第23話 配信について



 ヤックルには勝利のお祝いとして、街でクッキーを買ってあげた。1200円というどこかで聞いたばかりの値段だったが、深く考えないことにした。

 クッキー以外にも、ヤックルの服や布団、その他に必要なものを買いそろえてから、帰宅。今日から彼女もこのアパートの住人だ。


 ちなみにヤックルの寝床は押し入れの中である。これは本人の熱烈な要望によるものだ。

 なんでも、この世界に来て読んだ漫画に影響されたらしい。街でどら焼きを見かけたら買ってきてやろう。


「ヤックル、あまり遅くまで動画を見てはダメよ。子供はもう寝る時間だわ」


「私はこれでも十八歳です! 思春期の乙女にこれぐらいの夜更かしは平気です!」


「あまり夜更かしすると縮むわよ。アホ毛が」


「私のチャームポイントが縮むっ!?」


 人見知りの千春も、相手の見た目とキャラのおかげか、打ち解けるのはかなり速かった。

 ヤックルも自然体のように見えるし、案外相性がいい二人なのかもしれない。


「――で、ヤックルは何の動画を見てるんだ?」


 ちゃぶ台に両肘をついてスマホを眺めるヤックル。俺が隣にくると、彼女は「聞こえるようにしますね」と画面を操作した。あとで聞いたところ、一人で見る場合には直接頭の中に音声を流すことができるらしい。イヤホン要らずだな。


『最強リーチきたぁああああっ! 期待度95%だよ!? これもう勝ちじゃない!?』


 ……ふむ。真っ赤な髪の人が丸いボタンを連打しているな。


「ヤックル、いちおう確認したいんだが、この動画はなんだ?」


 聞いてみると、ヤックルはポカンとした表情で首を傾げる。


「地球出身なのに知らないんですか? これはパチンコ実況配信の動画ですよ」


「なんで世界代表がパチンコ実況してんだよ! 魔物倒して優勝目指すんだろ!?」


 いくらなんでも自由すぎないかこの遊戯。

 この人を代表に選んだ神様、きっと泣いてるよ。


「地球の神様の陰謀かしら。アニメや漫画を広めたのも外に探索に行かせないためかもしれないわね」


「ワールド同士の対決があることを考えると、味方にギャンブル中毒者がいるのは憂鬱だな」


「いまはワールド内のライバルが減ったことを喜んでおきましょう」


『なんで外れるのぉおおおおお!?』


 画面に映る女性が叫んでいた。どうやら外れたらしい。

 その瞬間、映像の横にあるコメント欄が勢いよく動き始めた。



日本に住みたい:これで外れるのかww

魔物はトモダチ:メシウマですなぁ!

めんたいこ:お前ならまだ舞える【1000円】

犬畜生:少ないですが、生活の足しにしてください。あと好きです【10000円】



 どうやら、彼女がパチンコで当たりを逃したことで盛り上がり、投げ銭をする人が多数いるようだ。

 というか、以前ダックスがギャンブル実況者への投げ銭でお金を溶かしたとか言ってなかったか? たしか『ティティ』っていう名前の配信者だったと記憶しているが。


「なぁヤックル。この配信者の名前ってわかるか?」


「ティティさんですよ」


「この1万円投げてる犬畜生ってダックスだろ!?」


 大金投げてるじゃねぇか! そしてこんなところで告白すんな犬畜生が!

 ちなみにこのティティという配信者。

 ギャンブルで負ける確率がかなり高いらしく、一部では『メシウマ系配信者』という不名誉な呼ばれ方をしているらしい。


 しかし、なんで負け続けているのにギャンブルができるんだろうな?


「投げ銭もあると思うけど、一人に視聴されるだけでも十円は貰えるらしいし、配信はわりとコストパフォーマンスがいいかもしれないわね」


 俺の心の疑問に答えるように、千春がしおりをめくりながら言う。

 しかし一人視聴あたりに十円ってのは凄いな。日本というか……地球では考えられない金額だ。


 しかし、配信かぁ。

 地球でもたしかに配信業は盛んだったようだけど、あまり見たことがないし、自分にはあんなふうに上手く喋ることなどできそうもない。


「配信ですか!? それって私も喋っていいんですか!?」


 腕組みをして悩んでいると、嬉々とした表情でヤックルが聞いてくる。


「そりゃ喋っていいけど、ヤックルはできそうか?」


「任せてください! ネットで配信とか地球のリポーターを見たことがありますので!」


 リポーターはちょっと違う気がするけど……まぁヤックルが乗り気なのでそっとしておこう。

 彼女がひとりで喋ってくれていたら、俺が喋る必要もないのだし。

 千春もテレビに出たことはあったけど、配信じゃどうなるかわからないしな。


「よし、ヤックル! お前を我がパーティの回避タンク兼リポーターに任命する!」


「やったぁーっ! 合点承知っ!」


 ヤックルは快く引き受けてくれた。

 ちゃぶ台の陰で、千春が俺にだけ見えるようにグッドのサインを送ってきているから、きっと千春的にもこれで良かったのだろう。


 たとえこの配信が上手くいかなかったとしても、せいぜいお金が稼げなかったということにしかならないだろうし、デメリットはあまりないと思う。

 俺は得た情報を独占しようとも今のところ考えていないし、少額でもお金が入るのならやらないだけ損だろう。


 この時は、まさかあんなことになるなんて思いもしなかったなぁ。



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