第13話 カナデの友人
平日のカナデはあまりバイトに入っていない。
カナデに彼氏が出来た…と言ってもさほど日常は変わらない。
彼氏のソウタは相変わらずバイト三昧で、そう頻繁に会えるような事も無い。
少し寂しいな…と思いながらも、リビングのソファーの上で頭に入ってこないテレビのバラエティー番組を眺めていた。
するとカナデの耳にメッセージアプリの通知音が入って来た。
ソウタはバイト中だし、何のお知らせだろうか?とカナデはスマートフォンの画面を開いた。
メッセージアプリを開くと、相手は最近友達になった「ノンちゃん」だ。
ノンちゃんはバイト先で仲良くなったカナデの数少ない友人の一人である。
通知メッセージは「永久保存」と書いてある。
何とも言えないメッセージにノンちゃんらしさを感じるも、永久保存が何の事かわからない。
すると続けて画像が送られて来た。
「そぅ、っ~~~~!!」
ノンちゃんの送ってきた画像にカナデはスマートフォンを胸にかかえ、そのままソファーの腕に倒れ込んだ。
ノンちゃんの不意打ちに完全にやられたのである。
カナデが足をバタバタとさせて悶えていると、ふと視線を感じた。
その視線の先を追ってソファーの背もたれの方へ目を向けると、そこに居たのはミナトだった。
ミナトの目は嫌なものを見ている時の、あの訝し気な冷たい眼差しだった。
「ゴ…」
「だれが、ゴキブリやねん!」
「…さすが双子…言わんでも通じた」
ミナトは言いたい事だけ言って立ち去るのかと思えば、カナデのはす向かいにドカッと座り出した。
「なに?ソウタのおもろ話?」
「…さ、さすが双子…」
どうせ隠してもバレるかと思い、ノンちゃんの画像を見せようとして…やめた。
ミナトに見せるのは勿体ない。
「見せへん」
「なんでぇ?」
「…減る…」
「そら、アカンな」
あっさりと引いたミナト。
そのあっさり具合に、少しは粘って欲しいと思いつつ、カナデはさっきの画像を確認する。
永久保存。
カナデはノンちゃんの指示通り、画像を保存する事にした。
*****
待ちに待った週末がやって来た。
ようやくソウタと会えたカナデはご機嫌だった。
そしていつものようにバイト終わりのコンビニでの雑談が始まった。
「いつもこの時間はいつも空いてんな」
店先にある空いている駐車場の車止め。
いつもミナトはそこに座る。
もう一方の車止めにはカナデが座る事が多い。カナデは今日もそこに座っている。その背中側に自転車を止めたソウタが立っている。
ミナトはペットボトルのスポーツ飲料をがぶがぶと飲んだ。
やがて自転車を鍵をかけたソウタがカナデの向かいにあぐらをかいて座り込んだ。
座って早々に口を開いたのはソウタだ。
「写真…消した?」
恥ずかしそうなソウタの表情。
カナデはノンちゃんの送ってくれた画像の事だと思い「秘密」と答えた。
「なにそれ?」
カナデの言葉に興味が向いたミナトが会話に割って入る。
恐らく先日のカナデの「減る」と言った話の事だろうと、ミナトには予測がついていた。
ミナトは興味津々と言う表情でニヤニヤとしている。
ソウタは観念したのか、小さく息を吐くとカナデのスマートフォンに送られた内容の話を零し始めた。
「前のバイトの時な、昼寝してから行ってん。それで寝癖が取れへんくて…」
「あはは、ソウタっぽいな」
「キッチンの時は被ってるけど、賄の時に帽子外すやんか?そん時もまだ寝癖が直ってなくて」
「それで写真か?撮られたん?」
「だってフロアの子に、カナデに見せたいとか、見せた方が良いって、めっちゃ言われて…。しゃあなしやで?」
そうなのだ。
ノンちゃんが送って来た画像は、バイトの制服を着たソウタが腕組みをしている上半身を正面から撮った写真だった。
ソウタの顔も視線は嫌そうにそっぽを向いており、口も少しへの字に曲がっているように見える。
その表情はいわゆる拗ねている…と言った顔だ。
そして本題の「寝癖」
それは視線の反対側のこめかみから後頭部に向けて、ノンちゃんの写真にばっちりと写り込んでいる。
「ソウタは意外と押しに弱いしもんなぁ」
「撮ったやつ見せてくれたけど、俺そっぽ向いて嫌そうな顔してんのに、面白がって、無事に送りましたぞ!って。
しかも俺に送ったスマホの画面を見せて、既読、既読とか言って騒ぐし…」
愚痴を言いながら眉尻の下がったソウタの困り顔を見ていると、ミナトもカナデもその時の光景が浮かんだ。
「あはは、で、今までカナデにその写真の事、聞かへんかったんや」
「だって恥ずかしいやん?俺の写真はどうしましたか?って聞ける?
