異世界にて、探偵は1人過去に生きる。

すち太郎

第1話 運命られた邂逅。

「ありがとうな!シュン!」


その声と同時に俺の手に報酬の重みが伝わる。


いつからだろうか。


日銭を稼ぐためだけに依頼をこなすようになり、自堕落な生活をおくるようになったのは。



「あぁ。気にするな。また何か困ったら言ってくれ。」



そんな何気ない会話をし、帰路に着き、いつものように惰眠を貪る。それが俺のルーティンだ。


そう言い聞かせる俺の足取りはとても重く、暗かった。



だがこの時の俺はまだ知らない。

明日でそのルーティンも終わりを告げると。



「ったく。アイツは毎日1回依頼をこなしては眠りにつく魔導機かってんだ。」

「まったくだぜ。もうちっと愛想良く出来ねえのか?」


――――――――


「おいおい何だよシュン!湿気た面して!もっと飲みな!」

「そうだぜ。まぁ、シュンが死んだ魚の目をしているのはいつもの事だがな!」


男共の笑い声が広い酒場に響き渡る。


この空気だけはいつまで経っても馴染めない。


というか集団行動というもの自体が苦手と言うべきなのだろうが。



だがここでの仕事が1番効率がいいというのも事実だ。



「ほらほら!注いでやるから-」


「この街に住む探偵とは貴方のことか?」


何者かが遮るように言葉を発すると、先刻まで騒がしかった酒場が嘘のように静まり返った。


その美しい声と容姿、そして内から滲み出る力強い何かに皆が振り返った。



俺1人を除いて。



「あぁ。探偵をやっているつもりはないが、そう呼ばれているな。」


そう俺が返答すると他の奴も会話に混じってきた。


「そ、そうだぜ!解決率は100%ッ!!シュンにかかれば隠れた凶悪犯も一網打尽よ!というか貴女とても美しいですね。良ければ僕と-」

「凶悪犯をゴキブリみたいに言うな。そして見知らぬ女をその顔でいきなり口説こうとするな」


そんなことを話していると酒場が少しずつ喧騒を取り戻していく。


俺のコミュニケーション能力は自己評価よりも高かったのか、などと心の中で軽口を叩くと同時に彼女も自らの話を始めた。


「実は貴方に依頼があって来たのだよ。」

「まぁそうだろうな。それはここで話せることか?それとも-」

「いや、構わないよ。お心遣い感謝する。」



雪のように美しい真っ白な髪を揺らし、深くお辞儀をした。


そして俺は目の前の依頼人から放たれるオーラは貴族のようだと、そう思った。


「そうか?それで依頼というのは一体?」

「そうだね… 簡潔に言えば、私が記憶を取り戻すのに手を貸して頂きたい。」


「記憶…?」

俺の頭に疑問符が幾つも浮かんだのは想像にかたくないだろう。


流石に何でもありの異世界とはいえ、そんな依頼は聞いたことがなかった。


「あぁ…すまない。簡潔に話しすぎたね。私の悪い癖なんだ。」


女はそんなことを言いながらニコリと笑った。


その笑顔は金に取り憑かれた俺にさえ響く、美しいものだった。



「まずは自己紹介からさせて貰おうか。私の名前はリルア。ただのリルアさ。」



その言い方をする奴は貴族かどっかのお偉いさん確定じゃないか、という一抹の考えを俺は振り払った。


「そうか。俺の名前は-」

「シュン…だろう?よろしくね探偵さん。」


酔っ払いに絡まれる俺を遠目から見ていたな、この女。


「いや別に探偵をやっている訳では無いのだが…まぁそれはいいか。で、記憶ってどういうことなんだ?」


なんとか依頼の話に軌道修正したことに俺はホッとした。


なんせ相手は貴族(仮)という大口相手だからな。


ミスはできない。


「実は、私はいわゆる記憶喪失というやつらしくてね。半年より以前の記憶が無いのだよ。つまり私は生後半年のようなものさ。」


依頼人は少し冗談めかした風に話したが、その状況で生きていく為に求められるのは並大抵の苦労では無いだろう。


「記憶…喪失か…。それ以前の記憶を取り戻したいと。それなら俺に任せてくれ。」


女はキョトンとした顔でこちらを見つめていた。


どうやら即決で受けてもらえるとは思わなかったらしい。


俺としては記憶喪失の貴族なんて聞いたことないため、貴族説が消えたことに少し悲しんでいた所だが、別に報酬が貰えればそれでいい。


