第6話 佐藤有栖
「先輩。何やってるんスか?」
何度私が直しなさいと言っても直らない特徴的な語尾で喋る人物は、このダンジョンギルド練馬支部には一人しかいない。
顔を見なくとも、誰か解る。
「あ、秋ちゃん」
私の後輩、
机に倒れ込ませていた身体を起こす。
「いや。別に」
「先輩、あの人の事好きなんスか?」
「は、はいぃ!?な、何でそう思うのかな?」
「いや。何でって……。見ればそりゃあ、まぁ。はい」
そんなに解りやすかったかしら?
自分では自然体で、誰にも気づかれていないつもりだったのに。
まさか後輩にバレているなんて。
ひょっとしたら周囲にも気づかれているかもしれない。
「先輩。あの人がギルドに来ると、ずっと見てますよね。あの人が偶に
「そ、そんな事ないわ。私はギルドの利用者全員に公平です。それと、言葉遣い。直しなさいって言ってるでしょ」
「そんな事ありますよ。研修時代の私に色々と教えてくれてた、頼りになる先輩はどこにいったんスか」
何を言っているんだろう。私はどこにもいってないじゃない。
全く。言葉遣いさえ直ればとてもしっかりしてて良くできた、可愛い後輩ちゃんなのに。何を言っているのかしら。
「それに、先輩に言われたくないっス」
「何をよ」
「先輩、あの人の時だけ“できる先輩”じゃないっスか。他の人にも同じ様にできる様になったら私に言って下さいっス。そしたら自分も、直スんで」
「私はみんなに公平って、言ってるでしょ。全く、変な言いがかりはよしてちょうだい」
そんな私を、秋ちゃんはジトーっと見てくる。
「じゃあ、先輩。あの人の事を教えて下さい」
秋ちゃんはそう言って、ドロップ品売買のカウンターにいたおじさんを指差す。
「勿論、良いわよ。あの人は、そうね。えーっと。そうそう!
「違うっス。
「そう!それよ!そうだと思ったわ!ついうっかり、名字を逆にしてしまったわ」
「ハー……」
私のうっかりに呆れて、溜息をつく秋ちゃん。
誰にも間違いはあるものよ。
「じゃあ、最近あの人が闘技場を利用した日。覚えてます?」
「確か……。そうね」
「動いちゃダメっス」
考えるフリをして、受付記録をチラ見る為にファイルの場所まで移動しようとしたのがバレた。
「え?えーっと。三日前だったかしら?」
朧気な記憶を辿り、当てずっぽうで答えてみる。
「昨日っスよ。昨日。先輩が対応したじゃないっスか」
「やーね、冗談よ。秋ちゃんを試したの」
「今試されてるのは先輩なんスけど」
おっと。秋ちゃんの頭に怒りマークが見える気がする。
「怒っちゃやーよ」
「可愛く言っても、ダメっスよ。ハー。あの頃の憧れの先輩は、本当にどこにいってしまったのやら」
秋ちゃんはまた、溜息を吐いた。
だから、此処に今も変わらずいるじゃない。それにあんまり溜息ばかりついてると、幸せが逃げちゃうぞ。
「先輩。
「は、はい」
秋ちゃんの目が鋭くなってきた。
これ以上怒らせない為に、今だけでもちゃんとしなくてわ。
「今だけちゃんとしようとしても、ダメっスよ」
「……」
見抜かれている。
すっかり出来の良い後輩になったものだ。
私のおかげかな。
「因みに。今のタイムスケジュールだと、私がカウンターの配置なんスけど。先輩、自分のタイムスケジュール把握してます?」
「え、ええ。勿論。じゃあ、此処はお願いするわね」
此処から移動できる口実をもらった。
これはチャンスだ。
私は秋ちゃんのいる方向と反対の方に向き、足を進め―――ようとした。
しかし、振り向いた先。目の前には。立派な胸板があった為、進めない。
「何処に行く、
秋ちゃんから離れるべく、遠くへ行こうとしたところなのに。まさか秋ちゃんよりも危険な人物がそこにいるなんて、気づかなかった。
わざわざ気配を消して、近寄ってきたんだろう。
ダンジョンギルド練馬支部支部長、
彼は私の服の襟を即座に掴むと、まるで引きづる様に引っ張っていく。
「お前は何時になったらしっかりするんだ!?」
怒鳴らないで下さい。ちゃんと聞こえてますから。
「支部長。先輩はある人にだけ、しっかり対応しています」
「何っ!?そうなのか?」
「はい」
秋ちゃんは秋ちゃんで、火に油を注がないで欲しい。
支部長の前では言葉遣いをしっかり直すんだから。全く、ズルい子だわ。
可愛い可愛い後輩ちゃんだから、許してあげるけどね。
私は支部長の部屋に引きづられる様に連れていかれつつも、そんな事を考える。
それとは別でもう一つ、気になっている事がある。
集さんが今日此処に来た理由は、モンスターカードの処理。ベビースライムの討伐。
その為に闘技場を使用しにきたと言っていたけれど。ダンジョンに向かう何時もより、かなりしっかりと装備を整えていた。
弱いFランクのベビースライムと戦うのに、あそこ迄準備する必要があるだろうか。
昔、私が集さんに助けてもらった姿を思い出す。その姿に私は恋をした。
その瞬間は今もはっきりと憶えている。
集さんの強さはかなりのレベル。
だからこそ、何かを隠している気がしてならない。
何だか嫌な予感がした。
後でもう一度、集さんに
今度は恥ずかしがらない様に、頑張らないと。チャンスがあれば、またお誘いの言葉をかけてみよう。
「全くお前という奴は、何度注意されれば解るんだ!今回もみっちり、お説教させてもらうぞ!」
考え事をする私に、支部長の声は全く届いていなかった。
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