第38話 ぼろ負けティティ



 バーサーカーウルフを倒した翌日。


 約束通り我が家にやってきたティティは、またもや玄関前に土下座で登場した。

 昨晩三人で話し合った結果、やはり彼女は入れておこうという話になったのだ。


 メリットやデメリットを色々考えたのだけれど、一番俺たちにとって不味い状況というのは、ギルド資金は貯められているのに、メンバーが見つからずギルド設立ができないという状態だ。


 ティティはギルド資金の四分の一を用意すると言っていたし、そのお金とメンバー、そしてギルドホームに設定できる住居があれば街のギルド組合でいつでもできるようになるらしい。

 というわけで、彼女を家に招き入れて、メンバー加入を認めたのだけど、


「すまない、お金はもう少しだけ待ってほしい。今日中には用意できそうなんだ」


 彼女はリビングのローテーブルの前で、再び土下座を披露した。

 テーブルを挟んで向かいに座る俺たち三人は、真っ赤な髪で覆われた後頭部を見つめる。


「昨日はたしかに負けた。だが、配信の収入で結果的にはプラスだったんだ。この調子でいけば、今日の配信で確実に目標額の二十五万円に届く……!」


 頭を下げたままそう言った彼女は、最後に「この通りだ」と付け足した。

 なんだかこの人の顔より後頭部を見る時間のほうが長い気がするなぁ。


 ちらりと千春とヤックルに目を向けてみると、千春はティティに心底軽蔑したような視線を向けており、ヤックルはティティの耳元で「景品はお菓子でお願いします」などとささやいている。


 ちなみにティティは土下座したまま親指を立てて、ヤックルに『任せろ』とでもいうようなジェスチャーをしていた。変な協定を結ぶんじゃない。


「はぁ……なんだかなぁ」


 色々と物申したいことはあるけれど、ギルド設立のための名義を貸してくれる人がいると思うことにしよう。仲間が増えたのではなく、ただ名前が増えただけと思えば別に悪い事じゃない。


「わかりましたよ……じゃあ俺たちのメンバーに加入を認めますから、今日の夜八時、もしくは明日の朝八時にお金を持ってきてくださいね?」


「承知した。あと、私に敬語は不要だぞ。年齢も近いだろうし、私が君たちに頼んでいる立場だからな」


 ティティは朗らかに笑い、白い歯を光らせて言った。

 この場面だけ見れば面倒見の良さそうでさわやかなお姉さん――という印象なんだけどなぁ。昨日の『脳汁きもちぃいいいいい』の印象がぬぐえない。


「別に気にしなくてもいいですけど……まぁそう言うならありがたく、よろしくティティ」


「よろしくお願いします! あ、私は敬語のほうが楽なのでこのままにしますね」


「……よろしく」


 社交的なヤックルは、すぐにティティと上手くやっていけそうに見える。

 ただ、千春はティティとの距離感を掴みかねている感じだし、もしかしたらちょっと時間が掛かるかもなぁ。まぁキャラ的に、いつかは上手くやれそうな気はしているが。


「では、もうすぐパチンコ屋の入場抽選に備えて精神統一するから、私はこれにて」


 ティティはスッと立ち上がり、俺たちの返事を待たずして速足で玄関に向かって歩いていく。

 すぐにでもパチンコを打ちたいという欲求が透けてみえるんだよなぁ……。

 というか、入場の抽選をするぐらいの人数がパチンコ屋に集まっているのが驚きなんだが。


「……勝ってくださいね!」


 ティティの背に向かって、ヤックルが鼓舞するように声を掛ける。おそらく景品のお菓子が欲しいからだろう。

 すると、


「ふっ、安心しろ。私には勝利の女神がついている」


 こちらに背を向けたまま、ティティは片手を上げて返事をした。向かう先がパチンコ屋じゃなければかっこよかったんだけどなぁ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ティティを見送った俺たちは、その後レベル上げのために冒険に繰り出した。

 得られたものといえば経験値とお金ぐらいのもので、初期よりも成長の実感はわかなかったけれど、おそらくこれから先はもっとこのような単調な日々が多くなるのだと思う。


 クリアまでの二年を使い、親父に勝てるように成長したい。

 そして、鬼才である千春の横に並び立てるような人間になりたい。

 将来のことはまだあまり考えていないけれど、千春が横にいてさえくれたら、俺はどんなことでも頑張れると思うんだ。

 尻に敷かれる未来は見えているけれど、むしろそれがいい!


「で、どういうことかしら……?」


 その日の夜、俺の将来のお嫁さん(願望)はというと、現在玄関前で土下座するティティにブチ切れていた。

 ティティが二十五万円用意してくれたら、少し余裕ができる――そう考えた俺たちは、意を決して洗濯機を購入したのだ。いままではコインランドリーで洗濯を済ませていたけれど、コインランドリーがある場所まで遠いために、多少無理をして購入した。


「一日中あたりが一度もこないなんて……そんなのあり得ないじゃないかっ!」


 

 まぁなんというか、ぼろ負けしたらしい。そして、用意するはずの二十五万円に到達しなかった模様。


「明日……明日必ず持ってくるから!」


 そう言って、逃げるように去っていったティティは、翌日再び土下座で登場した。

 また、大負けしたらしい。


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