第24話/負けヒロインと僕が再び例の部屋に入った時



 側にいてくっついているのに、決して顔を見せないし声にも動揺が見られる。

 変だ、どう考えてもエイルの態度はおかしい。

 これに対し、楯の選んだ回答とは。


「ストレートに聞くけど、なんで??」


「う゛っ、聞くわよね、うん、聞いてくるわよね……」


「僕としては君の顔が見れなくて寂しいんだけど」


「そ、その……ね? なんていうか、もの凄く今更なんだけど…………たぁ君の顔を見ると恥ずかしくてね? 変な顔しちゃうから、その、正面から見れなくて……」


「でも側にいたいからくっついてると」


「そう、そうなのよっ! 後ろに居て顔を見なければ普通に喋れるしぎゅっと出来るのよ!! アタシってば天才ね!!」


「しかし天才さん、僕としては君の顔を見たいというか隠されるとよりいっそう見たくなるんだけど??」


 人間、隠されると暴きたくなるものだ。

 それが愛しい人の照れた顔なら、もの凄く見たい。

 それを理解してなお、エイルは見られたくなくて楯の背中におでこを押しつけ徹底抗戦の構え。


「いーやー、だーめー、たぁ君は絶対だめー」


「ちくしょう可愛いしか出てこないんだけど??」


「フフン! そうでしょうそうでしょうっ、カワイイの天才をもっと誉めていいのよ??」


「誉めて顔見せてくれるなら言うけど?」


「そこは素直に誉めてよ!? ぶーぶー! ぶーぶー!」


 このままエイルの可愛さを堪能してもいいのだが、楯としては普通に顔がみたい所でもあるので。


「しかしさ、顔がニヤけてるから恥ずかしいって事だけど……」


「含みのある言い方ね」


「冷静に思い返してみるとさ、君ってばベッドの上でわりと散々な顔を晒しているんだし今更じゃない? 僕、涎ダラダラ鼻水だらだらで白目向いてる顔とか何度も見てるんだけど?」


「~~~~ッッッ!? ば、ばか!! たぁ君のおバカ!! 誰の所為だと思ってんのよ!! 全部アンタの所為でしょうが!! 毎回毎回乙女の尊厳破壊してるんじゃないわよ!!」


「…………僕は僕を誇りに思う、なんたってそれだけエイルを天国に連れて行っているんだからね」


「マジトーンで言うんじゃない!! このベッドヤクザ!! だいたいねぇ、アンタだって同じでしょうが!! アタシだからキュンキュンするけど傍目から見れば間抜け顔よ!!」


「別に君にしか見せないんだからよくない??」


「ううううううううううっ! ばかっ、ばかばかばかっ!!」


 エイルは顔を真っ赤にして楯の背中をぽかぽか殴った、しかし彼にとっては痛くも痒くもない衝撃。

 痛いなぁと態とらしく言いながら、可愛いヤツめと顔をニマニマさせた。

 それを察し彼女はカチンと怒った、必ずやこの男をわからせないとならない。


「――あまりアタシを怒らせない方がいいわ、アンタの弱みを握ってるんだからね」


「ほほー、その弱みとやらを聞こうじゃないか」


「アンタが雪希に出し損ねたラブレターの下書き、まだ持ってるんだからね!!」


「それ卑怯じゃない!? え? それ高校卒業前だから二年ぐらい前だよね?? なんで捨てなかったんだよ!」


「そこはほら、アタシって優しいから。アンタが心を込めて書いたラブレターを捨てるなんてとてもとても……ぷぷぷっ、誰かに見せちゃおうかなー」


 背後の挑発的な声に、楯も負けては居られない。


「はー!? ライン越えたぞ君さぁ!! こっちだって君が書いたラブレターの下書き捨ててないんだからな!! ったく、いつか君が秀哉と結ばれたときにサプライズで秀哉にあげようと思ってたけど、こうなったら容赦しないぞ!!」