「そんな間の抜けた顔は貴女には似合いませんよ。」


実際似合っていなかったと思う。


自分に正直をモットーに生きている俺が言うのだから間違いは万に一つもないだろう。


「ち、茶化さないでくれないか。こちらとしてはすぐに承諾されるとは思っていなくてね。事が事だろう?」


そうだろう。

こんな変な依頼を受ける奴なんて恐らくどこにも居ない。


だが俺が即決したのにはもちろん理由があった。



「確かにな。だがそれは多分俺の得意分野さ。何ならこの場で済ませて-」



その続きを俺が言うよりワンテンポ早く…倒れ込むような音と共に低いうめき声が酒場に響いた。


「き、キャーーーーッ!!」

「お、おい…!!ジルクが…!ジルクが急に倒れて…!」

「ジルク…!!おい!死ぬんじゃねえジルク…!!」



全くどうやら俺には事件に巻き込まれる運命がまとわりついているらしい。


同時に、酒場に今までとは明らかに違う雰囲気が広がった。



「ちょっと退いてくれるかな?」



先程まで隣に居たはずのリルアは知らぬ間に人混みの間を縫って現場に辿り着いているようだった。


見た目通りのお節介な性格だなアイツは。


「リルア。何が起こったんだ?」


遅れて現場に辿り着いた俺はそう彼女に問いかけた。


「うん。被害者はジルクさんという方で、唇が爛れているのを見るにどうやら毒を盛られたらしく…もう手遅れだったよ。」

「そう…か。」

また俺の周りで新しい事件が起こったのか。


しかし、被害者のジルクとかいう奴…どこかで見た覚えが…

そう考えていると周りにいたらしき3人が俺の元へ寄ってきた。


「あ、あのぉ。シュンさん…」


今にも泣き崩れそうな声で誰かが俺に語りかけてきた。


「あぁそうか。ジルクさんは君のパーティメンバーだったな、サンドラ。」


そう。こいつは以前、俺に依頼を持ちかけた奴の1人で冒険者のサンドラだ。


なるほど、道理で見覚えがあるわけだ。


「あ、アーラン…なんでだよぉ!!なんでジルクがぁ…!」

「落ち着け…コルト。おい!店主を呼べ!!毒が盛られているならこの料理のはずだ!」


「あー。ちょっといいか?」

俺はあからさまにアーランの言葉に被せるように喋り始めた。


「誰だよ?あんた。」


パーティ仲間が殺されたというのに無神経に声を掛ける俺を警戒しているのか、アーランの殺気の混じった視線が俺に降り注ぐ。


「俺はしがない他称探偵さ。君たちはサンドラやジルクの冒険者仲間だろう?少し検分ってやつをさせて欲しいんだが-」

「ち、近付くんじゃねえ!!お、お前がジルクを殺した犯人じゃないってなぜ言いきれる!」


コルトとかいう奴の意見もごもっともだ。


仕方ない、かくなる上は最終手段に出るとしよう。


「では、こうしよう。君たちは俺の検分を間近で見ていい。もし怪しい行為があればその剣で俺をぶった切ってくれ。」


これこそが秘技。ぶった切りOKの術だ。


「大丈夫ですよ…コルトさん。シュンさんならきっと…」

「で、でもよぉ!!いや…まぁ…サンドラがそう言うなら信じてやるよ…」


無事に話が分かってもらえてよかった。


だが、正直に言えばもう犯人は分かっている。


能力なんて使わずとも感覚的に分かってしまった。


そう。これは単に証拠集めの為と動機を知りたいという好奇心だ。と、自分自身に言い訳をし、




――そして、俺は現場に手をかざす




「なるほど。証拠も揃えられそうだ。犯人もわかった。」


酒場の住民と成り果てた者たちは「またか…」と呆れ、リルアや他のパーティ仲間は何を言っているのか分からないといった風に呆然としていた。


「君はいま、犯人が分かったと言ったのかい?」

「そうだね。分かったともリルア。」


リルアは訝しげな表情で僕を見つめてくる。


さっき飲まされた酒の酔いが醒めつつある俺にとって、殺気の籠った視線よりも刺激が強い。


真に美人な奴というのはどんな表情でも美人で困る。



「しかし、君が今しがた終えたことと言えば手をかざしたくらいで他は-」

「探偵って言うのは日常の中であっても常に探偵で居なければならないのだよ。リルア君。」



そう、これが俺の常套句だ。


何を聞かれても困らない便利な言葉である。


「まったく…君は自分が探偵では無いと…。まぁいいさ。それより君の推理を聞こうじゃないか。」


