第02話(SIDE B)


 某高校のクラス一つがまるごと異世界へとトラック転生(?)し、放り出された場所は迷宮の奥。その直後にモンスターの襲撃を受け、何とかこれを殺すも生き残ったのは三〇人のうち総司を含めたわずか五人だけ。

 彼等五人はパーティを組んで「永遠の楽園」と呼ばれるこの迷宮探索へと出発した。もちろんそれは冒険心や功名心に基づくものではなく、「死にたくない、元の世界に戻りたい」という切望に因るものだったが。

 そして彼等がこの迷宮にやってきて約二〇時間、迷宮探察二日目。時刻は午前六時。

 昨日は迷宮の中を休み休み移動し、日が暮れたので適当な一室で休養し、そのまま一夜を明かし、目を覚ましたのがつい今である。


「みんな、起きてるか?」


 総司の呼びかけに、


「おはようございます……」


「うー、あまり休めた感じがしない……」


 と憔悴した様子の里緒と葵。布団やベッドはもちろん寝袋すらもあるはずがなく、死んだクラスメイトからはぎ取った比較的汚れの少ない服を石の床に敷いて、それが布団の代わりである。春先の服装でも暑くも寒くもない最適な気温なのは幸いだが、だからと言ってゆっくり休めるかと言えばそれは別問題なのだった。


「おはよう……って言ってもこの世界で今が朝なのかよく判らないけど」


「朝なんじゃない? なんかそんな気がする」


 一方匡平と若葉の顔色は元の世界のときとあまり変わらない。総司は言うまでもなく前者に属し、肉体的にはもちろんだがそれ以上に精神的に、疲労が蓄積する一方のように思われた。

 クラスメイトの荷物を漁って手に入れた食料を腹に入れて、簡単な朝食とする。手作りの弁当やコンビニのおにぎりのように足が速いものを先に食べて、残ったのは菓子パンやシリアルバー、袋菓子のようにある程度保存がきくものだ。が、それにも限度はあった。

 朝食後は他にやることもなく、探索を再開する。今のところは何の情報もなく、方針の立てようもなく、ただ当てもなく歩いていくだけである。

 先頭を歩くのはパーティの主戦力の虎姫若葉。美人だが「美しい」よりも「凛々しい」とか「格好良い」とかの方がよく似合う少女だ。身長は一八〇センチメートルに近く、五人の中で一番背が高い。ウェストは細いのにバストはとんでもないボリュームで、モデルのように魅惑的グラマラスなプロポーション。腰まで届きそうなストレートのロングヘアを無造作に紐で括っている。ジーンズとTシャツの上にジャケットを羽織った、簡素で動きやすい服装。装備はリザードマンから奪った短剣、それにメリケンサックだ。


「……それもリザードマンが持っていたのか?」


「いや、これは自分の。こんなこともあろうかと普段から持っていた」


「異世界にトラック転生してリザードマンと殺し合うのを『こんなこともあろうかと』思ってたの?」


 そう突っ込むのは若葉に続く向日葵。明るく快活で男女問わず人気があって、いつも人の輪の中心にいる少女だ。女子の中でも小柄で、長めの髪をポニーテールにしている。服装はキュロットパンツにシャツと上着と、軽快なものだ。装備はリザードマンから奪った短剣。それに食料品他の荷物をリュックサックに詰めて背負っていた。


「でも、わたしもこれがあって本当に良かったと思います」


 と葵に続く桂川里緒が言う。彼女は「深窓の令嬢」を絵にしたような美少女だった。髪はゆるくウェーブのかかったセミロング。平均的な身長でお嬢様らしい慎ましいプロポーションを、清楚なワンピースで覆っている。葵と同じように食料品他の入ったリュックサックを背負い、装備はバイオリン。彼女の祝福は「呪歌」、バイオリン演奏によるデバフである。


「備えあれば憂いなし、ってやつだな」


 と一人頷くのは最後尾を歩く高月匡平だ。その容貌は充分以上に整っていて、密かに女子生徒からの人気が高い。身長は平均より多少高い程度。服装は学校指定の黒いズボンと白いカッターシャツ。シャツの袖はまくり上げ、黒い手甲で両手首を覆っている。やはり荷物の入ったリュックサックを背負い、装備は塩津正雄が祝福で作り出した長剣、それに手甲に収納された数本の苦無だった。


