第35話 先を越された


 ティティが家に突撃して来た日の翌日、俺たちは三匹目のボス討伐にやってきていた。

 場所は街の南にある広大な森で、ボスの名前はバーサーカーウルフというらしい。

 敵のレベルは9らしいけれど、体感的に今のレベル6の状態でも倒せるだろうと予測している。ただ、そろそろ長期戦がきつくなってきているので、体力の項目にポイントを振るべきかもしれないと思っているところだ。


「ティティのこと、どうする?」


 森を目指して歩きつつ、二人に問う。

 いちおう、返事は二日後にすると約束しているので、今日中には結論を出しておきたいところだ。待たせたところで、どうせギャンブルをしているだけだろうし、罪悪感はあまりないけど。


「入れたらいいんじゃない? 別の人が見つかればクビにすればいいだけだし」


「なんと辛辣な」


「蛍が彼女の代わりに二倍働くというのなら、クビにしなくてもいいわよ」


 やだよ――というか無理だよ。いまでも時間いっぱい魔物討伐に使っているのだから、これ以上はない。

 彼女をメンバーに加えることで発生するデメリットというのは、もしかしたら入っていたかもしれない別の誰かの可能性を潰してしまうということ。その別の誰かさんが浮上しない状態では、デメリットらしいデメリットでもないのだが。


「なんとなくイメージがなぁ……ただ在籍しているだけの幽霊メンバーになりそうだし」


 きっとこれからもティティはギャンブルを続けるのだろう。俺たちが外で魔物を倒している間、彼女はハンドルを回して弾を打ち続けるのだろう。


「ヤックルはどう思う?」


「パチンコ屋の景品って、お菓子とかあるらしいですね! 景品交換の余りで、お菓子を貰えるらしいんです!」


「あ、そう」


 こいつはお菓子に釣られそうだな。お金は稼げているのだから、自分の金で買えばいいのに――いや、今でも十分すぎるぐらい買っているけども。


 あーでもない、こーでもないと話しながら歩くこと三十分――俺たちは目的の森へと到着した。森の木々は広い間隔をあけて育っているし、背も高いので視界はわりと開けている。

 葉の隙間から木漏れ日が降り注いでいるし、森の中に入っていっても陰鬱な雰囲気はなかった。


「――あぁっ!」


 小休憩ということで、木の根元で座って休んでいると、スマホををいじっていたヤックルが大きな声を挙げた。俺と千春のスマホからも、ピコンという電子音が聞こえてくる。


「見てくださいこれ!」


 そう言ってヤックルは、自らが持つスマートフォンの画面を俺と千春に向けた。


【エリアボスのバーサーカーウルフが討伐されました】


「やられたわね」


「やられたなぁ」


 どうやら、先を越されてしまったらしい。初撃破報酬は五十万円ということだったから、こいつを倒せばギルド設立資金が溜まる予定だったのだけど……まぁいいか。

 どうせ俺たちはまだ正式なメンバーすら決まっていないのだし。


 そもそも、この神ノ子遊戯。


 現在俺たちは第一エリアにいるのだけど、全部で十のエリアがあるらしい。

 しおりに買いてある情報によると、先に進むにつれて徐々にレベルを上げるのが大変になっていき、クリアにはおおよそ二年の月日がかかるとのことだった。


 ここ以外の他のワールドの状況がどうなっているのかは現在わからないけど、新たなエリアが開放されたら全ワールドに通知がくるようになっているらしいので、現状そこまで差はついていないと思う。

 正直、そこまで焦っていないというのが本心だった。


「そもそも叶えたい願いだって思い浮かばないぐらいだし、十位以下の報酬も十分凄いからな」


 負けるつもりはないけどさ、トップの『なんでも願いを叶える』という景品にはあまり魅力を感じないんだよな。

 ちなみに十一位から百位の景品は、日本円換算で現金一億円らしい。もしくは、一千万円分の地球の物を持ち帰ることができるとのこと。


 地球人の俺たちは間違いなく前者を選ぶが、この世界で日本のものに魅了された人たちは、後者を選ぶんだろうなぁ。


「焦らせるつもりはないけど、優勝はするわよ」


 千春は俺と違って、上位入賞に貪欲だった。

 彼女は膝に置いた手にグッと力をこめて、立ち上がる。ズボンに付いた汚れを手で払ってから、俺とヤックルに向けて「行くわよ」と声を掛けた。


「やっぱりなにか叶えたい願いがあるのか? 前は適当に誤魔化された気がするけど」


「……私は蛍とは違うのよ」


 千春はいつになく真面目な表情でそう言うと、俺に背を向けて歩き始めた。その後ろをヤックルと二人で首を傾げながら追っていく。

 俺と千春の違い――ねぇ。


「蛍さん、わかります?」


「さぁね」


 パッと思い浮かぶのは、才能の有無。

 彼女は俺の知る限り、スポーツだって勉強だって一を知り十をこなすようなタイプだと思う。そして弓の扱いに関しては、それらよりもさらに抜きんでていた。


 俺はそんな彼女に憧れたし、追いつきたいと思ったし、横に並べるような人になりたいと思った。その過程で、俺は千春に恋をした。

 小学六年生――雪の降る夜に、俺は千春に想いを告げた。だが、結果は惨敗。


『私と蛍じゃ釣り合わないわ』と言われたことを、今でも鮮明に覚えている。

 中学の時点で、親を含め敵なしとなった千春と違い、俺は未だ親父に勝てないままだ。


 だから俺は、親父を倒すことが千春と並び立つ大きな一歩になると思っている。

 その過程で汗にまみれていることや、血反吐をまき散らしていることは、知られてはならない。『鬼才』の彼女と釣り合うためには、それぐらい軽くこなさないといけないのだ。


「わかんねぇな」


 好きな人の気持ちを知りたいという想いだけじゃ、どうにもならないもんだ。



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