第23話 女子バド部との衝突

 その後は、オレも身体が温まったことで、あまり緊張せずに歌うことができた。

 とはいえ、なぜか夕果とのデュエットだけは、相性が最悪だったのだが……。

 まあそれも皆はゲラゲラと笑ってくれて、オレも凹まずに楽しむことができた。


 ――不思議なことだ。

 前のグループでは、あんなにも自分に自信が持てなかったのに、今では違う。


 オレが成長したのだろうか。

 それとも、グループの空気感が肌に合ったのか。

 あるいは小波の恋を応援すると決めた癖に、良いところを見せたくなってしまったからだろうか。


「くぅ~~~っ! 歌ったね~」

「暫く俺、喋れないって」


 カラオケを出た後、オレ達はそのまま今日はレストランで夕食を摂ることになった。

 オレも喉が痛くて、冷水を美味しく頂く。


「お前らほんと、平日から大丈夫かよ」

「逆に律樹がタフ過ぎるんだよ」


 体力馬鹿は、喉も強いらしい。

 小波なんかは、ぐったりとして静かだ。

 合唱祭で……彼女がパートリーダーになることはないだろう。

 対称的に七海と夕果はかなり元気なままである。


「僕たちならバンド組めるんだぞ!」

「いや、それはねーよ……」

「えぇ!? 楽しそうなのにぃ」


 誰がギターやベース弾けるんだ?

 たまに七海はぶっ飛んだ発想に至る。

 楽しそうなのは共感するが、無理だろう。


「なんでなんで!?」

「みんな部活で、忙しいだろ」

「あれぇ? 鉄矢って帰宅部じゃなかった~?」

「……そうだよ。でもバイトもあるからな」


 夕果に余計なことを訊かれ、適当に答える。

 すると、七海が不思議そうに首を傾げる。

 しまった……よくよく考えれば、月宮姉妹はオレがずっと家にいることを知っていた。


「ちょっとネット関係の仕事でな。守秘義務があるから話せないんだけど」

「すごいねっ! ネットってあれかな? ウェブのデザインとか?」

「そ、そんなところだ」


 またしても七海の好奇心の目が痛い。

 少し良心が痛むが、似たようなものだ。


「そうですの……デザイン……」


 すると小波がボソッと呟き、オレは背筋が凍りつきそうになる。

 衣装のデザインという観点で言えば、まさしく該当するので、気になったのだろう。


「お、オレ、サラダバー取ってくるな?」

「僕も一緒に行く!」


 勘づかれる前に、逃げるとする。

 それにしても相変わらず、七海の距離が近い。


 昔からの弟分だと思えば、何もおかしくはないのだが……また夕果に違和感を持たれると面倒だ。


「あ、あんたっ」

「ん……?」


 サラダバーのスープを淹れている途中、オレに向かって指を差す失礼な女子がいた。

 ……誰だ?

 オレには相手の女子に面識がない。

 何となく何処かで見たことがあるような気もするが――。


「あ、ゆうゆうの部活仲間の……」

「芳山よ」

「……そうだ。芳山先輩でした」


 隣の七海の上げた声で、ようやく相手が誰なのか気付く。

 彼女達は、女子バドミントン部の面々だ。

 今日……夕果が部活をサボって来ているだけあって、嫌な予感がする。


「あんたら、夕果が何処いるか知らない?」

「えっと、――」


 夕果は部活内で疎まれていると言っていた。

 オレ達に話しかけるということは、夕果の弱みを引き出そうとしているのかもしれない。


「ゆうゆうは今日一緒じゃないんだよぅ」

「……そうかい。あの子、最近変だからね」


 最近……?

 夕果は部活に入ってから、じゃなくて?