「何でそんなの持っているんだよ」


「さすがにトラック転生は想定外だったけど、学校がテロリストに占拠されたりバスが凶悪犯にバスジャックされたりするかしれないとは思っていた」


 漫画の読み過ぎだ、と呆れようとして失敗したような顔となる総司。トラック転生と比較すれば、学校にテロリストやバスジャックの方がよほど現実的な可能性というものだった。

 そして三島総司は匡平の前を歩いている。彼の身長は匡平よりわずかに低いくらいで大差はないが、中身のスペックには桁違いの差があった。眼鏡をかけたその容貌は理知的だが線が細く、やや頼りない。こんな状況でも動揺の見られない匡平と比較すればなおさらだ。服装はやはり、学校指定のズボンとシャツ。装備は何もなく、荷物の入ったリュックサックを背負い、胸の前にも抱え、さらに両手にスポーツバッグを持っている。五人の中で一番大荷物を運んでいるのが総司である。

 主戦力である若葉は先頭に立って敵を警戒。敵と接触した場合は真っ先にこれと戦う役目のため、武器の他の荷物は持たずにフリーにしている。若葉に次ぐ戦力の匡平は最後尾で後方からの奇襲を警戒する。できれば彼もフリーにしたいところだが二人しかいない男手の一方だ、ある程度の荷物を持たないわけにはいかなかった。葵は警戒能力の高さを買われて二番手。場合によっては戦闘に参加するため荷物は最小限。パーティの中で一番戦闘力がなく、一方で呪歌による支援という重要な役割を有する里緒は一番安全な中央に配置。ある程度の荷物は持ってほしいところだが体力的な問題があって、無理なく運べる範囲にとどまっている。結局、戦闘力もなく戦闘中の役目もなく、その上で多少なりとも体力のある男の総司が荷物の大部分を一人で持つ羽目になるのだった。


「これが最善と自分で決めたことだけど……」


 それでも重いものは重いし疲れるものは疲れる。頻繁に休憩を入れるため彼等の迷宮探索は遅々として進まなかった。


「委員長」


「ん、そろそろ休憩か?」


 若葉の呼びかけに総司が安堵したように問う。だがその期待は大きく裏切られた。


「前から足音、かなりたくさん」


 葵と里緒と総司が息を呑む。葵は身を屈めて両掌を床の石材につけ、


「……多分一〇くらい? 前よりは足音が軽いかも」


 総司は周囲を見回した。幅の狭い一本道が何十メートルも続いており、その真ん中。後方は自分達が通ってきた道なので奇襲の可能性はかなり低いが、それでも無警戒というわけにはいかなかった。


「向日は高月と場所を替わって後方を警戒。桂川は『呪歌』の用意を」


「は、はい」


 半ば涙目になって声を震わせながら、それでもバイオリンを構える里緒。


「虎姫、高月。頼む」


「判っている」


「まあ、何とかなるだろ」


 総司の固い声に対し若葉と匡平は悠然と、その一方で闘志をみなぎらせて前線に立った。複数の足音が総司の耳にも届いたのはその直後のことだった。たくさんの足音が重なってその数は判然としない。が、昨日戦ったリザードマンのときと比較すれば確かにそれは軽いものだった。大きな明かりが一つだけ、高い位置で灯っている。


「Gigigigi!」


「Gigigigi!」


 どうやら向こうも総司達に気付いたようで、何か言っている。彼等の動きが止まるがそれもわずかのことで、彼等は雄叫びを上げて猛然と突進してきた。その数はちょうど一〇だが、


「随分と小さいな」


 その顔を見る限りでは彼等は昨日のリザードマンと同種類だが、体格が全然違う。彼等の身長は総司達とそう変わらず、またその装備もかなり貧弱だった。先頭の一匹が魔法のランタンを槍の穂先に掲げている。何匹かが木の盾を持ち、武器は粗末な剣や槍や棍棒。金属鎧を身にしているものは一匹もいない。

 だがそれが油断していい理由になるわけでは、決してなかった。たとえ素手であっても総司を殺すくらいは彼等にとっては容易いことで、彼等は「素手だろうと何だろうと総司達を必ず殺す」という強い意志を雄叫びに込めて突撃してくるのだ。足が震え、逃げ出しそうになるのを堪えるのに、総司は全精神力の九割を費やさなければならなかった。そうこうしているうちに敵はもう目の前だ。今さら逃げるのは遅すぎる。


