第31話 カオスと青春は紙一重(水原蒼視点)
注文を受けた俺はキッチンへと向かい、ふたり分のドリンクを作っていく。
「……?」
キッチンで志津香のカフェラテを淹れていると、妙な視線を感じた。
「ふたりしてなんちゅう顔で見てくんだ」
おやじと紗奈だ。
「そりゃ、ねぇ、紗奈」
「そりゃ、ねぇ、お父さん」
「含みのある笑みをやめろ、バカ親子」
「そのバカ親子の息子が蒼」
「そのバカ親子の兄が兄さん」
「ええい、うざったい」
さっさとふたり分のメニューをこなして、テラス席へと運びに行く。
途中で振り向くと、にたにたとした笑みの光線を放ってきやがる。
ちくしょうバカ親子め。働け。そして、妹よ、お前は受験勉強をしろ。
そんなシンパシーは届かずに、にたにたは強くなる一方であった。
仕方ない。俺だけでも仕事をしなければ。
「おまたせしま──」
ぬ? なんだか不穏な空気が漂っている。
先程、ちょっとだけ取り乱していた志津香は、いつも通りの余裕のあるクールな笑み。
対して、ちょっぴり小悪魔系を出していた成戸さんが、唇を噛んで志津香を睨んでいる。
この、女子特有の嫌悪な空気感。男子禁制の空気。完全に混ぜるな危険状態。
こりゃ、さっさと退散した方が良さげだよね。
ほい、ほいっとふたりの前に注文されたドリンクを配って,さっさと退散しようとしたところ、ガシッと腕を引っ張られる。
「うおっと」
いきなりだったため、抗うこともできずに俺は成戸さんの膝の上に乗ってしまう。
「うおっ、おもっ」
いや、いきなり引っ張っておいて文句ですかい小悪魔系。
「っとと、ごめんごめん」
まぁ、あっちから引っ張られたが、女子の上に男子が乗るのは確かに重いだろう。
なので、すぐに立ちあがろうとすると、ガシッとホールドされる。
「だ、じょぶ、よん。このままゔぇ良いよ」
「いや、明らかにヤバそうじゃね?」
この子、華奢だから俺が乗ったら潰れるだろ。てか、声がやばそうだし。
「これん、くら、よゅ、いつも男子にやって、ゔ」
「違うベクトルのビッチかな?」
そんなことをツッコミしている余裕はなかった。
目の前から殺気を感じる。
見たくないけど、おそるおそる見てみると、志津香がゴミムシを見ている目をしていた。
めっちゃ怖かったから視線を逸らしてキッチンの方を見ると、バカ親子がにたにたを加速させて見守っていた。
いや、働く気ないなら助けてくれない? 割とガチで。
「わだじの、うゔぇにの、りたかなたのかな?」
「ごめん。なに言ってるかまじでわからん。どくから、離してくれない?」
「ばべ」
どうやらダメらしい。
こちらがガッチリとホールドされていると、カタッと志津香が立ち上がり俺の前に立つ。
「し、ずか?」
殺される。そんな目だ。
あれ? もしかして、これ、タッグで俺を殺そうとしてる?
『私ごとやっちゃって!』みたいなノリ?
少年漫画の王道的タッグ?
どうして俺殺されるの?
ドリンク持って来ただけなのに?
漫画だとこういうカフェの店員は端っこで死ぬよね。
あ、わかった。俺、モブだわ。いや、モブならタッグ組まないとサクッとやれや。
少年漫画のモブの気持ちを理解すると共に覚悟を決めて、ギュッと瞳を閉じた。
シャァァァァとチャックが開くような音と共に股間がスースーする。
「……ぬ?」
視線をちょっと下に向ける。
「え、ちょ、なにやってんの?」
「パンツ見せたいんでしょ?」
「……ぬぬ?」
あれ? なんかセリフおかしくない? いや、おかしいのは行動そのものなんだけどね。
「パンツ見てあげるって言ってんの」
「なんで俺があたかもパンツを見せたいことになってんだ? てか、店でなんちゅうことしてんだよ」
意味不明過ぎて、冷静な言葉を発せている自分自身が怖いわ。
「蒼の部屋で見せたいの?」
「その、俺が見せたがってる設定なんなの?」
「だって、私のせいで蒼がパンツを見せたい性癖になっちゃったんでしょ? 大丈夫。私が責任取るからね」
「責任の取り方が犯罪なんよ。てか、待て待て。どういう経緯で俺がパンツを見せたがったことになったんだよ」
ここで、ハッと気がつく。
そういえば学校で成戸さんにチャックが開いていることを指摘されたな。
……もしかして、成戸さんが尾ひれを付けて志津香を騙したってか。
こんのぉ小悪魔系めぇ。むしろ悪魔だよ。パンツの悪魔だ。
「おい、ごら、成戸、このやろ。てめぇが志津香をそそのかしたな」
「じらん」
「つか、死にそうになってまでホールドの意味は?」
「ごのみをぎせいにびで、みずばら、を、おとす」
めっちゃ苦しそう。
「成戸さん。まだ言ってるの? だめだって、蒼のパンツを落としちゃ。具まで見ようなんて贅沢だよ」
なんでお前はこいつが何言ったか理解できてんだよ。
「え、ちょ、まっ、成戸てめぇ、俺の一物見ようってか?」
「おまえら……ばぐっで……(がくっ)」
あ、ホールドが解かれた。どうやら術者の術(物理)が解けたみたい。
ありゃま、泡吹いて気絶してらぁ。
こいつはなにがしたかったのか。迷宮入りだわ。
「ここまでして俺をホールドする意味がわからんかったな。ったく、世話の焼ける」
俺は指をパチンと鳴らす。
「おやじ! 患者一名入りますっ!」
「喜んで」
ドスドスと大男の甘い声がやって来ると、「ふんっ」となんか関節技っぽい蘇生術(物理)を試みた。
「──はっ!?」
あ、成戸が復活した。
「……いや、私が落ちてどうする!?」
「自分自身で落ちにいった気がするけど」
「きいいい。覚えてなさいっ!」
立ち上がり立ち去ろうとする成戸へ、
「お会計390円になります」
と言うと、
「金とんの!?」
って言われた。そりゃ商売ですから取りますとも。
成戸は悔しそうな顔をして注文したホットコーヒーを飲む。
「熱っ。うまっ。あっつー」
「そりゃ夏にホットコーヒー頼むやつなんか、じじぃかお前くらいだわ」
すみません。そんなことないのですよ。普通に夏にホットコーヒー飲む人沢山います。
ただ、成戸へのツッコミとしてそう言わしていただきました。
全国のホットコーヒー愛飲会のみなさま、どうかお許しください。
そして、カフェ、くーるだうんでも飲んでください。
「くっそ! これで勝ったと思うなよ」
「いや、買ったんだよ、そのホットコーヒー奢りじゃないからな」
「漢字がちっがーう! まじで覚えてろよ!!」
チャリンとテーブルにお金を置くと、ピューっと去って行った。
「まいどありー」
ひらひらと手を振って、貞操の危機を逃れる。
「……これが令和の高校生の青春、なんだね」
んなわけあるかいな。ただの悪ふざけだわ、ぼけ。
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