「あ、それ回収済みだから。いやー、わざわざこの家にまで持ってきてくれて助かったわサーンキュっ」


「なに人の物を勝手に漁ってんだよ!?」


「アンタがストーカーしていいって言ったじゃん。ならアンタの物はアタシの物、アタシの物はアタシの物ってコトよ!」


「グヌヌヌッ、不味いやつに言質を与えてしまった……!!」


 悔しがる楯に、勝ち誇るエイル。

 しかし彼としては引き下がる訳にはいかない、これはもう是が非でも彼女の顔を見なければ気が済まないのだ。

 彼女がそう来るのなら、彼に出来ることは限られている、そしてそれは唯一無二の特効武器で。


「――あまり僕を怒らせないほうがいい、体格を腕力とセックスは僕の方が上だと自覚しておきたまへ」


「おーおー吠えよる吠えよる、女の子をセックスでしか支配できない男は言うことが違うわねぇ」


「なるほど、君のハメ撮りをアルバム一冊分、動画を二四時間分撮る必要がありそうだね」


「話は変わるけど警察と弁護士は好きかしら?」


「それ卑怯じゃない!? 僕の勝ち目なくない!?」


 楯は戦慄した、この女はヤると言ったらヤる女だ。

 実行したら最後、本気で通報するし弁護士から訴状が届くだろう。

 しかし優しい女でもある、ならば。


「――ふっ、そんなに僕の土下座がみたいのかね? するぞ? 躊躇なく土下座して足に縋るぞ…………大学でなぁ!!」


「自ら尊厳を捨ててまでアタシにダメージを!? くっ、なかなかやるわね……!!」


「ここは交渉といかないか? 僕のラブレターを返してくれ、もしくは目の前で焼き捨ててくれ」


「対価は?」


「お互いに何もしない、僕も今日だけは君の顔を見るのを涙を飲んで諦めよう」


「……悪くないわね、それで手を打ちましょう。例の開かずの部屋にあるわ、アンタが先に、アタシが後ろから」


「鍵は? 着いたらアタシが開けるわ肌身話さず持ってるのよ」


 という事で、楯とエイルは立ち上がってえっちらおっちら二人のプライベートルームの間にある開かずの間へ向かう。

 目的地まで数秒、彼女は何かを忘れている気がして。

 しかし着いてしまったら、鍵を開けるしかない。

 ――鍵を差して、回そうとし手が止まった。


(あああああああああああああああああああああああ!! まっずいっ!! これ不味いって!! たぁ君を入れるワケには、で、でも今拒否ると絶対に無理にでも入ってくるだろうし……!!)


「どうしたんだ? 鍵が壊れた?」


「そ、相談があるんだけど!! 絶対にラブレターは処分するから中に入らないで目を瞑っていてくれないかなー……みたいな? 見るな、見ないで、見ないでくれるとアタシが助かるっていうか…………」


「ほほう? もしかしなくても中を見られたくないって? でもどーせ秀哉グッズがあるだけじゃないのかい??」


「そっ、そうそう! それ!! 千作君のグッズが増えてるから! うん、そうだからちょっと崩れたら危なくて、ねっ、ねっ!!」


「まぁそういう事もあるかも、でも焦りすぎじゃないかい??」


 背中で必死に頼み込むエイル、もうどんな顔をしているか気になって気になって仕方がない。

 彼女の右手は鍵を刺したまま無防備に伸びていて、掴み上げるのは容易い。

 同時に、彼女の右手を上から掴んで鍵を開けてしまうのも手だ。


「えいっ」


「ちょっ、それズル――――」


 楯は後者を、顔を見るより中に入る事を選んだ。

 彼女が邪魔する前に、即座にドア横の明かりのスイッチを入れる。

 瞬間、明るくなった室内には。


「……………………え?」


「ううううううっ、殺して、いっそ殺して!! ああああああああああああッ、なんでたぁ君が入ることを考慮しなかったのアタシイイイイイイイ!!」


「めっちゃ好きじゃん、僕のこと好き好きラブラブじゃん君」


「言うなっ、言わないでええええええええええ!!」


(この短期間で凄くない?? ぱっと見だけど秀哉の物が一つもなくなってるよ? 壁一面、僕の写真ばっかりだし、…………なんかパンツとか何枚もあるね、いやでも数は足りてるはずだし、すり替えられてたってこと??)


 楯は振り返って、顔を両手で隠ししゃがみ込むエイルを見た。

 手を差しだして立たせようとした瞬間であった、彼女はむんずとその手を掴むと勢いよく立ち上がって。


「ええそうよ!! アンタのことが好きだもん!! なんか文句あんの!! ぶん殴ってやるうううううううううううう!! アンタなんて嫌いだもおおおおおおおおおおん!!」


「えーー??」


 楯は、思わず首を傾げたのであった。



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