「桂川!」


 若葉の指示に里緒が「呪歌」の演奏を開始。その地獄のような音響兵器にリザードマンは耳を抑えて苦しんでいる。その中心に若葉が吶喊、瞬く間にその拳が三匹のリザードマンを撃ち倒した。さらにその爪先が敵の臓腑を蹴破り、その肘が敵の首をへし折る。

 若葉の祝福は「身体強化」、その筋力を二倍三倍まで引き上げるものだ。元々異常に高かった身体能力が祝福によって二倍にも三倍にも強化され、さらに彼女はそれに振り回されず、それを十全に使えるだけの天賦の才能に恵まれ、その上戦う技術を十何年も磨き続けてきたのだ。その暴力の旋風はまさに圧倒的で、リザードマンはなす術もなく殺されるか逃げるかしかできないでいる。

 だがそれでも若葉は一人しかおらず、その拳を免れた五匹のリザードマンが総司達へと迫ってくる。それを迎撃するのは匡平だ。


「畜生に堕ちし者よ、六道に還すを慈悲と知るがいい――」


 格好良さげな台詞を格好つけて吐いた匡平は次の瞬間、三匹のリザードマンを斬り捨てていた。速度だけなら若葉を優に上回り、客観的に見ていた総司でも何が起こったのかほとんど判らず、斬られた側のリザードマンはなおさらだっただろう。匡平の祝福は「加速」、行動速度を二倍三倍に引き上げるものである。

 残ったリザードマンは二匹。うち一匹は戻ってきた若葉が殴り殺したが、その間に匡平の横をすり抜けて最後の一匹が総司達の目前へと迫ってくる。残ったメンバーの中で唯一武器を持っている葵は身を震わせながらも意を決し――その姿が消えた。

 目の前から敵の一人が消えたリザードマンが驚いた顔をし、次の瞬間彼は足を斬られて地面にぶっ倒れた。右足の膝から下が千切れかけており、それでも慌てて身を起こそうとしたリザードマンの目の前に突然葵が現れて、


「あああああっっっ!!」


 葵は自棄になったかのような叫び声を上げながら、手にした短剣を力任せに敵の顔面に突き立てる。脳を串刺しにされたリザードマンはそれでもあがくがそれも数瞬のことで、全ての力と生命を喪った彼は床に倒れ、二度と動くことはなかった。

 葵の祝福は「跳躍」、視界の範囲内での短距離テレポートだ。突進するリザードマンの足元に跳躍してその足を斬り、続けてその上に跳躍して馬乗りとなったのだ。このパーティにとって切り札と言うべき強力な祝福だった。


「葵ちゃん、大丈夫ですか?」


「向日、怪我は?」


 里緒と総司の問いに葵は無理に使ったような笑顔を浮かべ、震える手でVサインを示す。


「虎姫、高月」


「怪我はない」


「こっちも大丈夫だ」


 とりあえず敵を一掃し、被害もないことに安堵し、総司は全身の息を吐き出す勢いでため息をついた。


「しかし……すごいな二人とも」


「あんなり怖ろしいモンスターをこんなに簡単に倒すなんて」


 総司と里緒の讃嘆に、若葉はちょっと照れたようにそっぽを向き、匡平は「大した相手じゃなかったからな」と小さく肩をすくめる。


「それに桂川のデバフもあったことだし」


「本当、すごいね里緒ちゃん!」


 葵の満面の笑みに里緒もまたつられて微笑み、


「でもしばらく聞かないうちに死ぬほど下手くそになったね! 将来を考え直した方がいいかも!」


 それが感情を殺した能面のような笑みとなった。


「向日、桂川が『お前の将来を今ここで終わらせる』って顔になっているぞ」


「ええっ!?」


「どんな顔ですか?!」


 総司達がそんな話をしていると、


「あ、またこいつ等だ」


「早速出てきたな」


 石材の隙間から粘性の高い物体がにじむように出てきて、それが勝手に動いている。白く濁った、巨大なアメーバのようなその粘体はリザードマンの死体へとそれぞれ覆いかぶさった。正体不明のその粘体を、総司達は勝手に「スライム」と呼んでいる。


