第2話 蛍は着替えを覗きたい




 状況のわかっていない俺と千春は、メイテンちゃんからそれぞれ一冊の本を渡された。


 表紙には、『神ノ子遊戯のしおり』という文字が、ポップでカラフルに描かれている。


 拒否権なく拉致されたようだけど、なんだか楽し気な雰囲気だな。そしてしおりにしては分厚すぎる。辞書ぐらいあるんじゃないかこれ?


「リタイアしたければいつでもどうぞ。すぐに元の世界へお戻しいたします。この世界と別世界の時間軸は異なりますので、いつ帰還しても元の時間に戻ることができますよ」


 メイテンちゃんは缶コー〇片手にニヤニヤと、まるで俺たちがリタイアすることを望んでいるかのように言う。


 なんだかデスゲームみたいなものを想像していたが、すごく緩い感じのようだ。


「自由に帰れるんだったら、まぁ」


 とりあえず、渡された本の表紙をめくってみる。


「……文字がいっぱいだ」


 目次ですでに拒否反応が出てきた。

 文字ばかりを読んでいると眠たくならない? 俺はなる。可愛いイラストもところどころにあるけれど、文字の割合のほうが大きい。


 ここは俺と違って頭脳明晰、成績優秀な千春に読んでもらい、俺は概要を教えてもらうことにしよう。


 役割分担って大事だよな。俺が何の役割を担うのかは知らないけど。


「なぁ千春、俺からとても素晴らしい提案が――って寝てるぅ!?」


 俺よりも先に寝ていた。なんでやねん!


 そりゃまだ午前三時過ぎだし、慣れてない人なら睡魔に負けてしまうのも理解できるけど、この状況で眠られるのは凄いと思う。


 俺たち、見知らぬ場所に誘拐されてるんだよ? なんで平気なの君は。


「しょうがない……俺が代わりに読んでおくか。千春が起きた時に『しおり? あぁ、それなら俺がもう全部頭に入れておいたぜ』なんて言えば、きっと千春も俺のことを好きになるに違いない」


 うん、そんな未来が見える。胸を揉んだことも許してもらえる気がする。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



『神ノ子遊戯へ参加者の皆さま、三十分後より開会式を行います。第一公園へお集まりください』


 外から聞こえてくる、バカでかい音量の放送で俺は目を覚ました。

 あれ? 俺っていつ寝たの? 目次しか見た記憶がないんだけど?


「……ちょっと蛍、外行って騒音の主をしばいてきて」


「しばかないよ! 俺ってそんなに乱暴者キャラじゃないだろ!?」


 どちらかというと毎日親父にボコボコにされてるしばかれキャラだよ!


 しかし……結局なにもわからないまま日が昇ってしまったな。

 メイテンちゃんも俺たちの可愛い寝顔を眺めている気分ではなかったのか、部屋の中にはいなさそうだし。というか、第一公園と言われても場所がわからんぞ。


 カーテンを開けて外を見てみると、三メートルほどの高い石塀があり、その向こうには草原が広がっていた。どうやら、俺たちのいる場所は建物の二階らしい。


「この景色だけ見ると日本じゃないっぽいよな……だけど和室だし、敷布団だし、そもそも公園って異世界にもあるのか?」


 周囲を見渡しながら口にする。

 立ち上がって押し入れらしきところを開けてみると、服が二着だけ掛けられていた。


 見慣れた高校の制服が男用と女用で一着ずつ。

 他に服がありそうな場所はないんだけど、え? これを着ろと? 今俺たちは絶賛夏休みの最中なんですが。


「制服しかないのね。まぁ慣れているという意味ではいいのかしら」


「さすが千春、飲み込み早いな」


 ふわぁと隠すそぶりも見せず大きなあくびをした千春は、制服に手を伸ばそうとして、こちらに目を向ける。


「よくわからないけど、集まらないといけないんでしょ? 着替えたいから、部屋の外に出てもらえるかしら?」


「あ、あぁ。そうだな」


 ふむ……着替えたいから部屋の外に――か。


 どうやらこの部屋はワンルームのようで、今いる場所と隔てられているところと言えば、廊下の途中にある-トイレ、そしておそらくお風呂。あとは押し入れの中ぐらいか。


 特に意味はないけど、着替えが覗ける可能性のある場所としては、押し入れが第一候補だな。


「外の空気でも吸って来たらいいじゃない」


「いや、俺は押し入れの気分だ」


 男ならば、誰だってそうするよね?


「別に好きなところに行けばいいと思うけど、もし覗いたら目玉ほじって叩きつぶすわよ?」


 なんだかよくない空気だな。

 外の空気を吸ってきたほうがいいかもしれない。


 そんなわけで、俺はジャージにローファーというよくわからない装いで、ギイと嫌な音を立てて軋む扉を開けた。

 あとは扉に耳をあてて、衣擦れの音を存分に楽しむことに――おぉ。


「…………日本じゃん」


 視界に入ってきたのは、アスファルトで舗装された道路、そして立ち並ぶ一軒家。


 海外のように一軒一軒の間はかなり広い間隔があいていて、庭も広い。だが、建築物自体は日本で見慣れたものだった。


 しかし、見慣れぬ者もいた。


 ふさふさの犬耳をはやした、金髪の筋骨隆々の男。

 その男は車道の中央を自転車で爆走していた。チリンチリンと無駄にベルを鳴らしながら。


「理解が追い付かん」


 頭を抱えた。


 神ノ子遊戯――メイテンちゃんは魔物を倒せとかそんなことを言っていたけど、舞台は日本なのか? 何をどうすれば勝ちかもわからないし、犬耳の獣人とか、色々とわからないことが多すぎる。


 一から十まで説明しろとは言わないけど、半分ぐらいは説明してほしいもんだ。


 ただまぁ、千春はなんだか乗り気のようだし、なぜか同じ部屋に詰め込まれているし、悪い事ばかりってわけでもないか。


 ちなみに、衣擦れの音は自転車のベルのせいで聞こえなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る