第2話 元メンヘラの爆発

入学から二週間程たった。


クラスのカーストがある程度決まった。


金髪と行って差し支えないハイトーンの長髪ながかみにアメジストの瞳の美少女、有栖川氷織。


青髪ポニテに碧眼の美少女、潮海雨音。


あとは目つき悪いオラ系茶髪イケメン逆巻修斗と、目つき良い方の爽やかイケメン成瀬燐。


この四人を中心にトップ陽キャグループが形成された。


容姿以外にも勉学、スポーツに優れる四人が一箇所に固まったことで、学校ではそれぞれ、二大美少女、二大美少年として学年を超えた噂が飛び交うようになっていた。


一方、僕に友達はできなかった。


昼休み。


屋上。


一人。


「うぐ……」


静かに涙目で項垂れているのは僕。


高校入学初日に自己紹介でやらかした、三咲月夜とかいうクソ根暗バカ。


そう、それは僕だったのさ。


しばらくはまだ何とかなるかもしれないという希望を胸に、現実逃避で泣くのは我慢できたが、本日、人気のない屋上でそれは決壊した。


「だって、趣味は、ゲームとか、アニメとか言ったら、どうせ……バカにされるし、オタクだと思われるし……つーかなんでよりによって僕がトリなんだよ」


僕のせいで、アニメとかゲームが馬鹿にされんのはもっと嫌だ。


ぼっち飯。


友達いたら……楽しいのかな。


でも、別に良い。


学校では小さいけれど無視はできない様々な日常的苦痛に耐え続ける。


家では、誰にも邪魔されずラノベ読んだり、アニメ見たりして思いっきり楽しむ。


辛いこともあるけれど、楽しい日々は送れてる。


別に普通の毎日だろう。


そのはずだ。


「「んっ、んっ、っぐすん」」


そんなことを考えながら、涙が止まるのを待っていると、僕の泣き声に謎のコーラスが入る。僕にそんなスキルはない。


誰だ、勝手にハモってくんな、などと思い、隣を見ると、


「うぇ……誰?」


思わず疑問の声が漏れた。いつの間に。


最悪だ。誰もいないと思ってたのに人がいたなんて。見られた?無理終わった。いやでもこの子も泣いてるからセーフか?恥ずかしい、僕クソダサいどうしよう。


あまりの困惑に思考が絡まり、自然と泣き止んでいた僕は呆然と、その隣人を見つめた。


長くて綺麗な黒髪に、薄紅の瞳の女子だ。

現実離れした人形のような可憐さに、息が詰まった。


「……」


僕の困惑に気づいた少女がじっと僕を見つめていた。


そして次の瞬間、


「ぐすっ、ごめんね……ごめんね……私が……悪いの」


その瞳の涙をさらに溢れさせ、何故か僕にしがみついて泣き始めた。


「な、なんだ。や、やめて」


なんだこいつ。怖い。


「ん〜〜んっ」


うわやめろ、僕のシャツの袖で鼻かむな。

きったね。


何度やめろと言っても泣き止まないので、諦めた僕は彼女が落ち着くのをしばらく待った。


「あ、あの、それ、それで……き、君は何?」


行動が奇怪すぎて誰というよりもその意図を問う聞き方になってしまう。

すると、申し訳無さそうだったっぽい少女の顔が少しだけ不機嫌になった気がした。


彼女の表情は薄く、泣き止むとそれは随分と無表情に近いものになったので、正直よくわからない。


「自己紹介……聞いてなかったの……?」


「え、い、いや、まぁ、き、聞いてたけど」


「じゃあ……わかる、でしょ?」


そう言われて初日の教室でのことを思い出す。内側の僕は一人会話に没頭していたが、この目はしっかりとその様子を捉えていたらしく、頭を回せば、クラスの印象的だった自己紹介くらいは脳裏で再生できた。


けれど、


「……い、いや、わからない」


長い黒髪に薄紅の瞳の美少女など、うちのクラスにいたとは思えない。こんな印象的な女子忘れるはずはない。


「ぐす」


うわ、またちょっと泣き始めた。しかもなんかちょっとリスカしようとしてね?その定規なんだよ。


「う、うそうそ、お、覚えてるよ。あ、あれだ。有栖川さん」


メンヘラじゃねぇかめんどくさ、などと思いながら、口から適当吹かす。


「そ、そう!ちゃんと見てて……くれた」


やばいミスった。おもわず一番印象的だった美少女の名前を挙げてしまうが、目の前の彼女とは特徴が違いすぎる……って、


「え?は?」


今何て言ったこいつ。うそこけこら。お前と有栖川さんじゃ髪の色も瞳の色も全然違うし、そもそも……いや……あれ。


待てよ。よくよく見れば違いはそれだけ?


胸がおっきめなとことかは同じだな。

いや、真っ先にこれが出てくるのは僕がえっちみたいだから……えーっと、あれだ、ぶかぶかのカーディガンの袖とかも同じやね。


うん、これが印象的で有栖川さんの名前が突発的に出て来た気がする。


あとは、白くて長い手足が伸びて、身長が低めの僕よりちょっと背が高くて……


……あれ?


