第25話 ちんちくりん



「よし! 今日はお出かけだ! 千春の好きなものなんでも買っちゃうぞ!」


「わ、私もなにか奢ります!」


 半裸の風呂争いのせいで下がってしまった好感度を取り戻すべく、俺は拳を掲げてやる気を示す。ヤックルも千春を怒らせるとマズいと思っているのか、所持金が少ないにも関わらず奢る宣言をしていた。


 朝食を食べ終え、緑茶を飲んでいた千春はそんな俺たちにジト目を向ける。

 俺はヤックルとともにビクビクしていたのだが、彼女は深くため息を吐いてから「もういいわよ」と口にした。


「他意があったわけではないようだけど、男女が一緒にお風呂に入るのは賛成できないわ。例え相手がこんなちんちくりんであろうと」


「ち、ちん〇んくりん!? いま千春さん、ちんち〇くりんと言いましたか!? ち〇ちんくりんというどこかエッチな言葉はいったいどういう意味なんでしょうか!?」


「黙りなさい」


「すみましぇん」


 たぶんヤックルはちんちくりんという言葉を知らなかったんだろうなぁ……。

 顔を真っ赤にしたヤックルが、弱弱しい声で謝罪していた。ウケる。


「とりあえず、まだ街を全て見ていないのだし、散歩がてら色々歩いてみましょう。二人もそれでいいかしら?」


 拒否するつもりはもちろんないけれど、例えそれが賛成できないものであっても、俺とヤックルに首を横に振ることはできなかっただろうな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 三人で街の商業エリアに行ってみると、予想以上に人が大勢いた。

 そりゃ参加者全員が休みだったら、こんな光景にもなるかぁ。日本の都心レベルの人混みとは言わないけれど、ここ数日間で見てきた状態と比べると雲泥の差だ。


「改めて見ると、本当に色んな店があるんだな」


「ここが異世界ということを忘れそうになるわね」


 本当にそう。

 コンビニや自販機もそうだが、ショッピングモールだったり、家電量販店だったり、二十四時間営業のスーパーだったり、百円均一だったり……本当に神様やりたい放題しているなぁ。


「乗り物は移動に便利そうですよね。自転車は画期的だと思います」


 ヤックルが自転車屋のママチャリコーナーを眺めながら言う。


「お前は足が届かないだろ。買うとしたらあっちじゃないか?」


 キャラクターの絵が籠に描かれた三輪車を提案してみた。これならば彼女の身長でも使えるだろう。


「むむっ! これはなぜ車輪が他の物より多いんですか?」


「あれはできるだけ多くの虫をひき殺すための装置よ」


 そんな物騒な理由で補助輪はついていないよ……ヤックルにはきちんと「転ばないようにするためだからな」と訂正しておいた。

 そんな風に、他愛のない話をしながら街を歩いていると、前方からヤックルのような身長の女の子が歩いてきた。


 一瞬、デスペナルティを受けた人だろうかとも思ったが、よく考えるとデスペナルティの期間は半日なので、この時間に幼児化していることはありえない。それに、その人物はなんだか見覚えのある容姿をしていた。


「あらヤックル。本当に地球人の仲間になったようね、おめでとう」


 クスクスとヤックルを見下ろすように笑いながら、ヤックルと同じ世界から来た――、


「名前なんだったっけ?」


「トルティーヤじゃないかしら?」


 そんなメキシコの料理っぽい名前だったかな?


「トルテよ! トルテ!」


「「あぁ、トルテ」」


 俺と千春は、同時に拳を手の平にポンと落とす。モヤモヤが晴れてスッキリだ。

 ぐぬぬと不満そうに眉間にしわを寄せるトルテは、胸に手を当てて深呼吸を始める。何度か呼吸を繰り返したんち、彼女はビシッとヤックルを指さした。


「あなた、どうせ昔と変わらず魔物を倒せないままなのでしょう? そんなことで、この世界で生きていけると思っているのかしら? ここには百戦錬磨の人々が集っているのよ?」


「そ、それは……」


 トルテの言葉を受けて、口をつぐむヤックル。

 何か言い返したいのだろうけど、魔物を倒せないという事実が彼女に刺さってしまっているのだろう。


「そんなあなたに私から――「トルテ」――っち。なによ、地球人」


 俺はトルテの言葉を遮る形で、名前を呼ぶ。彼女は苛立たしそう舌打ちしてから、こちらを睨んできた。ヤックルと同じく小さいので、全く怖くは感じられないが。


「ヤックルは俺のパーティで活躍しているぞ。例え魔物に攻撃できなくても、できることはゼロじゃない」


 ヤックルを庇うように前に出て、俺はトルテに言った。

 ヤックルはたしかにちょっとポンコツな部分があったり、時々わがままだったり、魔物が倒せなかったりと色々問題はある。


 だが、敵である魔物にさえ優しいような子だし、単純に言動が面白いし、早朝は俺から見てもストイックに見えるほど頑張って走っている。


「そうね、彼女は私たちのパーティに必要な仲間よ」


 千春もそう言ってヤックルの隣に立ち、頭に手をポンと乗せる。

 なんだかんだ言って、千春もヤックルのことを仲間だと認めてくれていたようだ。そのことが、なんだか自分のことのように嬉しく思える。


 ただ、当の本人は千春に性感帯を触られているため、「んんぁっ」となまめかしい声を漏らしているが。



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