「こいつ等倒したらちょっとでも経験値が入ったりしない?」


「ゲームじゃないんだから」


 葵の提案に里緒が呆れたように言い、


「何があるか判らない。襲ってくるなら戦う必要があるけどそうじゃないんだから手を出さない方がいい」


 総司がたしなめ、葵も本気で言ったわけでなく「はーい」と軽く返答した。

 この迷宮においてこれ等のスライムは敵対的なモンスターではない。彼等は総司達に目もくれずに(目がどこにあるのかはともかく)死体に群がり、溶かして食らっている。


「やっぱりこいつ等はスカベンジャーか」


 この迷宮においてスライムは死体や血や糞尿を処理する、掃除屋の役割を果てしているものと思われた。昨日、クラスメイトの荷物を漁っていた時にもこいつ等は現れ、クラスメイトの死体を見る間に溶かしていったのだ。


「……昨日に比べて時間がかかっている?」


 クラスメイトの死体はあっと言う間に跡形も残らず消し去ったのに、リザードマンの死体処理には随分と時間がかかっている。どのくらい時間がかかるのか、なぜ、どこに差異があるのか、ちゃんと調べたい現象ではあったが、


「……ともかく、また敵が来ないとも限りない。移動しよう」


 それも充分に安全を確保した上での話だった。肉体的にはともかく精神的な消耗は尋常ではなく、早くちゃんと休息をとりたいのだからおさらだ。


「このまま前に進むのか?」


 問われた総司も迷ったが情報が少なすぎて何が正解か判断できず、ある程度は運を天に任せるしかない。


「……前へ。前向きに進んだ方が幸運に恵まれそうな気がする」


「確かに」


 と同意する匡平。今のこの状況そのものが不運の極みだ、という皮肉を思いついても口にはしないだけの分別を、彼は持っていた。

 ポジションを戦闘態勢から探索態勢へ戻し、彼等は再び歩き始める。少し進んだ先がT字路となっており、リザードマンは正面から来た可能性が高いと判断。その角を曲がって先へと進んだ。


「ご、ごめん。この辺で休憩を」


「そうだな」


 場所はただの通路の真ん中で、そこが安全だとする理由は何もない。だが総司は疲労の限界で、里緒や葵もまた同様だった。通路の一角に座り込んで一息つく総司達。まだまだ余力のある若葉が立ったまま周囲を警戒。葵と里緒はおしゃべりする体力も惜しんでひたすら身体を休めているが、一番余力がないのは総司だった。


「……本当に役立たずだな、俺」


 彼は口には出さず、内心で泣き言を言う。若葉と匡平の卓越した戦闘力がなければ誰一人として生き残れないのは疑いない。里緒の呪歌もまた集団戦闘に大きく貢献しているし、葵は積極的に戦うわけではないがその祝福で里緒と総司を守り切った。総司は戦闘中何もできず、それ以外の役割もせいぜい荷物持ちくらい――と彼自身は思っている。

 クラス委員だから、という理由だけでパーティのリーダー役を押し付けられたが何もできない自分にリーダーが相応しいとは思えず、若葉や匡平がリーダーをやった方がよほどいい。でも、これ以上の負担を二人にかけずに済むのなら、名目上でも自分がリーダー役をやった方がまだマシというものだろう。


「でもその形だけのリーダー役すら全うできないならパーティに入れておく理由がなく、追放されるかも……」


 たとえ総司がどんなに役立たずでもこの四人がそんな真似をするとは思えないが、それでも役立たずのお荷物になるのだけは御免だった。戦闘で貢献できないのなら、他のやり方でパーティに寄与するしかない。総司はバッグからノートを取り出して猛然とそれに書き込みを始めた。


「……前回のポイントから七三歩目にT字路、そこを右折。ここに側溝があって水が流れていて、六九歩目に十字路、そこを右折」


 総司はパーティのリーダー役だけでなくマッパーも務めていた。迷宮内を歩きながら周囲の状況を観察、休憩中にノートに手書きでそれをまとめる。こまめに休憩を入れるのはマッピングのためでもあった。

 手書きの地図をじっと見つめていた総司に匡平が「そろそろいいか?」と声をかける。


「もう五分か。よいしょ……っと」


 総司は重い腰を上げ、いくつもの重い荷物を持ち上げ、探索を再開した。それから少し歩いて、


「ああ、虎姫。次の角を右に」


「一周するけど?」


「確認したいことがある」


 そう、と頷く若葉が指示に従い右に曲がり、葵以下がそれに続く。若葉の言う通り、比較的短い距離の間に四回角を曲がったので一周し、その結果袋小路となった一室へと入り込んだ。総司は「ふむ」と周囲を見回し、


