第13話 遺跡の調査へ

「これが調べた資料です」


 と言いながら武彦は、モイラにもらった別の世界のものを召喚する記録書をテーブルの上に広げた。買い物と箒の練習に付き合うと言い訳をしてリナシーに街まで送ってもらった後、今は華純の店に来ている。


「まあ、これが」


 華純が嬉しそうな声で紙を手に取る。この研究の記録のことはモイラから秘密資料と言われていたが、同じ世界から来た華純にも知らせるべきだと武彦は思った。


「ぼくたちは、この魔法でこの世界に呼ばれた可能性があります。きっと犯人はこの原本の研究資料を盗んだ人だとぼくは思います。でも、華純さんは三十年前にこの世界に来たんでしたよね? じゃあ、ぼくと華純さんを召喚した人は別人なんでしょうか?」


 武彦は腕を組んで首をひねる。華純は悩む武彦とは対照的に、嬉しそうだった。


「こんなに早く手がかりが見つかるなんてすごいわ。やっぱり学園に行くべきだったわね」

「学園? そういえば華純さんはこの世界で魔法は使えるのですか?」

「ええ、少しね。私を親切に拾ってくれた方が教えてくれたのよ」

「その人は今どこに?」


 華純さんは静かに首を横に振った。武彦は深入りしすぎたと反省する。


「あ、その……ごめんなさい」

「いいのよ。彼は、私にこの世界のすべてを教えてくれたの」


 華純は胸に手を当て微笑んでいる。


「そうだ、ぼくも結構魔法を使えるようになったんですよ」


 武彦はしんみりした空気を変えようと華純に魔法を見せた。自慢の指サックをつけて炎を出す。しかし、その魔法をみた華純は青ざめ怯えた顔をした。


「ヒッ」


 怯えた華純の表情を見て、武彦は慌てて炎を消す。華純の顔はうつむいている。武彦は慌てて謝った。


「ご、ごめんなさい」

「い、いいのよ。びっくりしただけ。ごめんなさいね。えっと、何を話していたかしら」


 顔を上げた華純の表情は笑顔に戻っていた。



 ◇



 遺跡調査当日。武彦はツリーハウスの窓から朝日を浴びながら大きく伸びをした。ちょうど寮の先輩であるベルデも同じように伸びをしている姿が見えた。武彦に気がつくと元気な声で朝の挨拶をした。


「おはよう!」

「おはようございます」


 ベルデは小柄な体に似合わない大きな荷物を背負っていた。剣や巻物が鞄からはみ出している。


「先輩も実習なんですね」

「そうだよ。最近多くてさ。内容も難しいものばかりだよ」


 ベルデは不満を言いながら肩を回し、疲れているとアピールした。そしてツリーハウスから出て行った。武彦も出かける準備をして荷物をまとめた。


 武彦は寮を出て、学園に向かって走り始めた。集合場所である広場に着くとフェリシアの姿が見えた。


「おはよう、フェリシア。早いね」

「おはよう」


 フェリシアは岩に腰掛けて紙に何かを書いていた。武彦はフェリシアに近づき、何をしているのか尋ねた。


「それ、いつもの計画書?」

「ちがうわ。コンテストの出し物の候補を書いているのよ」とフェリシアが答える。

「なるほど。候補はどんなのが決まったの?」

「全然決まってないわ」


 フェリシアはため息をつくと困ったような顔で、武彦に紙を見せた。武彦は紙に書かれた候補を読み上げる。


「歌、演奏、魔法演舞か」

「あなたたちに出来そうなのをひねり出したのよ。それでね、武彦。あなたはどんな音楽が好きなの?」


 急に聞かれて武彦は困ってしまった。自分の好きなアーティストの曲がこの世界の人々に合うかどうかわからない。曲にも好き嫌いがあるし。考えを巡らせていると、一つだけ思いつく曲があった。武彦が本来卒業式で聞くはずだった曲だ。世界で愛されているこの曲なら大丈夫だろうと思って鼻歌を歌う。うろ覚えでフェリシアに聞かせると、フェリシアはきょとんとした顔をした。ダメだったかと思った時、フェリシアに力強く肩を掴まれた。


「心に響くいい曲ね! すごいわね、タケヒコ。あなたが作ったの?」

「まさか! パッヘルベルの曲だよ」

「パッヘルベル? 誰それ、親戚?」


 フェリシアが興味津々で聞いてくる。早く話しなさいと言うように肩を揺する。


「彼は三百年以上前の………いや、なんでもないよ。ほら、リナシー来たみたいだし」


 武彦はあまり自分の世界のことを話すべきではないと思い直し、話題をそらそうとした。ちょうどゆっくり箒で飛んでくるリナシーの姿が見えたので、フェリシアの視線をそちらに向けた。