めっちゃ恥ずいわ。それに俺、嫌そうな顔してたし…。だから会ってから聞いた方がええと思って」
「まぁそうかもなぁ」
ミナトはソウタに答えながら、横目でカナデを見る。
なるほど。まだ消していないらしい。
さっきからあのだらしない感じの「ヘニャリ顔」でスマホ画面を見ているので、ちょっと気味が悪い。
「あれは消してへんわ」
「え~消して、恥ずいわ」
「え?いやや、勿体ない」
ソウタの言い分は通らないらしい。そんなカナデの様子にソウタは小さく呟いた。
「やっぱりあの子の言う通りか」
「え?ノンちゃん、何か言ってた?」
「静かに胸に秘めると思います…って言うてた」
相変わらずノンちゃんの絶妙な言い回し。
カナデはノンちゃんらしいと思っていた。
しかしそれはノンちゃんの人となりの知っているカナデだけ。ミナトには通じなかったようだ。
「何それ?変な子やな」
「うん。なんか変わった子やった」
「へぇ~」
「変わってるけど、どっちかと言うと、面白い子やな」
ソウタの言う「面白い子」とのやり取りに興味が向いたミナトはノンちゃんの話題を続けた。
「その子ってカナデの友達なん?」
「あ、うん、こっちに来て出来た初めての友達?かな?年下やけど」
「へぇ、カナデがかぁ、珍しいなぁ」
「そうやなぁ」
ミナトはカナデの少ない交友関係を知っている。
仲良しの友人は高校時代の同級生が多かったはずだ。
ソウタはミナトの珍しいと言った言葉を受けて、どんな感じでカナデと友人になったのか気になった。
「そういや、何キッカケ?」
「あ、それはな…」
カナデは自分とノンちゃんとの出会いを話し始めた。
*****
それはある日の、バイトでの出来事。
カナデがいつものように洗い場で作業に励んでいると「お願いしま~す」と言って、フロアの担当の女の子が空のお皿を運んできた。
「はい、お疲れ様です」
珍しく夕方の早い時間にバイトに入っていたカナデ。
そんなカナデがトレイを受け取ると、女の子は目を丸くした。
そして聞いた事の無い言葉を発したのだ。
「ア、アレックス殿下?」
「え?あれ?っく?」
「え?も、もしや断罪の?…」
女の子は、どこか夢見がちの子らしい。
また訳の分からない事を言い出した。
「え?」
「あはは、あんた、また変な事言うて」
カナデが訳も分からず驚いていると、同じ洗い場のパートのムラタさんがやって来た。
「ムラタさん、お疲れ様です」
「うん、お疲れ様。ノンちゃんは、また変な事いうてんなぁ」
「はっ!、すみません、この方のあまりの美しさに…」
「あはは、相変わらずおもろい子やなぁ。はよ、フロア戻らなアカンで」
どうもムラタさんの口ぶりから、彼女の名前は「ノンちゃん」だそうで、夢見がちな所も平常運転のようだ。
「はい。古の魔女殿も、お元気で!ではアレックス殿下、また会いましょう!」
「は、はぁ」
ノンちゃんはどこかのアニメキャラクターのように、颯爽と片手を上げると、ご機嫌な様子で仕事に戻っていた。
「相変わらずやなぁ。あの子な、私が好きな漫画のキャラクターに見えるらしいで」
「いにしえの~?とかですか?」
「似てるじゃなくて、見えるやで?よぉわからんやろ?でもなんか面白そうやから、そのままにしてんねん」
「はぁ…」
「じゃあ、うちらも仕事に戻ろか、アレックスデンカさん」
「はぁ…」
面白いと言うか…変わってる?