リルアは呆れた様子で俺の推理を取り立てた。


俺から言わせれば、これは推理というより答えを見ながら書いた問題を答え合わせするような気分だが。


「いいだろう。ただし俺が話終わるまで質問は無しだ。」


そう念押しして、俺は自身の推理について語ることにした。


「まず被害者は冒険者のジルクさんで、毒物による他殺さ。そしてテーブルを見れば分かるが、エールにきのこソテーとパンの3つ。これらのいずれかから毒を摂取したのだろう。ここまではいいか?」


一同は固唾を飲んで、頷いた。


まぁひとりだけ違う意味で固唾を飲んだのかもしれないが。


「そして俺が考えるに毒物はエールに仕込まれていた。それも提供された後に…だ。」


「なぜそう言いきれる-」

「おっと質問は後にしてくれよ?アーラン君。」


アーランは顔をしかめながらも引き下がった。


まったく、ここの連中はすぐに約束したことを破ろうとするから困る。


「これは単純さ。誰かここに魔力計を持っている奴は居ないか?」


魔力計とは魔力を測る際に体温計のように脇に挟んで計測する魔導機のことだ。


「わ、私が持っています…魔法師はいつも持ち歩いているの。はい。」


そう言ってサンドラは震える手で俺に魔力計を渡した。


「でもなんで魔力計なんか使うんですか…?」

「少し本来の使い方とは異なるが、これをエールに入れてみると…」


魔力計は信じられないことに4という数字を計測した。


「な、なんでエールに魔力があるんだ!?そんな事有り得るはず…」


コルトが驚くのも不思議ではない。


人間の中でも魔力を持つものと持たぬものが存在するこの世界においてエールが魔力を持つなど有り得ないことである。


「そして別のエールに入れてみると…」

「魔力計は0を示しています…!」

「とまあ、この事からも分かる通り、犯人は犯行の際に何らかの影響で魔力を残してしまったと言える。」



そう言い終わった瞬間、待ってましたと言わんばかりにアーランは唐突に大声を上げた。



「じゃあ犯人は魔法師のサンドラってことになるじゃねーか!!俺たちは勿論、この酒場内で魔力なんて持ってる奴居ないだろ!」


アーランのその一言を聞くと同時に周囲がどよめき、その場の全員の視線がサンドラに集まる。


「そ、そんな!なんで私がジルクさんを…!」

「俺だって信じたい…だけどよ…魔力持ちなんてそうそう…」

「まぁ落ち着けよ。普通に考えてサンドラは有り得ないだろ。」


アーランの言葉を遮って発した俺の言い分に、恐らく酒場に居る全員が困惑しただろう。


なにせ魔力という決定的とも言える証拠を見せつけた後であったからだ。


「考えても見ろよ。サンドラが犯人ならなぜ俺に頼った?魔力計を提供した?不利になることばかりだ。」

「いや、君をそうやって安心させるための罠かもしれないよ、探偵さん?現に君の犯人リストからは消えかけているじゃないか。」


どうやらリルアは俺の話が推理から脱線しそうになったのを阻止してくれようとしているらしい。


いや、あの顔を見るに単純に俺への嫌がらせがしたいだけかもしれないが。


「通常なら、ね。だけどサンドラは俺の特殊な能力を知っている。そんな奴がこんなこと出来ないというのは言い切れるさ。それについては次の依頼人である君にも後から話すよ。」



リルアは納得がいかないのか少し頬を膨らませながら引っ込んだ。


「じゃあ一体なんで魔力が残ってたんだ…?」


コルトの疑問は当然だ。


しかし、火のないところに煙は立たないというように、これにもちゃんと訳がある。


「そうだな。それは使われたものが毒物というより、ガジル草で作られた魔物避けの農薬だからだよ。もっと言えば、今の現状のようにサンドラが疑われるのも犯人の狙いだったはずだ。」


「魔物避けって言えば、あの魔物が嫌がる魔力が込められてるって言うあれの事か…?それにサンドラが疑われるのも想定内だったって…」

「そうだ。とまぁここまで順序立てて話を進めてきたが、ここからは犯人を明らかにした方が話が早い。」



――そう言って俺はこの事件に早々に終止符を打つこととした。事件は短いほうが皆幸せだ。

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