第18話 二人の告白
ソウタはミナトと直接会って話をした事で、スッキリとした気持ちで朝を迎える事が出来た。
何故カナデが目を合わさなかったのか?
何故カナデが避けるような事をしたのか?
今ならカナデのどんな答えでも、正面から受け取める事が出来そうな気がした。
でもなぁ…と、ソウタは改めて自分の状況を考えて思い直す。
ここは病院で、病室には他の男性と一緒の相部屋である。
それに毎日お風呂に入れる状況では無い…。
しかも自分はパジャマというか、部屋着である。
今の自分の状態は、好きな人と会うには適さない。
と言うより、むしろ恥ずかしい。
そんな事を考えると、素直に会いたいと言えなくなった。
「う~ん」
ソウタは年相応の悩みに悩まされながらも、とりあえずカナデに連絡を入れる事にした。
*****
談話スペースに行ってテーブル席の椅子に座る。
幸い、今日も人は居ない。通話になっても問題は無さそうだ。
スマートフォンのメッセージアプリを開けると、カナデの名前の欄には未読メッセージを表す通知バッチが付いていた。
見る勇気が出なかった事に申し訳ない気持ちが出るものの、素直に心配をしているカナデの事を思うと、カナデはやっぱりカナデだと、嬉しい方の気持ちが勝ってしまった。
トーク画面を開くと、そこにはソウタを心配するメッセージが続いていた。
『ミナトから事故にあったと聞きました。
怪我の具合はどうですか?心配です。
連絡が出来そうになった時でも良いので、何かメッセージを下さい。』
『今日はどうですか?怪我の具合はどうですか?
まだ連絡は難しいかな?
早くソウタが良くなりますように。』
『なんだか夜が長いです。
ソウタはどうですか?
まだ痛いですか?
ちゃんと寝れてますか?
早く良くなれ~!』
ソウタは黙ってスマートフォンの画面をスクロールさせた。
『怪我の具合はどうですか?
まだ痛いですか?
こんな事言うのは変やけど、
ソウタがいないバイト先はちょっと暗いわ
みんな寂しそう
私もやけど』
『そろそろベッドから起きれそうですか?
まだ痛いですか?
ソウタの所に行きたいけど、どうかな?
ミナトと一緒やったら良いかな?』
『う~ん。ソウタに会いたいなぁ。
寂しいなぁ。
ソウタはそれどころじゃないかな。
まだ痛いかな。
ソウタも私と同じ気持ちやったら嬉しいな~』
そして最新のメッセージは、カナデの希望だった…。
『早く良くなれ~!
退院したら一緒にドーナツ食べに行くぞ!』
「あはは、そうやな。また行かなアカンな」
カナデから届いたメッセージを何度もスクロールさせて何度も読み返す。
まるでカナデと出会った頃から、徐々に変わって行くカナデを見ているようだった。
(俺、やっぱりカナデが好きやなぁ…)
メッセージを読み返していく内に、ソウタ中でカナデへの思いが溢れてくる。
そしてそれを今すぐにでも、どうしても伝えたくなった。
ダメでも良いや。
意を決して通話ボタンを押す。
1コール
2コール
3コール
「…」
4コール
5コール
あと1コールで諦めようと思った時、スマートフォンの画面が通話中に切り替わった。
「は、はい!ソウタ?ソウタなん??」
ソウタの耳に慌てた様子の、柔らかな彼女の声が入って来る。
そんなカナデの存在に愛しさの増したソウタは、自分の気持ちが素直に言葉として現れ、それは自然と口から零れていった。
「カナデ…めっちゃ好き、愛してる」
「っは?」
息を飲む様子のカナデの一言で、彼女が戸惑い、驚く様子が手に取るように分かる。
「あはは、めっちゃびっくりしてる、あはは」
ソウタはカナデの事が可愛くて、可笑しくて、笑いが堪えきれず、大きな声を立てて笑ってしまった。
「な、な、な、な!」
「あはは、あ~おかし」
「ちょ、何なん!急に何なん!」
慌てるカナデと、カナデを笑うソウタでは、まともな会話にならない。
そもそもカナデが電話に出て良いタイミングかどうかも分からない。
自分の都合だけで、連絡して、一方的に思いを告げただけ。
そんな一方通行でも、今のソウタには、あまり関係がない感じがした。
だって、ただ純粋に自分の思いをカナデに言いたいだけだったから。
それに今がカナデとって不都合なタイミングだったとしても、それも笑って許してもらえるんじゃないか…そんな何の根拠もない自信もあった。
ソウタは身勝手だったけれど、自分の思いの行先を成就させた。
そしてふと我に返ると、カナデの様子を気遣う余裕が出ている事に気が付いた。
「あ~、今、電話して良かったん?」
勝手に出て来る笑みを堪えつつ、緩みそうな頬を落ち着けて、ソウタはカナデに尋ねた。
「ちょ、今、土曜の朝9時すぎ!」
慌てた声でカナデは世間の時間を告げた。
談話スペースの掛け時計を見ると、なるほど、確かにカナデの言う時刻だ。
「あ~、そうやなぁ」
ソウタがのんびりと笑いながら答えるのは、カナデの時間の意味が分からないからだ。
「あ、あ、朝ごはん!家族で遅めの朝ごはん!」
気持ちがまだ落ち着かない様子のカナデは、家の状況を詳しく伝えてくれた。
なるほど、世間はそんな感じか。
「じゃ~カナデの返事は無理やなぁ…、邪魔したら悪いので、切るわな」
カナデの声からその光景を思い浮かべると、邪魔しても悪いと思い、そう切り出した。けれどカナデにも言い分があるらしい。
「ちょ、ちょ、ちょと待って!」
カナデのお願いの言葉の向こうに、ダダダと階段を駆け上がる音がする。
そしてドアをガチャガチャと回す音がしたかと思うと、急に静かになった。
ガサゴソと、音の無い音がスマートフォンから聞こえてくる。
ソウタは様子を伺うべく、暫く静かに耳を傾けていたが、やはり何も無いのは心配だ。
「カナデ?」
「も、も、もう一度お願いします!」
ソウタの問いかけに、カナデは大きな声でお願いを伝えて来た。
戸惑いを超えた期待からなのか、スマートフォンの画面の向こうから、カナデの心音が聞こえてきそうだった。
ソウタは笑みを零して、「コホン」と小さく咳払いをした。
「あ~聞こえる?」
「き、聞こえます!」
どうやらカナデの準備は良いらしい。
ソウタは大きく「フゥ~」と息を吐いて呼吸を整えると、意を決してゆっくりと、確実に伝わるように、カナデに告白をした。
「俺、カナデが好き。めっちゃ好き。愛してる。めっちゃ愛してる」
先ほどと同じセリフを口にしたはずなのに、ソウタは戸惑いを覚えた。
(…あれ?)