「あ、有栖川さんと瓜二つ……?」


「ん?だから、私」


「あ、はい……っていやま、待って髪は?目の色もなんか……」


「ウィッグと……カラコン」


「え?あ、いや……そう……か」


信じられなかった事実も、ロジックが分かればすっと頭に入ってくる。そうか、今時アイテムでいくらでも見た目を変化させられるんだ。


なるほど、脳内でそういう補完をすれば、間違いなく見た目は有栖川さんだ。


「な、なるほど。……い、いや、でもなんか性格も全然違う気が……」


「……ん。全部中学から、変えたの。けど、これがほんとの……私」


「中学デビューとは……ま、また珍しい」


「色々変えたら……友達、たくさんできたの。ほんとの私だと……嫌われる……から。重いって」


その話も重いっつの。適当につまらん冗談で濁すか。


「た、体重が?」


実際、一部分は重そうだけど。ま、どうでもいいや。


「私……太るってよくわからない」


スタイルいいもんね。つまらん冗談のつもりだったんだけどね。


「あ、そうですか。あ、あの、じゃあ最後にもう一つだけ。な、なんで泣いてたの?ご、ごめんねって」


「自己紹介の時……つきくん……助けてあげられなかった。助けてあげたかった……けど、どうすればいいか……わからなくて……迷ってたら……終わっちゃってた。ずっと、謝りたかったけど……どう話しかけたら……いいのかも……わからなくて」


つきくんって誰だ。僕か。月夜だから?あとなんで初対面のお前に責任感じられにゃあかんのじゃ。おこがましい奴だ。


「い、いや、完全に僕が暗くて、へ、下手な自己紹介したのが悪いんだし。あ、あんな状況で助けるも何も……」


どうやったって不可能だろう。


「昼休み……いつも教室にいない……から、どこにいるのか探してて……ようやく……見つけた……から」


見つけたって……うわ、じゃあ僕が涙目ですんすんしてたの最初から見られてたのか?見てんじゃねぇよぶっ殺すぞこいつ。


「ごめん……ね。君は……私を……助けて、くれたのに」


だからなんの話だよ。もういいや。


「そ、そう。だ、大丈夫だから、き、気にしなくていいよ。じゃ、じゃあ僕、教室戻るから」


なんかやばい女ってことはわかったが、関わらない方がいいだろうと思い、僕が立ち上がると、すぐさま腕を引かれる。


「待って」


「な、何?」


力つよい。


「好き……なの。付き合って」


それは無表情だが、あまりにも真っ直ぐで純粋な瞳だった。


「……」


滅茶苦茶すぎる。なんなんだほんとに。


「い、いや、僕みたいなさ、最底辺の陰キャじゃ釣り合いが……っていうか、す、好きって意味がわからないし……」


まじでなんだこいつ。怖すぎる。僕に一目惚れとか地球が二等辺三角形でもありえないし、どういうことなんだ。


「だめなの……?ぐすっ……なんで?やだ」


泣きながら、手首に定規を当てる有栖川さん。


おいこら、リスカすんな。どうすんだその跡クラスの奴に見られたら。てか定規で切るタイプかお前。


袖余らせてんのも跡を隠すためか。


「だ、だめというか、しょ、初対面だし、ていうかそれやめた方が」


「いや!付き合ってくれなきゃ、もういい……死ぬ……」


クラス内とは打って変わり、ずっとダウナーな声を出していた有栖川さんは、しゃくり上げるような掠れた声で泣きながら勢いよく立ち上がり、屋上フェンスに向けて手をかけた。


「え!?ちょ、ま、待ちなって。は、はやまったらだめだってば」


「いや……!いや……!ずっと……つきくんのこと考えて……耐えてきたのに……!意味……なくなっちゃった……」


「い、いや……意味わかんないよ……ほ、ほんとにやめなって……な、何か誤解が……」


「もういいの……!欲しい答え……くれないなら、喋らないで!」


メンヘラの死ぬなんてのは、そのほとんどが嘘だ。

自らの不幸に酔った逃避言動、あるいはただのかまってちゃん。


とにかく、こいつのセリフなんてそのテンプレそのものだ。止めなくても彼女が飛ぶ可能性は低い。むしろここで甘言を吐いたり、本気で止めるような真似をすれば相手の思う壺だ。


それなのに……


僕の身体は衝動的に動く。それは善意じゃない。


あぁ、もう。


まじでうぜぇ。


ただの、イライラだ。


下を見下ろすこともなく、衝動のままに、フェンスを越えようとする有栖川。


無言で立ち上がった僕は全力で彼女の元へ歩み寄り、


「ガチでめんどくせぇ!待てコラお前。なんだお前このクソが!クソメンヘラかよ!つーか話聞け!」


彼女を引っ張り、僕の方を向かせ、その胸ぐらを掴んでいた。激しい動きで自分の緩めの眼鏡が外れ、地面に落ちたが、気にしない。


「つ、つきくん?」


「さっきからさりげなくリスカしてんじゃねぇよ。怖いの!!!怖い!!!」


とか言いながら僕も一回リスカしちゃう。

リスカっての定規じゃなくてカッターでやるのが一番かっけんだよ青二才が。


って、やばい、僕何やってんだ。何言ってんだ。


これじゃ昔と……、


「てかお前誰だよ!誰だ!?お前!まじでいきなり意味わかんねんだよ!!」


「わ、私、有栖川氷織だもん……。付き合ってくれなきゃやだ……ずっと、つきくんのこと、忘れなかった!!だめなら……だめなら死ぬしか……ないんだもん!つきくんのことも……殺す!!」


「なんで!意味わかんない!じゃあ僕もお前と付き合わなきゃいけないなら死ぬもん!今すぐ!」


やばい。止まらない。


「ま、待ってよ!し、死んだら、やだ……!」


「僕だって君が死んだらやだもん!あぁもう、わかんない!!あああああ」


「し、死なないから、待って!うわぁぁ」


「うるさいうるさい。君なんかより僕の方が辛いに決まってる!!」


支離滅裂な矛盾だらけの意味のない言い争いがしばらく続いた。


識者は言った。目には目を、歯には歯を。


——メンヘラにはメンヘラを、と。


ついでにもう一つ言った。


——元メンヘラって言ってる奴って、大体今もメンヘラじゃね(笑)

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