 最近は特に何か変ということだろうか。

 何かあるとすれば、オレが転校してきたことがちょうど当てはまってしまうが……。


「じゃ、またね」


 先輩は夕果がいないことで、オレに興味を失ったのか、サラダを乗せた皿を手に持ち去っていく。


 七海は、何やらスマホを素早く弄っていた。

 夕果に芳村先輩のことを伝えているのだろう。

 ……ばったり会ったら気まずいからな。

 幸い、このレストランは広くて仕切りが高いので気を付ければ見つからないはずだ。


 さて、オレも七海と二人で十分な量のサラダを選んでプレートに乗る。

 そんな時、さっきの芳村先輩と同じ女子バドミントン部の面々に、目が留まった。


「ん……? 森下さん?」


 一方的に知っている顔が彼女達の中にあり、つい呟いてしまう。


「えっ? あ、あんた転校生よね。なんでウチの名前――」

「あ、いや……」


 ……口走った。

 彼氏との修羅場を覗いていたなんて言えない。

 どう誤魔化せば――。


「森下さん! 前に森下さんを見かけた時に、僕が紹介したんだぞ」


 七海が機転を利かせてくれた。

 意外と七海は周りが見ている気がする。

 しかし――。


「なんで月宮さんが、ウチを紹介するの?」


 そりゃそうだ。


「ついな。オレが可愛い女子に目がないものだから、それでって――――……」

「は?」

「へ?」


 ただのナンパ男の台詞になってしまった。

 いや待て、違う……誤解だ。

 耳を傾けていた他の女子バド部の面々も、これには顔を引きつらせて去っていく。

 やがて、森下の深いため息が聞こえた。


「ウチ彼氏持ちなんで無理。てかキモくて無理」

「っ、森下さん……鉄矢が褒めてくれたのにキモいなんてありえないんだぞ!」

「お、おい……七海?」


 オレが声をかけると、ハッと顔を朱くした七海はオレの後ろに下がった。

 幼馴染想いで嬉しい限りだけど、流石にオレも恥ずかしい物言いだ。

 それにしても森下さん……川上とのお付き合いは続いているようで何より。


「ふんっ、お気に入りの男がいるのに、人の男に構わないでくれる? よく妹さんに言われているんじゃない? はしたないって」

「……? 人の男って、僕は川上くんに構ったりしたことないぞ?」


 違う……まずオレがお気に入りの男扱いされている部分にツッコミを入れるべきだ。

 森下は多分オレのこと、七海が彼氏候補としてキープしている男だと勘違いしている気がする。


「そう、ウチごときの彼氏は眼中にないって言いたいのね……」

「むっ? なんか勘違いしているよぅ」

「七海の言う通りだ。森下さん、少し卑屈に考え過ぎだ」


 彼女が七海を敵視している理由は理解できる。

 けど、問題は川上にある可能性をきちんと考えてほしい。

 以前、森下と川上は口喧嘩していたけど、彼女自身はそれでも川上のことが好きなのだろう。

 だから、こちらの言い分に訊く耳を持ってくれないのは頭の痛い話だ。


「……月宮さんも、夕果も、男にかまけて他人に迷惑かけないでよ!」

「夕果も……? どういうことだよ」

「南雲くん狙いでバド部に入ったんでしょ」

「そうなのか……?」

「僕、それは違うってゆうゆうから聞いたぞ」


 話が食い違い過ぎている。

 森下の言うような噂が本当だとして、だ。

 宏狙いで入部しただけの夕果が、レギュラーを掻っ攫った挙句に練習をサボっている。

 ……森下の怒りも理解できない訳じゃない。


「話が付かないし……このくらいにしよう」

「何それ……赦してやる、みたいな言い方」

「オレ達が気に食わないのはわかったけど、自分の彼氏を信じられなかった責任を、他人に八つ当たりしないでくれ」


 森下の表情は一瞬で驚きに切り替わる。

 オレの言葉が、的を射すぎていたからだろう。


「あ、あんた……何を知って――」

「行くぞ、七海」

「ふえぇっ!? う、うん」


 七海の腕を掴み、そのまま自分達のテーブルへ戻った。

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