第7話 推し活する異世界人



 俺たちが住んでいるこのアパートは、円形になっている街の外周部に位置している。


 俺は街の中心に向かいながらスマホの画面を表示させて、先ほど見そびれた部分に目を向けていた。画面の右上に、『所持金:100000円』の表示があるのだ。


「十万か……このお金は何に使うべきなんだ? たぶん魔物を倒したらお金がもらえるんだろうけど、どれだけ稼げるかもわからないし、どうやってお金になるのかもわからん」


 つまりは何もわかってないということだ。はっはっはっ!


「そもそもあのアパートにタダで住み続けられるのかもわからないし、食費や服にだってお金はいるだろうし」


 安易にお金は使えないなぁ。

 一般論で言えばなんとかソードみたいな物を買ったほうがいいのかもしれないけど、徒手格闘は得意なジャンルだから、別に無くても平気だと思う。


 スマホのアイコンの中に、布袋のマークの『アイテム』というものがあった。そこを押してみると、中はからっぽ。 


「これ、アイテムの一つになってくれないかな」


 脇に抱えていたしおりを手に持ってから、つぶやく。

 戦闘になると邪魔だし、入ってくれるとありがたいのだけど。


「通りすがりのメイテンちゃんです。その画面の右上にあるボタンをタッチすると、アイテムボックスの入り口が表示されますよ。中は時間停止機能付きですから、あったかいお茶を持ち運ぶこともできます」


「……大変ありがたい知識だけど、メイテンちゃん、気配なかったよな?」


 人の気配に気づかなかったことはないから、彼女はなにか魔法みたいなものを使っているはず。


 メイテンちゃんにジト目を向けつつ、俺は言われた通り、ボタンとタッチして現れた渦巻きのような画面に本をねじ込む。すると、アイテム一覧に【神ノ子遊戯のしおり】という文字が表示された。


「メイド天使ですから。気配を消すなんてお茶の子さいさいです」


 メイドは関係ないと思う。そして発言が日本臭い。


「ところで、あそこに自販機が見えますね。私は喉が渇きました」


「さっき俺たちのアパートで『コー〇とポ〇チでストレス発散』とか言ってなかったか?」


「家にポ〇チしか無かったので、買いに来ました」


「じゃあ買えばいいんじゃない?」


「お金がもったいないので、無知な地球人から情報量としてせびる予定です」


 もうせびってるよ。もはや予定じゃなくて宣言だよそれは。

 まぁ飲み物代ぐらい別にいいか。極端に高いってわけじゃないだろうし、見た目は中学生ぐらいだから、なんだか断るのも忍びない。


「はいはい、いくら?」


「百円です」


「それでいいのか……これ、お金ってどうやって取り出すんだ?」


「アイコンのお金のマークをタッチして、支払いボタンを押してください。その状態で自販機の出っ張った部分に近づけると支払いができます。ちなみに、この情報料は八十円です」


「ペットボトルのジュースが欲しいなら最初からそう言えよ」


 そんなわけで、俺は商業地区にたどり着くよりも前に、お金を消費してしまったのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 街の中心には二層に行くための転移陣があり、それを囲むように様々なお店が立ち並んでいる。

 まさか異世界に来てイオ〇モールを見るとは思わなかったよ。


 大型商業施設はいったんスルーするとして、小売店が立ち並ぶ地域にやってきた。


「人は少ないな。店員はメイテンちゃんの仲間がやっている感じか?」


 道路沿いにある喫茶店の窓ガラスから、頭に輪っかの浮かべた中学生ぐらいの人がレジの後ろに立っているのが見える。めちゃくちゃ暇そうにスマホをいじっていた。


 街の風景を観察しつつ、剣と盾の看板が掲げてあるお店を発見したので、おそるおそる入ってみる。

 中にはだるそうにカウンターに肘を突いているメイド天使がおり、他にはモップ掛けをしている犬耳の男が一名。


 というか、ここって武器屋だよな? なんでオタマとかフライパンとか展示してあるんだろう。鍋のフタとかもあるし……もしかしてここはキッチン用品を売ってる店なのか?


「ぃらっしゃいませぇっお客さ――おぉ! 地球人! 地球人だ! 兄ちゃん地球人だろ!?」


 こちらに気付いた犬耳の男性が、モップ掛けを中断してこちらに歩みより、満面の笑みを浮かべて背中をバシバシと叩いてくる。


 あれ? なんかやけにフレンドリーだなこの人。てっきり俺はみんなから避けられてると思ったんだが。


「あぁ、はい。地球人ですけど、なんでモップ掛けしてるんですか? 天使の人たちだけが働いていると思ってたんですが」


 もしかしたらこの人は運営サイドの人なのかなぁと思いつつ聞いてみる。


「かたっくるしい言葉は抜きにしようぜブラザーっ! あ、でもパーティとかギルドは組めないぜ。俺たちはもうメンバー固めてるからよ」


 パーティはなんとなくわかるけど、ギルドってなんだ?

 その辺り、あとで家に帰ったら千春に聞いてみることにしよう。


「じゃあお言葉に甘えて――わかったよ。で、なんであんたは掃除してるんだ? てっきりみんな、我先にと外に飛び出すもんだと思っていたんだがな」


 同じ街で暮らしているとはいえ、上位争いをするのであればほとんどの人間がライバルのはず。バイトなんてしてる暇はないだろうに。


「あー……それがな、ちょっとヘマしちまってよ。これは食費が払えずのたれ死にそうになった罰則だな」


 ほう、やはり食費は必要になるのか。

 自販機やスーパーがある時点で察してはいたけども。配給制とかではないらしい。


「食費も払えないって――いったい何に使ったんだよ。高い武器でも買ったのか?」


 問いかけると、その犬耳獣人は「へへっ」と小さく笑ってから、鼻の下を人差し指でこする。


「ティティっていうギャンブル実況者がいてよ。面白いし可愛いんだよこいつが」


 詳しく聞いてみたところ、配信者への投げ銭で全てお金を溶かしたらしい。

 こいつを代表に選んだ神様、今頃泣いているんじゃないだろうか。


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