第12話 現場にて




 慌てて配信を開いてみると、男六人を斜め後ろから俯瞰して見ているような映像が流れ始めた。


 どうやら、まだ戦闘は開始していないらしく、六人は和気藹々としながら平原を歩いている。三人がオタマと鍋のフタを持っていて、残りの三人はフライパンを持っていた。


「装備がシュールすぎる……」


 神様、ふざけすぎじゃない?


 攻撃力が加算されるのだから武器にはなるだろうけど、もっとファンタジーっぽい西洋剣とか用意したほうが良かったんじゃない?


 もしかしたらオタマとかに日本らしさがあるのかもしれないけど、各世界の最強が鍋のフタやオタマって……それでいいのか?


「お待たせ。何を見てるの?」


 千春は購入した弓と矢をメニューのアイテム欄に収納しつつ、俺に声を掛けてくる。


「おかえり――ってそう! これ! これ見てくれよ! ボスに挑んでいる奴らがいるんだよ! このままだと初撃破報酬が獲られちゃうぞ!」


 俺がそう言うと、千春は表示された画面を見るために俺に身を寄せてくる。


 おかしいな。うちの風呂場にはまだ石鹸しかなかったはずなのに、なんでこんなにいい匂いがするんだろうか。頭から非合法的な物質でも放出しているのだろうか。


「ふーん……まだ挑んではないのね」


「ですね」


「? なんで敬語なのよ気持ち悪い」


「辛辣すぎない!? というか大丈夫かこれ? 俺たちの作戦失敗か?」


 俺たちの今日の目標は、ボスを誰よりも早く倒して初撃破報酬を得ることだ。

 彼らがボスを倒してしまったら、当然だがその報酬は受け取れない。


「まだ彼らが倒せるとは限らないし、今回倒すのは徘徊型のボスだから、見つけてくれたら探す手間が省けていいわね」


「ポジティブだなぁ」


「蛍ほどじゃないわよ」


 そうかなぁ。ふむ……そうかもなぁ。

 まぁそれはさておき。


「どうする? とりあえず現地に行ってみる?」


「そうしましょうか。ボスがいなくても、少し弓の調子をたしかめたいし」


 そんなわけで、俺たちはライブ配信を見つつ配信主たちがいるであろう場所に向かってみることにした。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 街の外に出て、映像を頼りに彼らの場所を探そうとしたのだけど、門を出た段階で遠目に大きな半透明のドームと人が集まっているのが見えた。


 ライブ配信では、身長五メートルは超えているであろう鬼――ビッグゴブリンという安直なネーミングのボスとの戦闘が開始されている。


 用水路に繁殖している苔のような色の身体に、ところどころ黒いまだら模様が浮かんでいる。


 血管の浮かぶ、はちきれんばかりの筋肉と、血走った赤黒い眼球――うーん、昨日見た身長百二十センチぐらいのゴブリンと似たような感じだけど、筋肉量とサイズが段違いだな。


「あの人だかりかな?」


「でしょうね。この人たちは負けそうだし、他にだれも挑みそうになかったら私たちが行くわよ」


 悪い笑みを浮かべながら、千春が言う。

 スマホのライブ映像で見るボスと参加者の戦いを見てから、千春はご機嫌だ。


 かくいう俺も、これなら初撃破報酬は貰えそうだな――というのが正直な感想である。次に他の人がボスと戦う前に俺たちがやりたいな。


「さすがは各世界の代表者――って言いたいところだけど、このレベルなら結構日本にもいるんじゃない?」


 戦いに慣れているようだけれど、親父みたいなキレがない。

 みんな元の力が無くなっているみたいだし、もしかしたらその影響かなぁ? 開催までに一ヶ月も猶予があったようだから、なんとかなりそうな気もするが。 


「さぁ? 私は蛍と蛍のお父さんぐらいしか知らないわ」


「やっぱり俺ってそこそこ強い?」


 そう聞いたところ、鼻で笑われた。

 すみません調子に乗りました……これからも精進いたします。


「蛍、その辺の人から話を聞いてきてくれる?」


 人だかりと距離が近づいてきたところで、千春が俺の服の裾を引っ張って聞いてくる。「はいよ」と承諾して、俺は五十人ぐらいはいそうな人混みに目を向けた。


 ちょうど目が合った男性がいたので、俺はその人のもとにスタスタと歩いていく。千春は俺の服をつまんだまま、真後ろにピタリとくっつくような形でついてきた。


 普段は強気な彼女も、こういうときはしおらしい。

 彼女はわりと人見知りだから、こういう時は頼られるんだよな。とても嬉しい。


「こんにちは。状況、どんな感じですか? ライブで見る限り劣勢みたいですけど」


 声を掛けると、その男性はギョッとした顔でのけ反り、その後に引きつった笑みで話し始める。やはりこの髪色で、地球人だってわかるんだろう。


「お、おう。まぁみんな予想はしていたけど、負けるだろうな。まだ敵のHPは三分の一も削れていないのに、こっちはもう半数がリタイアだ」


 その男性は最初こそ変な反応をしたものの、返答自体は穏やかなものだった。

 男性が親指で差す場所を見てみると、半透明のドームの外側には五歳児ぐらいの男の子が三人いた。「いけー!」とか「がんばぇっ!」なんて叫んでいる。


 負けたらああなってしまうのか……。千春の幼児化が実に楽しみである。

 ロリコンじゃないですよ? あくまで千春だから価値があるのです。


 内部で戦闘を繰り広げる三人を見ながら、さらに質問をさせてもらう。


「あのドームの外側に書いてある『2』ってどういう意味ですか?」


 俺が指差す先には、半透明のドームに張り付けたように大きな数字が描かれている。


「あれはあと二人までなら参戦可能って意味だな。普通は四人までだけど、ボスは八人まで入れるらしいぞ」


 はー、なるほど。

 それにしては誰も入る雰囲気はなさそうだ。報酬を独り占めしようとしたら、そりゃここに割って入りたくはないか。


 腕組みをして、戦闘を眺める。

 ビッグゴブリンの振り回す丸太によってまた一人のHPバーが砕け散る。これでドームの外の子供が四人になり、内側は残り二人となった。


「誰か二人参戦してくれよ! このままだとガキになっちまう! みんなそんなに俺の幼児化した姿が見たいのか!?」


 敵の振るう丸太を鍋のフタではじきつつ、犬耳の男が険しい顔つきで叫ぶ。

 しかし、周りの観戦者の反応はというと、


「「「ダックスの~」」」


「「「幼児化するとこ見てみたいーっ!」」」


 どうやら犬耳の男性はダックスという名前らしい。


 観客たちは缶ビール片手に、手拍子しながら楽しんでいた。

 デスペナルティが半日の幼児化じゃこうなっても不思議じゃないかぁ。フィールド上で暢気すぎる気もするけれど。


 ボスはともかく、他の魔物には後れをとらないと思っているからこその余裕なんだろうな。

 そんなことを思っていると、俺の背中に張り付いていた千春が、裾をくいくいと引っ張ってから耳元に顔を寄せてくる。


 コソコソとした声で、千春が俺に一つの頼みごとをしてくる。

 ちょっと乱暴な要求だとは思うけど、ウィンウィンだし良いでしょう。


「ボス戦で得られる報酬を全部よこすのなら、参戦しますよーっ!」


 俺は千春が要求したとおりの言葉を、観客たちの視線を浴びながら叫んだ。




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