第10話 同じ世界から来た人

 休日、武彦を含む4人で学園近くのツリー街で買い物に行くことになった。武彦はフェリシアの箒にリナシーと一緒に乗せてもらい、飛んでいる。レドモンドは魔法で作り出した雲に乗って後ろからついてくる。武彦は雲に乗せてもらえないか頼んだが「すまんな、1人乗り用だ」と断られた。


 ツリー街は巨大な樹木の根に密集するように家や店が立っていた。魔法実習で行ったルミナ街は空から見た限り、地面は石で舗道されていたが、ツリー街は木の根だらけだ。

 武彦は巨大な木々の存在に圧倒され、口を開けたままその景色を見た。


「すごい景色だね」

「もうすぐ平和の祝祭が始まるわ。すべての街がお祭りに染まる景色はもっとすごいわよ」


 フェリシアが楽しそうに話す。


 商店街が見えてきた。お店に並ぶ商品を武彦は眺めた。わくわくしながら眺めていると、宝石のようにキラキラと光り輝く物が視界に入った。武彦は前に座っているリナシーにあれは何かと聞いた。


「あれは結晶だよ。魔力が物質化したもの。すごく高いんだ。でも結晶があれば魔力足りなくても魔法が使えるし、魔方陣を書いて結晶使うことで誰でも魔法が使えるようになるし便利なものだよ。」


 二人の話を聞いていたフェリシアが補足する。


「高級な魔法道具には結晶が入っているから高いものが多いわ。結晶なしの魔法道具を探しましょう」


 しばらく飛んでいると、フェリシアは一つの木の前で箒を停止させた。木の根元の部分がお店になっており、薄暗い店の中が怪しい商品で照らされている。


「まずはこのお店から見てみましょうか」


 箒から降りると、後ろから着いてきたレドモンドが手を上げる。


「俺はここに興味ない。剣を見てくる」


 どこかに行こうとするレドモンドを引き留め、フェリシアは小さな紙を鞄から取り出した。


「待って、勝手に行かないで。この地図を持って行きなさい。みんなの居場所がわかるようになっているから」


 フェリシアは三人それぞれに地図を渡す。渡された地図は、モイラにもらった学園の見取り図と似ていた。


「名前と居場所がわかるようになっているから、その地図なくさないでよ」


 フェリシアは言ったあと、思い出したように杖を取り出し、その杖をレドモンドに振り下ろした。すると、地図を持つレドモンドと地図が銀色に光る糸でつながれる。フェリシアは杖を左右に揺り、レドモンドに言い放つ。


「勝手な行動をしないように監視するわ」


 フェリシアは得意げな顔をした。

 レドモンドは嫌そうな顔をすると剣を探しに一人で移動した。

 フェリシアは武彦とリナシーを手招きすると、店に入った。中は意外に広い。武彦は店の中をゆっくり見まわす。テーブルには様々な形の杖、棚に怪しく光る瓶や気味の悪いイラストの描かれた袋、天井には乾燥された奇妙な生き物がぶら下がっている。


「いらっしゃい」


 ソフトクリームのような髪型をした店員がカウンターから元気よく声をかけた。


「何かお探しですか?」


 手をこすり合わせニコニコしながら武彦たちに聞いてくる。


「タケヒコくん。どんなのがほしいか希望はあるの?」


 リナシーがひそひそと武彦に声をかけた。


「うーん。魔法の威力のコントロールか空を飛びたいな」


 武彦は浮遊魔法が全くできなかった。授業で何度か箒にまたがったが、一ミリも浮くことはなかった。

 武彦は元の世界での体感や記憶に基づいて魔法のイメージを作っている。飛行機で飛んだことを思い出しても、体に軽くGがかかる程度だ。パラグライダーでも体験しておけばよかったと後悔していた。飛べるようになる魔法道具があるなら是非ともほしいと思った。


