第30話 ボス戦



 宝箱の中身は、紫電靴という白と紫のスニーカーで、速さのステータスがプラス25されるという、俺たちの今のレベルには見合っていない効果を持った装備品だった。


 誰が使うのかという話だが、俺も千春も『ヤックルが使うべき』だと声を揃えて即答した。長所は伸ばすべきだと思うし、これは彼女が頑張った成果だからな。

 ――で、


『いやー、良い配信だったな』

『正直ヤックルを侮ってた』

『このパーティ、楽しそうで雰囲気も良いよな』

『さ、飯でも食いますか』


 一段落ついてしまって、コメント欄は終わりモードに入ってしまっている。


「待て待てーい! これは宝箱ゲットするための配信じゃないからな!? ボスを! 倒しに来たの! 配信のタイトルに書いてるだろ!?」


 ついツッコみを入れると、コメント欄では『冗談だよ』とか『ツッコみおつかれ』などというコメントが届く。からかわれていたらしい。


 分かれ道まで戻ってきた俺たちは、残る左の道に入っていく。

 コメントを読んだりしながら魔物を倒して進み、俺たちはノーダメージのままボスがいるエリアまでやってきた。


「この扉の奥にボスがいるんだよな?」


「昨日見た配信の内容も忘れているなんて……蛍、ついにボケたの?」


「覚えてるよ! 確認しただけだろ!?」


「大丈夫です蛍さん! 私は忘れてましたから!」


「お前は忘れたんじゃなくて寝落ちしたんだよ!」


 赤と茶の木材でできた、観音開きの大きな扉の目の前に俺たちはやってきた。

 この扉を開き中に足を踏み入れると、ボスであるスカルアーチャーとの戦闘が開始される。


 昨日のトルテたちの動画を確認した感じ、追尾する矢が厄介そうだったが、近距離戦は苦手そうだった。

 ボスであるスカルアーチャーの体力は多めのようだが、俺は攻撃力に極振りしているし、ステータスが倍化するからそこまで苦戦するとは思っていない。


「準備はいいか?」


「いつでもいいわ」


「私も大丈夫です!」


 俺の言葉に、二人は迷うそぶりもなく即答する。肝が据わっているのか、勝利を信じているのか、はたまた特に何も考えていないのか。


『明日俺たちもボスに行く予定だから勉強させてもらうぜ』

『良い技あったらパクろ』

『ヤックル、怪我には気を付けなさいよ』

『勝ったら自販機でコーラ買ってください』


 配信を見ている参加者(メイテンちゃんらしきコメントもあるが)たちをあまり待たせても申し訳ないし、さっさとメインイベントに突入するとしますか。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「見てください蛍さん! 生まれ変わった私の姿を……!」


 ボスがいる部屋の中央――小高い丘にはボスであるスカルアーチャーがいて、その周囲を新しい装備を身に付けたヤックルが縦横無尽に跳び回っている。

 見る人によっては格好良く映るのかもしれないが、俺の目には室内でデカいスーパーボールが跳ねているようにしか見えない。ボスは非常に鬱陶しそうに弓を振り回していた。


「千春、コメントはどんな感じ? やっぱりボス戦だから盛り上がってるの?」


 ボス部屋に入ってなお、ウィンドウの配信画面に目を向けている千春に問う。


「おおむね『ヤックル凄い』というコメントね。あとは『戦え蛍』ですって」


「えぇ……ヤックルの見せ場を作るためなんだから良いじゃないか」


 現状、ヤックルは一度目の攻撃を与える前の回避でしか出番がないのだから、俺が攻撃を当ててしまえばそれでもうお役御免である。

 戦力期待値0の彼女が皆を見返すためにも、もう少し彼女の雄姿を見てもらいたい。

 ついでにお金がもらえれば最高だ。


「えー、ヤックルが凄いと思った人は、ぜひ投げ銭をお願いいたします」


「それ日本でやったらマズいらしいわよ」


 それはどこかで聞いたことがある。配信者は視聴者に投げ銭を要求してはいけないと。

 でも、


「ここ地球じゃないし」


 つまり関係ないよね。そんな規約、昨日神ノ子遊戯のしおり見ても確認できなかったし。

 しかし俺の企み空しく、視聴者の人たちは『この後次第』とか『ヤックルが可哀想』などというコメントを打つばかりで、一円もお金は投げてくれなかった。無念。


「二人とも何をしてるんですか!? そろそろ疲れてきたんですけど!?」


「あぁごめんごめん。ちょっと作戦を練っていただけだよ」


 適当な嘘を吐くと、彼女は「なるほどっ!」と息切れした声で返事をした。嘘ついてごめんな。

 新生ヤックルも皆に見てもらえたし、そろそろやりますか。


「弱点は首の付け根よ」


「りょ。――焼きつけろ」


 いつもの言葉を呟いたのち、俺は地面を蹴った。ボスとの距離は三十メートルそこらだったが、その距離は一息で無くなった。

 ヤックルに注意を向けているボスの背後で地面を踏み締め、跳ぶ。

 地球ではありえない三メートルという跳躍も、この身体ならば易々とこなすことができた。


「――おらぁあっ!」


 首を刈るように右足を振り抜く。

 敵の首からガキッ――という骨同士がぶつかる痛々しい音が聞こえてきたが、それでもやはりボスというだけはある――スカルアーチャーは倒れなかった。


 残念ながらクリティカルは出なかったようだな。

 即座にこちらを振り向いたスカルアーチャーは、足裏で俺を蹴り飛ばすように右足を伸ばしてくる。

 ――が、その途中で飛来した矢が顔に当たり、視線が俺から千春に移動した。


「よそ見厳禁っ!」


 顔を俺から逸らした隙に、敵の右足踏み台にして跳びあがり、敵の顎に蹴りを一撃。

 ぐらりとスカル―アーチャーがバランスを崩した。


「蛍さん! 私は何をしていたらいいですか!?」


 無駄にピョンピョンとボス部屋の中を跳び回っているヤックルが言う。疲れたとか言っていた割に元気だなおい。ボスはヤックルに見向きもしていないし、本当にただただ跳び回っているだけである。


「ヤックルは実況でもしていたらいいじゃない」


「なるほど!」


 いいのかそれで。

 ちなみに――ヤックルのボス戦実況配信は、割と視聴者たちに好評だった。



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