強かったのか? ノートに書いてあった話と大分違っているように思うんだが」


 若葉のその疑問に匡平が、


「それはお前もだろう」


 と指摘した。


「祝福を使って戦うのはさっきが初めてのはずなのにお前はためらいもなく完璧に使いこなしていた。何でもありなら負ける気はしなかったけど、正直今は勝てるとは思えない」


 いつの間にか置き去りにされた悔しさを隠しつつ、匡平が客観的にそう述べる。若葉もまた、


「言われてみれば身体がそれに慣れていた。まるで祝福を使って戦ったことがこれまで何度もあったみたいに」


 今さらながらそう言う。答えを求める一同の目は自然と総司に集中した。総司は里緒を見据え、


「まず桂川だけど、『呪歌』には元からこのくらいの力があったんじゃないかと思っている」


「元から?」


「でも桂川は殺し合いが恐くて、バイオリンを殺し合いに使うことにも抵抗があって、それが足かせとなって『呪歌』の力はフルに発揮されていなかった。でも今は、自分が『呪歌』を使いこなせば殺し合いをせずに済む――それが足かせを外して、本来の力を取り戻したんじゃないかと」


 その解説に里緒は大きく、くり返し頷いている。誰よりも里緒が納得している以上それが正解で間違いないのだろうが、


「もちろんそれだけじゃなく、もう一つの理由も関係しているものと思われる」


 と総司は魔法のカバンから「再生の巻物」を取り出し、一同にそれを示した。


「今、俺がこれを使えば今の俺はデリートされて新品の俺と置き換わる。でも今この瞬間までの記憶は継承されるので今の自分が死んで新しい自分と置き換わった、という事実は知らない限りは気付かない……とノートに書いてある。コピー機能を担っているのは迷宮全体で、俺達の情報を保持しているものと思われるが、つまりは今この瞬間の俺達の記憶もまた迷宮のどこかに記録され続けている。それなら前回死んだ俺達の、死ぬ直前までの情報・記憶がどこかに残っていても不思議はないし、それが無意識の領域で継承されていることもあるんじゃないかと思う」


「前回の経験値をそのまま受け継いでいるからレベルアップしてるってこと?」


「まあ、その理解で問題ない」


 そのなぞらえ方に抵抗を覚えつつも総司がそう頷く。


「じゃあわたしの祝福が変わっているのもその影響かな」


 葵がそんなことを言い出し、初めて聞く話に総司は目を見張った。


「変わったって?」


「前回のわたしの祝福は『跳躍』、短距離テレポートだったけど今は違ってる。耳とかの感覚がすごく鋭くなって、敵の気配を察知するのに特化している感じ」


「名前を付けるなら『索敵』ってところか」


「そうそう、そんな感じ」


「じゃあ『跳躍』はもう使えないんですね?」


 葵は嬉しそうに「うん!」と大きく頷き、里緒と総司は心から安堵した。使うたびに毎回死んで、新しい自分と置き換わる――そんなもの「祝福」でも何でもない、最悪の「呪い」だ。前回の葵の末路を思えばそれが使えなくなったことこそ「祝福」だった。


「祝福がどんなものになるかは本人の適正だけじゃなく、本人の強い望みが影響している可能性がある。祝福が変わったのも前回の向日がそれを強く願った結果かもしれない」


「でも俺は前回の影響をほとんど感じない。虎姫だけじゃなく、向日や桂川とも経験値の差がそこまで大きいっていうのか?」


 と不満げに問う匡平。総司はわずかに間を置き、


「……前回高月は一番に死んで、最後が俺か虎姫だ。まずその差があるのが考えられるけど、それよりも大きいのは意志の問題だと思われる」


「意志の問題?」


「次があることを知っているか、今の自分の意志や記憶を次の自分に継承させたいと強く願っているか」


 前回の総司と若葉の、その最後の戦いは「次回の自分に今の自分達の意志と情報を継承させる」ためのものだった。強く願えば祝福だって変更できるのだ、同じように前回の自分の記憶や経験を継承し得たとしても不思議はない。実際、総司は前回の自分が残したノートを読んだとき、前回の自分の経験を全て追体験した(ような気がした)。おそらく無意識の領域には前回の自分の記憶が、経験が刻み込まれていることだろう。


「前回いろんな真相が明らかとなったのは高月が死んだ後だ。前回からの引継ぎが一番少ないのが高月になったとしても無理はない」


 匡平は悔しげな顔で俯いていたが、やがて大きなため息をつく。様々な不平不満を飲み込み、自分の中での消化が終わったようだった。


「……今さら文句を言っても仕方ない。引き離されたのならこれから効率良く経験値を稼いで追いつくまでだ」


「そう簡単に追いつけると思わない方がいい」


「すぐに追い越すさ」


 挑発するようにうそぶく若葉と、不敵に笑う匡平。いつもの調子を取り戻したようで、総司は安堵した。

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