 店員のカウンター近くに箒が陳列し、その近くに絨毯や布が置かれた棚がある。武彦はカウンターの前に行き、店員に話しかけた。


「空を飛べる魔法道具はありますか?」

「もちろんですとも。そちらの空飛ぶマントはどうですか?」


 店員から棚の上の畳まれた黒い布を指さす。

 武彦は手に取って広げてみた。とても軽くてつやのある生地で出来ている。空を飛べるマントと聞いて、ヒーローみたいだとほしくなって聞いた。


「おいくらですか?」

「金が二枚」


 金額を聞いて、マントを棚に戻す。隣の絨毯も一応聞いてみたが、金貨十枚といわれ、おそるおそる棚から離れた。


「高いよ。買えないよ」


 後ろで様子を見ていたリナシーに武彦はそっと耳打ちする。


「そうだね。銀貨で買えそうな魔法道具はここにはなさそう」


 リナシーは小声で店の中をチラチラと見た。


「浮遊魔法系の魔法道具は高いわよ。みんな楽をして飛びたいのね」


 フェリシアはそう言うと、カウンターの店員のもとに行く。


「すみません。銀貨四枚分で買える魔力をコントロールする魔法道具ありますか?」


 銀貨四枚と聞いて、武彦は慌ててフェリシアに駆け寄った。


「フェリシア、銀貨は二枚しか持ってないよ」

「あら、私の分をレドモンドから報酬で受け取ったでしょう?それとも空だったかしら」

「あれは返すつもりだよ」


 武彦は革袋をフェリシアの手に渡そうとしたが、いらないと手で押し返された。フェリシアはそのまま店員と会話を続けた。


「こっちのことはお気になさらず。ねえ、ないかしら?」


 店員は髪の端を弄りながら考える。


「銀貨で買えるものね。それだけじゃ特定の魔法ぐらいしかコントロール出来ないけど、あるにはあるよ」


 店員はカウンターから出ると、店の奥の棚に向かった。三人でその後ろをついて行く。店員は棚のから革製の指サックのような物を取り出した。文字のような刺繍があり、赤、青、緑、黄色のそれぞれ四種類のカラー違いがある。


「ウーベルティス社の指の魔力制御具さ。魔力の威力を2倍きっちり上げ下げできる品だよ」

「2倍!?すごいですね」

「ははは、みんな子供のおもちゃ扱いするけどまあいい物だよ。試してみるかい?これは火の魔法制御具だね。この印が表にくるようにはめればいい」


 店員は赤の刺繍がされている指サックを武彦の人差し指にはめた。武彦はライターをつけるイメージをする。ライターの火の二倍はどのくらいだと思っていると———


「わあ、すごい。いつもの火よりすごく大きい火だよ」


 リナシーは驚きの声をあげる。

 武彦の指からガスバーナー並の炎柱が天井近くまで吹き上がっていた。予想外の威力に情けない声をあげる。


「わわわ」

「あれ、不良品かな。すまないね。こっちはどうだろう。今度は威力を下げようか。こうやってひっくり返すんだよ」


 店員が指サックを取り替えた。今度は緑の刺繍がされている指サックを裏返してはめる。


「風の魔法ね。あの爆風と範囲を押さえられたら使える魔法の幅が広がりそうね」


 フェリシアが興味津々で武彦が魔法を使うのを待っている。みんなが身構えるなか、武彦は台風の日をイメージした。そよそよと情けない風が店内をめぐる。気まずい沈黙が流れた。


「まったくウーベルティス製はこれだから嫌だよ」


 店員はすまないねと指サックを棚に戻そうとした。


「いや、これ買います。ぼくのせいかもしれません」


 武彦はモイラにもらったペンダントや魔法庭園のシャボン玉の壁のことを思い出した。自分のせいで魔法が上手く作動しないのかもしれない。そうなら申し訳ないと買うことに決めた。それに考えようによっては上手く使えるかもしれない。