「この辺か」


 と壁の一角に目を付け、そこの石材に手を触れて精神を集中させた。彼の祝福は「解析」、手に触れた物体の情報を読み取る能力である。


「この石が外せそうだ。高月、手伝ってくれ」


 匡平が「判った」と頷きその一角に向かう。苦無を使って壁の石材を引っ張り出し、隠されていた宝箱を発見するまでさして時間を必要としなかった。


「ええっと、いいんちょ。何でそんな簡単に隠し場所が判ったの?」


「ここだけ石材の組み方が違っていただろ」


 こともなげにそう言う総司に葵は「ええ……」と呆れたような声だ。

 そして今、彼等の目の前には一個の宝箱がある。大きさはみかん箱を半分にしたくらい。木材の四方を鉄材で囲って補強し、蓋は半筒の形。絵に描いたような、ゲームや漫画でおなじみの形である。


「どったの?」


 総司は面白くなさそうな、苛立ったような表情だ。彼は気持ちを切り替えるように「いや、何でも」と首を横に振った。


「虎姫、頼む。罠の類は多分ない」


「判った」


 匡平が苦無で蓋に隙間を作って若葉がそこに指を入れて、力任せに無理矢理蓋をこじ開ける。中に入っていたのは、簡素な革袋が一つだけだった。


「なんだ。宝石か何か、お宝が入ってるかと思ったのに」


「その中に何か入っているのか?」


「いや、空みたいだけど……」


 総司はその革袋に手を触れて解析し――そのまま石の彫像と化したかのように硬直した。


「いいんちょ?」


「三島君?」


「三島?」


「委員長?」


 四人に何度も呼びかけられ、「ああ、ごめん」とようやく総司は自分を取り戻した。


「どったの?」


「何か判ったのか?」


「ああ、うん。この革袋の使い方だけど……」


 どう説明するべきか迷い、「見てもらった方が早いか」と総司は自分が持っていたリュックサックの一つをその革袋に収納した。「え?」という一同が戸惑う中、総司はさらにスポーツバッグを追加で収納する。もう一つ、さらに一つ。総司が身体の前後、両手に持っていた全ての荷物を収納しても、その革袋はわずかに膨らんだだけである。

 さらに総司は自分のスマートフォンでストップウォッチのアプリを立ち上げ、それを革袋に収納。十秒ほど数えてから革袋に手を突っ込んでそれを取り出し、経過した時間を確認した。


「見ての通り、これは魔法のカバンマジックバッグ。容量はほとんど無制限、その上これに収納されている間は時間が経過しないものと思われる」


「すごいな、魔法!」


「本当に異世界ですね……」


「宝石なんかよりずっとすごいお宝だな」


「ああ、助かる」


 葵達四人がそれぞれの言い方で驚きや喜びを表現する一方で総司はまたもや気難しい顔となっている。


「いいんちょ、どったの?」


「何か気に食わないことが?」


「ああ、うん。気に食わないと言えば全てがそうだけど……」


 総司は少しの時間を経て、


「考えをまとめるからちょっとだけ待ってほしい。そろそろ移動しよう」


 総司達は宝箱のあったその部屋を出て探索を再開。荷物は全て魔法のカバンに収納したので持っているのはそれぞれの武器だけだ。重い荷物から解放された一同は晴れ晴れとした表情だった。


「身体が軽い、こんなの初めて。もう何も怖くない!」


「その台詞は縁起が悪いと思う」


 浮かれる葵に里緒が苦笑する。


「でもこれで歩きながらマッピングができる。助かる」


 総司は武器を持たず、魔法のカバンを背負ってノートとペンを持ち、歩きながらしゃべりながら書き込みを続けていた。魔法のカバンの恩恵は助かるどころの話ではなく、これ一つを手に入れただけで総司の貢献は充分すぎるほどだった。


「委員長、次は」


「このまま真っ直ぐ。行けるところまで直進する」


「判った」


 総司の迷いのない方針に若葉が全幅の信頼を置いて頷く。匡平も、葵も里緒も異議があるはずもない。もっとも彼等のその信頼を、総司がどのくらい理解しているかは心許なかったが。

 総司の祝福は地味な代物かもしれないが、それはこのパーティにとって不可欠なものだった。それ以上に総司の頭脳が、分析力が、絶対になくてはならないものなのだ――この迷宮を突破し、元の世界に帰還するために。

 彼等は暗闇の迷宮を進んでいく。総司が指差す先に出口があるものと信じて。


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