第9話 ご飯にする? お風呂にする? それとも私?




 攻撃に疲れたらしいスライムを何度か蹴り飛ばして倒すと、覆っていたドームが消えて目の前にウィンドウが出現した。


 そこには取得経験値の他、取得金額というものが記載されていた。

 ちなみに報酬は100円。メイテンちゃんに奢った分すら回収できていない。


「ん?」


 ドームが消えた瞬間、周りの気配が鮮明になった。


 そこで、少し離れたところからこちらを窺っている人が数名いることに気付く。

 目が合うと、彼らは俺に声を掛けるでもなく、パチパチとまばらな拍手してから去っていった。


「――ははは、地球人はスライム倒せるだけですごいってか?」


 素人ならともかく、さすがにこのレベルには負けないだろ。


 スキルやステータスのおかげで強くなっているし、いまなら親父でもボコボコにできる気が――しなくもない。

 というか、いつも負けるつもりで挑んではいないけども。


「……魔物は思ったよりも簡単に倒せそうだし、適当に倒して回って家に帰るとするか。早く千春の顔が見たいぜ」


 すさんだ俺の心を癒してくれるのは、千春しかいない。

 同棲状態なんだし、おかえりのキスを期待しちゃってもいいだろうか?



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「おかえりのキス? 鏡で自分とキスすればいいじゃない」


 帰宅早々、ピンク色のパジャマを着た千春からひどい言葉を頂いた。

 自分でも願望がにじみ出た要求だと反省。セクハラの罰として甘んじて受け入れよう。


 お風呂場にある小さな鏡に口づけをしてから部屋に戻ると、千春が片手を腰に当てて立っていた。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも私?」


「千春で」


 そりゃもう即答ですよね。一瞬の迷いもなく口が動いちゃった。


 俺のハキハキとした返答に対し、千春はクスリと笑い、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で「蛍ならきっと、そういうと思っていたわ」と言った。


 え? マジでいいの? そんな急展開やっちゃっていいんですか? 大人の階段、昇っちゃっていいんですか?


「丁重にお断りします」


「じゃあなんで聞いたんだよ!」


 期待しちゃったじゃないか! この魔性の女め! だがそれがいい! 大好き!


「で、どうする? 私はもう見ての通りお風呂は済ませちゃったけど」


「なんでだよ! 同棲してるんだから風呂は一緒に入るもんだろ! 一般常識だぞ!」


「どこの世界の一般常識なのかはしらないけれど、嫌よ」


 しくしく。


 朝からなにも食わずに外で働いてきた亭主に対してあんまりじゃないか。

 それにしても亭主って響きはなんかいいな。積極的に使っていきたい。


「ご飯の支度を済ませておくから、汗を流していらっしゃい」


「ありがとな。亭主はお風呂に入るとするよ」


「ゆっくり沈んでいらっしゃい」


「普通『ゆっくり浸かって』とかだよね!? 遠回しに『溺れろ』って言ってる!?」


 まぁ将来のお嫁さんの手作り料理が食べられるというのなら、その他もろもろには目を瞑ろうじゃないか。

 オムライスにケチャップで『ホタル大好き』とか書いてくれるかもしれないしな。


 俺はウキウキで制服の上下をハンガーにかけて、パンツ一枚とシャツの状態になった。そこで、千春がこちらにジッと見ていることに気付く。


「……千春のえっち」


「違うわよカス。蛍のことだから平気だと思うけど、怪我とかはしてないの? 魔物と戦って来たんでしょう?」


 罵られてから心配された。


 口では色々言っているけど、なんだかんだ俺のことを考えてくれているから、十年以上もの間、ずっと好きなままなんだよなぁ。怪我の手当てとか、よくやってくれるし。


「無傷だよ。その辺りのことも、風呂から出たら色々話させてくれ」


「はいはい。私もしおりを見てわかったことがあるから、その辺りも話しましょう。時間はいっぱいあるわ」


 新婚みたいで、本当に幸せです。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 風呂から上がり、夕食を二人でつつきながらお互いに得た情報を話し合った。


 俺は魔物の情報や、何匹目かのスライムがドロップした回復薬、お金のことなどを話し、千春はこの世界のことやギルドのこと、他にも細々した情報を教えてくれた。


 ちなみに、千春が俺の分の寝間着もジー〇ーで買って来てくれていたようで、風呂を上がってからはその水色のパジャマを着ている。

 なんでジー〇ーがあるんだよ。


「いつまでしょぼくれてるのよ」


 鼻からため息を吐いて、千春が言う。


 だって、千春の手作り料理が食べられると風呂に入りながらウキウキしていたのに、いざ風呂から出てみると、『半額』のシールが貼られた弁当がちゃぶ台に用意されてあったのだ。


 弁当を買ってきてくれたことは素直にありがたいし、半額とかは『いいお嫁さんになりそうだな』ぐらいしか思わない。

 だけど、『ご飯の支度』と言われたら期待しちゃうじゃないですか。


「このアパート、冷蔵庫はおろか、キッチンすらないんだから仕方ないでしょう?」


「ん? 言われてみればないな」


 今更だが、本当に必要最低限のものしか置いてないんだな、このぼろアパート。


 千春からの情報によると、このアパートの家賃は三万円らしく、一ヶ月後にはこの家賃を支払わないと退去させられてしまうらしい。


 風呂もトイレもあるから別に不便ではないけど、冷蔵庫ぐらいは買っておきたいところだ。あとは電子レンジとか。街には家電量販店もあったし、たぶん売っているだろう。


 洗濯は、しばらく街で見かけたコインランドリーで済ませるしかないか。


「色々揃えたいところではあるけれど、それは今後の稼ぎ次第ね。私たちを甘くみたやつらにほえ面かかせたいし――さっき話したとおり、ギルドの設立が当面の目標よ」


 なんでも、ギルドに加入していると、取得経験値がわずかながら増えるらしいのだ。

 これはこの【神ノ子遊戯】で勝つための必須条件とみていいだろう。


 そして、戦力期待値0の俺たちを迎え入れてくれるような人はいないだろうし、情けをかけられるような形で加入はしたくない。


 千春は手の平返しされることを想定しているらしく、そんな奴らとは組みたくないとのこと。


 というわけで、自分たちでギルドを設立しようという流れになった。

 ギルド設立に必要な条件は三つ。


 一つ目、ギルドホームに設定できる居住地があること。

 二つ目、設立費用である百万円を用意すること。

 三つめ、メンバーが四人以上いること。


 ギルドホームはこのアパートでもいいらしいけど、残りの二つがなかなか大変そうだ。




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