第44話 ギャンブル狂の更生



 ティティのことでうやむやになりつつあったシェリアの下僕問題。

 こちらに関しては、シェリアたちが三日間の間ボスに挑まないという条件で、破棄することになった。もともと女の子を下僕にしようだなんて思っていなかったから、棚から牡丹餅の幸運である。


 棚から牡丹餅と言えば、ティティだ。


 彼女はギルドの幽霊隊員、金食い虫になるのではないかと危惧していたけれど、蓋を開けてみれば、戦力期待値がワールド一位であるシェリアを赤子扱いするレベルの強さだという。

 というか、俺自身も赤子扱いされてしまったから、もはや彼女の強さは疑いようのない事実だ。


 ただ、彼女には唯一にして最大の問題が残っている。


「嫌だ嫌だ嫌だ! 私には戦いの楽しさなんてわからない! 私にギャンブルを――パチンコをさせてくれぇっ!」


 シェリアと約束を交わして帰ってもらったあと、ティティに『外に出て魔物と戦え』と命じたところ、彼女は庭に寝転がって駄々をこね始めた。さっきまで見ていたどこか凛々しいティティはどこへいったのだろう……。


「でもさ、優勝すればパチンコ店が元の世界に作れるんだぞ? 目先のモノにとらわれず、先を見据えてだな――」


 俺がそう言いかけると、ティティは目を瞑り首を横に振った。


「いいか蛍、私は戦う前にすでに勝負を終えているんだ。勝つか負けるか、その判定がわかっているのにわざわざ戦う意味がわからない。出る目のわかっているサイコロを振り続けるなど苦行でしかないだろう?」


「……ティティでも負けることがあるんだな」


 意外だった。先程のシェリアの話を聞く限り、戦績に記載されている敗北数は、降参したものだけだと思っていたが。


「負けたことはない。勝てない相手と勝負をしなかっただけだ――といっても、それはレベルの低い幼少期だけだがな」


 なるほど。さすがに異世界のレベル差はセンスでどうこうできるようなものではないか。

 ともかく、彼女が戦える人材であるとわかった以上、この神ノ子遊戯で活躍してもらいたい。それは俺たちパーティメンバーの総意に違いないだろう。


「蛍さん蛍さん、これとかどうですか?」


 窓の桟に腰かけている俺の座高と大して変わらない身長のヤックルが、ポンポンと肩を叩いてスマホを見せてくる。

 彼女が見せてきたのは、どこからか見つけてきたらしいオンラインパチンコのアプリ。

 ほほう……スマホにお金が収納されているから、このまま決済ができるわけか。これならば街の外にこの中毒者を連れ出すことができそうだ。


「ティティ、これはどうなんだ?」


 地べたに寝転がっているギャンブル狂に問いかけると、彼女はやや口をとがらせて不満そうな表情を浮かべた。


「私はパチンコ店のうるさい空間が好きなのだ。耳がおかしくなるほどの大音量のBGMを聞きながらのほうが、脳汁が心地いい。蛍もぜひ一度味わってほしい」


「俺は十七歳なので遠慮します。というか沼に引きずりこもうとするんじゃねぇよ」


 ギャンブルはハマったら抜け出すのが難しいと聞くからな。最初から手を出さないに限る。


「とりあえず、そのアプリを使って配信しながらでもいいからさ、街の外に行くぞ。戦わなくてもパーティにさえ入っていればレベルは上がるから――それで、ボス戦だけは戦ってくれ」


「……報酬の分配は?」


「ティティが参加した戦闘は四人で分割、それ以外は無し」


「っち、ダメか」


「当たり前だろ!?」


 なんでギャンブルをしながら、ギャンブルに使う掛け金を稼ぐために配信をしている奴に魔物の報酬まで渡さなきゃいけないんだ。それこそ破滅するわ。


「まぁでも、今回のボスには初撃破報酬があるから、かなりウマいわよ。たしか次のボスの報酬は百万円だったかしら」


 千春の口からその金額が出た瞬間、ティティはガバっと身体を起こして目を輝かせた。


「そのボスを倒せば、私の分け前は……二十五万円ということで、間違いないな!?」


「えぇそうよ。初撃破報酬はどんどん高くなっていくから、そうなったらあなた、遊び放題ね。ただし、レベルが低ければ足手まといにしかならないでしょうけど」


「やる、やるとも……! だが、先ほど蛍は『アプリを使って配信しながらでもいい』といった事は忘れてないからな! 戦うといっても、ボスだけだ! あとはギャンブルをする! パチンコ店に行くのは、休日だけで我慢する!」


 拳を天に突きあげて「やるぞー!」と気合十分のティティ。

 なんとか外に出るように仕向けられてよかった。ギャンブル中毒者の更生?はなかなか難しい。


「なんだか二十五万円って数字、聞き覚えがあるんですけど……なんでしたっけ?」


 ヤックルがアホ毛を揺らしながら首を傾げる。そういえば、なんか聞き覚えのある数字だな。


「なんで二人とも忘れているのよ……ティティが出す分のギルド設立金でしょう」


「「あー……」」


 ってことは、彼女の手に入るお金、結局ゼロなのか。

 本人は気付いていないようだから、このままそっとしておくことにしよう。



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