「ええ、本当にいいの?在庫全部渡すよ。銀貨四枚でどうだ」


 武彦は承諾し、指サックを買った。


 ◇


 店を出ると、フェリシアがくるりと武彦とリナシーの方に向きを変えた。


「さあ、タケヒコの買い物もすんだし、時間があるから他も見てまわりましょう。最近出来た洋服店が気になるわ。行きましょう」


 フェリシアの箒に乗ってついた店は、女子がたくさんいてキラキラしていた。とても男子が入れるような雰囲気ではなかった。武彦をチラチラ見てくる女の子の視線が気まずい。


「ごめん。二人で見てきて。ぼくはその辺をぶらぶら見てまわるよ」

「そう、じゃあリナシー行きましょう。終わったら地図で連絡するわ」

「え、わたしも行くの? 服を買う予定はないよ」

「いいじゃない。見るだけでも」


 フェリシアはリナシーを手をとると店の中に入っていた。武彦は洋服店から少し離れたところをぶらぶらする。しばらく歩いていると料理の匂いが漂ってきた。その匂いはどこか嗅いだことのある懐かしい匂いがした。


 武彦は匂いを頼りに、どこから漂っているのか探した。商店街からぽつんと離れた小屋を見つけた。


 自分の世界と同じ料理の香りがそこからあふれている。武彦は店に入って中を見回した。見たところ他に客はいないようだ。


「いらっしゃいませ」


 白い割烹着を着た中年の女性の声が武彦を出迎えた。武彦は女性の姿に目を奪われる。懐かしい感覚を覚えた。


「お客様?」


 女性が不思議そうな顔をして武彦を覗き込む。武彦は慌てて、席に着いた。

 メニューを開き、料理の写真を見て武彦は大きな口を開ける。信じられない。全部見たことのある料理だ。オムライスにカレー、とんかつ定食まで。味噌汁までついていた。


 武彦はとんかつ定食を頼んだ。運ばれてきたとんかつを目の前にして武彦の心臓はバクバクしていた。一口食べると、予想通りの味が口の中を広がる。思わず涙がこぼれた。


 大好物のとんかつ。よく母が作ってくれた。味噌汁も毎朝作ってくれた。武彦の脳裏には家族とテーブルを囲って食事の風景が浮んだ。


 女性は泣きながらご飯を食べる武彦の様子を静かに見つめていた。武彦は夢中で食べ終えた後、女性にお礼を言った。


「おいしいかったです」

「よかった。この味を再現するのに苦労したかいがあったわ。この世界の人たちの口には変わった味としか思われなかったから」


 武彦の世界と同じ料理を作る女性。武彦は女性の正体が気になった。


「あの、あなたは……」


 武彦が言いかけて、女性は少しかがむと、小声で耳打ちした。


「他にお客さんもいないし、いいわ。私の秘密、教えてあげる」


 店の裏にある部屋に連れていかれ、中を見て武彦は驚いた。部屋の壁一面に絵の描かれた紙が貼られている。家、ビル、車、飛行機、その絵は武彦のいた世界にあったものが描かれている。武彦はよく見たいと壁に駆け寄った。


「あなたはもしかして」

「ええ、わたしはこの世界とは違う別の世界から来たの。華純かすみといいます」

「そうですか。ぼくも同じなんです! 武彦といいます」


 武彦は自分以外に同じ境遇の人がいることに驚きとうれしさがあふれてきた。壁の絵を一枚一枚、見ながら思い出話が止まらなかった。


「この山は富士山ですよね。登ってみたかったな」

「この世界の乗り物はみんな魔法を使うから移動が大変です。自転車が恋しいですよ」


 武彦が一方的に話しても、華純は頷きながら静かに聞いていた。若い男性の絵を見つけ、武彦はこの絵は何か聞いた。


「これは華純さんの息子さんですか?」

「いいえ、私の夫よ」

「夫!?」


 武彦は驚いた。絵の男性は若く、二十代後半に見えた。華純さんは五十代くらいだろうか。年の差婚かなと考えを巡らせていると華純さんが絵を優しく撫でた。


「わたしはこの世界に来て三十年いるから」

「さ、三十年!?」

「ずっと帰る方法を探しているけど、なかなか見つからないくて」


 華純さんは遠くを見つめるような目をしていた。


 ちょうどその時、地図を入れたポケットからフェリシアの集合の合図の光がともった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る