戸惑いは自分の心音の音。
先ほどとは違って、急に心臓がドキドキと鳴り出したのだ。
そうか。
一方的では無い言葉は、緊張を伴うのだとソウタは知った。
(…っ、返事…は?)
この緊張感は、カナデの返事を待つ類のもの。
うんとも、すんとも言わない無い無音のスマートフォンが気になる。
「…カナデ?」
小さく問いかけると、向うからグズグズと鼻をすする音が聞こえた。
「カナデ?…泣いてる?」
スマートフォンの向こうで、ティッシュを引き抜く音が聞こえたと思うと、鼻声の「だって~」というカナデの声が聞こえて来た。
(そっか。…泣くんか…。カナデは泣いてくれるんや…)
そんな事を考えていると、スマートフォンの向こうからカナデの涙にまみれた、鼻声が聞こえてきた。
「ソウタに会いたいよ~」
「うん…そうやな、会いたいな」
「うん…」
「退院はまだもう少し先やから、また電話するわな」
「うん…」
まるで幼い子供に言い聞かせるように、ソウタは言葉を続けた。
カナデの小さな返事は、ソウタの心を温かく満たしていく。
「じゃ、そろそろ切るな。朝ごはん、まだやろ?」
「え、あぁ、うん、あ~うん…」
電話の終わりを切り出すと、名残惜しいのか、カナデの歯切れが急に悪くなる。
ソウタは再び幼い子供に問いかけるように優しい声を出した。
「…?どした?」
「……」
「??」
急に黙り込んだカナデ。
言いたい事があるなら言って欲しい…と、口にしようとした時、カナデが口を開いた。
「ぅ~、わ、私もソウタが好きっ!!」
「え?」
「き、き、切りますっ!」
不意に訪れたカナデの告白。
そしてプツンと言う音と共に、音のしなくなったスマートフォン。
「…え?…っと。…なんか…想像してたのと違う…?」
あれだけ聞きたかったカナデの言葉。
なのに耳に残ったのは想像とは違うもの。
女の子の告白は、もっと…こう…。
あれ…?
ソウタは勢いで切れたスマートフォンの無機質な感触に思わず笑ってしまった。
それでもじんわりと広がるカナデの言葉は、妙に胸をくすぐるものだった。
カナデの怒涛のような勢いだけの告白も、ゆっくりと噛みしめれば、自然と頬が緩んで行くのがわる。
「あ~やばい…何か、にやけてまうな」
頬にある熱を冷ます時間がもう少し必要かも知れない…。
そう思うとソウタはテーブルに伏せて、思い出しては悶えるのであった。
*****
一方のカナデはまたしても後悔をしていた。
ソウタの告白を思いっきり噛みしめたいのは山々だが、自分はまたしても勢い任せで自分の思いを一方的に告げたのだ。
この猛進的な性格は直した方が良いかもしれない。
そんな後悔を抱えながらカナデは朝食の席に戻った。
ダイニングに戻り、何食わぬ顔で席に着く。
なのに何故だかミナトはニヤニヤと笑みを携え、父は眉間にしわを寄せ複雑そうな顔をしていた。
二人の様子を訝し気に思い、母の方へ顔を向ける。
すると母はいきなり夫に止めを刺したのだ。
「あら?プロポーズだったの?」
「ゴフォォ、ゴホッ、ゴホッ!」
「ん゛んっ~!」
コーヒーをぶちまけた父を宥める母親は、「あら~?」と言いながらテーブルを片付ける。
いたたまれない…。
目の前の二人の様子に見て見ぬふりをし、口に放り込んだままのパンを、咀嚼できずに顔を背けてプルプルと震えるカナデ。
「ふむ。まだ兄さんと呼ばれるのは早すぎるな」
そんな家族の様子にミナトは冷静に突っ込みをいれつつ、静かにカフェオレをクイっと飲み干すのであった。
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