ノンちゃんの第一印象は、夢見がちなマイペースな女の子だった。
やがてバイトが終わり、カナデが更衣室で着替えていると、ノンちゃんもやって来た。
「殿下だ~お疲れ様です!」
「あ、お疲れ様です。え~っと、のんちゃ…」
「是非!ノゾミと!」
「のぞみ…さん」
「はい、私の事は是非ノゾミとお呼びください」
「は、はぁ」
どうやら、ノンちゃんの口ぶりから、カナデはどこかの王子様キャラのように見えるらしい…。
妙な話の展開にカナデは戸惑いながらも、妙に人懐っこいノンちゃんの事を嫌いにはなれなかった。
*****
カナデは当時を振り返り、洗い場での出来事を二人に話した。
「最初はそんな感じでびっくりしたけど。
それから時々、話しかけらるようになって。でもいつの間にか私は「ノンちゃん」って呼ぶようになったかな?」
「へぇ、変わった子やな」
「確かに。あの子、他のフロアの子より一番個性的や」
個性的と言ったソウタの言い得て妙な表現にカナデは笑みが零れる。
「うん。それからノンちゃんとたまにバイトも終わりに喋るようになって。
私の好きなアニメの話もしてくれるし、ええ子やで」
「今までカナデに近づいて来たやつとは、ちゃうみたいや、良かったな」
どうやらミナトの心配はそう言う事らしい。
それでも新しく出来た妹に友人喜ぶミナト。
そんなミナトの様子にカナデは少し罪悪感を抱くのだった。
と言うのも、ノンちゃんは男性同士の恋人関係?を妄想するのが殊の外大好きらしいのだ。
そのノンちゃんの好奇心の対象に、目の前の二人…実の兄と彼氏のカップルが入っているとは、どうしても本人に言えなかった。
でも言われると確かにノンちゃんの言う通りだ。
ソウタとミナトの距離は随分と近い。
なるほど。
2次元も3次元も愛でると言った、ノンちゃんの言い分が少しわかるような気がした。
カナデは「ふむ」と言って、二人がじゃれ合っている様子を写真に撮った。
「な!」
「急に、なんや」
「あはは、なんか楽しそうやから撮ってみた~!」
そう言って撮った画像を見れば、なるほどだ。
まさにノンちゃんの言う通りだと思った。
瞬間に閉じ込められた時間が、写真を見る度に再現されるようだ。
「ほな俺も撮ろ。ほれ、ソウタ!今や、カナデに抱きつけ!」
「よし!カナデっ!!」
「ひゃぁ~!!ちょ!!ソウタ~!!」
ミナトも悪ふざけにソウタも乗っかるようだ。
ソウタもどさくさ紛れ、カナデに抱き着き、彼らなりの癒しの時間を楽しんだ。
いわゆるカナデの言う犬化した「ソウタ犬」である。
存分にカナデに癒されたソウタも流れに乗っかる事にした。
「じゃ俺も撮ったろ~」
ソウタが立ちあがり、カメラに双子が映るように移動する。
すると二人のテンションだけが一気に下がり、ソウタの提案を拒絶した。
「え、嫌や」
「それは無いな」
まるで嫌なものを見るような顔でお互いの顔を睨みつける双子。
「何でや…」
呆然としながらも的確に突っ込むソウタ。
カナデはそんなソウタ顔が面白くて、再びスマートフォンを構えてソウタを撮った。
「何でや…」
カナデの行動に再び呆然としながら的確に突っ込むソウタ。
「え、良いやん」
「これは隙有りや」
今度は双子の意見が合ったらしい。
二人の満足気な顔にソウタも頬が緩む。
カナデは先ほど撮ったソウタの写真を確認する。
眉間にしわを寄せながらも、口をぽかんと開けた、いわゆるちょっと変な顔。
だけどこれも恋人の一面なのである。
そしてこんなに良い写真が撮れたのはノンちゃんのお陰。
「でもノンちゃんには見せたくないなぁ~」
カナデはニマニマしながら画面に向かって呟いた。
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