「また秘密なの? でもいいわ、曲だけは教えてもらうから」


 武彦の肩を力強く掴み、離すとリナシーを迎えに行った。その後すぐにレドモンドも到着し、アルティス街方面の村へと出発する。



 ◇



 四人は遺跡のある場所にたどり着いた。しかし、周りを見ても岩だらけで遺跡のような建築物は見当たらない。フェリシアは地図を取り出した。


「遺跡が見当たらないわ。おかしいわね。場所はここだと思っていたのに」

「魔族の争いで遺跡が壊されたとか?」


 武彦は足下に割れた岩がたくさんあることに気がつき、欠片を足で蹴った。後ろを歩くリナシーに腕を軽く引っ張られる。


「ここに階段みたいな跡があるよ」


 リナシーに言われ足下を見ると、確かに長方形に削られた石が段差を作りながら並んでいる。三人で地図と場所を見比べていると、一番後ろにいたレドモンドが口を開いた。


「遺跡はこっちだ。着いてこい」


 そういうとスタスタと先導を歩いた。武彦はフェリシアとリナシーと顔を見合わせると、慌ててレドモンドを追いかける。


 しばらく歩き、ひときわ大きい岩の後ろにまわると、切り出された石が門のように積まれていた。そして、暗い空間がそこにあった。足下には地下への石の階段が見える。レドモンドは短剣に火を灯して松明のように持ち、暗い入り口に入っていった。武彦もその後に続いた。


「よく、ここが遺跡だとわかったね」


 武彦は前を進むレドモンドに関心して話しかけた。


「俺の故郷だからな」

「故郷だったんだ……」


 この村は昔魔族に襲われたとフェリシアが言っていたことを武彦は思い出した。つまり、レドモンドが魔族を殺したがっているのは街を襲われた復讐のためなのかなと武彦は思った。

 長い階段を降りると中は暗く、明かりは地上の岩の隙間から入ってくる太陽の光だけだ。異様に冷たい空気が流れる。武彦も明かりをつけて周囲を見回した。地面は崩れた岩と土、石の壁には豪華な装飾が施されていた形跡が見える。石で作られた長椅子が同じ方向にたくさん並んでいた。


「遺跡の調査とかいてあったけど、具体的に何をすればいいんだろうね。お宝とかなさそうな雰囲気だよ」


 武彦は遺跡の内部をぐるりと見渡しながら不満そうに言う。フェリシアは杖を高く上げ、天井部分を調べながら教えてくれた。


「怪しい物がないか調査よ。ならず者のたまり場になっていないかとか、違法な物の取引現場になっていないかとかね」


 怪しい物を探そうと、武彦は壁に沿って調べていった。石の台の上に石の器が置いてあるのを見つけた。中を覗くと、ピカピカと光る銀貨と銅貨が入っていた。武彦は一枚の銀貨を手に取って、誇らしげにみんなに見せた。


「ねえ見てよ、ここに銀貨が置いてある」


 武彦の銀貨を見ると、フェリシアが銀貨の説明をした。


「神様に捧げた銀貨ね。この遺跡は神を司る場所だったらしいわ。それでどうしたの?」

「こんなに綺麗な銀貨があるのはおかしいと思わない?」

「なんで?」

「銀貨は長時間放置すればくすむはずなのに、この銀貨はピカピカなんだよ。つまり、最近ここにお金を置いた人がいるってことだ!」


 武彦は名探偵の気分になり、どや顔で話した。しかし、三人はぽかんとしている。フェリシアが口を開く。


「銀貨がくすむ? 銀貨は常に綺麗なのが当たり前よ」

「え? そうなの」


 武彦はここが自分の世界とは違うことを思い出した。しかも魔法の国だ。


「硬貨には魔法がかけてあるもの。偽造防止、破壊防止、あと盗まれたときの追跡の魔法がね。汚れ防止の魔法もかかっているし、くすみがないのは当たり前よ」


 武彦は自分の推理が外れたことに肩を落とし、銀貨を器に戻した。自信満々だったことが急に恥ずかしくなって、近くの椅子に腰掛けて腰を丸めた。この遺跡に怪しい物なんてあるのだろうか。地面を見ながら考えていると、足下に足跡がかすかに残っているのを見つけた。蹄のような形をしている。


「ねえ、この遺跡に蹄のある魔法動物って入ってくることはある?」


 武彦は地面の足跡を指さし、フェリシアに質問した。


「迷い込んできたならあり得る話ね」


 フェリシアは武彦の指さす場所に目をやり、肯定する。


「ここに足跡が残っているんだよ」

「ほんとだ。あら、ここにもある」


 二人で周りの足跡の探していると、レドモンドが少し離れたな場所で明かりを地面にかざし、指摘する。


「大きさの違う足跡もあるな。こっちは小さい」


リナシーも地面にかがんむと足跡を探した。地面の周りを照らすと武彦の顔を見て首をかしげた。


「魔法動物のたまり場になっているのかな? でもあるのは足跡だけで、フンや体毛はないみたいだよ」


 リナシーは不思議そうに言った。


「まさか………魔族?」


 武彦とフェリシアは同時に顔を見合わせた。

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