第3話 出会い

体がぐらぐらと揺れる。いや揺らされている。母さんが起こしに来たのだろう。


「まって、あと五分……」


体はだるく、まだ寝ていたかった。


「おはよう!タケヒコくん。寝過ぎだよ!」


元気な声が聞こえた。母さんじゃない!?慌てて起き上がると少年がいた。お皿を持って顔をのぞき込んでいる。ああ、そうだった。ベルデという人だ。夢だったら良かったのに。武彦は昨日のことを思い出し、ため息をついた。


「ほら、早く。タケヒコくん初日から遅刻は恥ずかしいぞ」


手に持っていたお皿を武彦の前に持ってきた。ピンク色のふわふわした食べ物。パンケーキのようだ。


「わかりましたよ。朝ご飯ありがとうございます。えっと、必要なものは」


お皿を受け取って、行儀が悪いがその場で食べた。昨日もらった鞄を開けて中身をあさる。服と本がほとんどだ。制服と言っていたな。ベルデの格好を横目で見て、同じ色と形の服を見つけた。


「制服はこれかな。あと必要なものは本か。って、今日の授業で必要なものがわからない!」

「タケヒコくん、準備してなかったの?ちょっと鞄を拝見するよ」


ベルデは鞄をどれどれと見た。薄めの本を手に取ると、パラパラとページをめくった。


「タケヒコくんは中等部一年生か。俺の後輩になるね」


ベルデは本を閉じるとツリーハウスの窓際に移動し、大声で叫んだ。


「おーい!中等部一年!今日の授業は何があるんだ?」

「今日は午前に魔法理論の授業と魔法防衛術です!午後は魔法庭園で魔法植物の世話です!遅刻するのでお先に失礼します!」

「だってさ」


ベルデは窓の外を指さし、こちらに振り返った。


「すみません文字が読めないもので。どの本かわかりますか?」

「文字が読めない?タ、タケヒコくん、まさか。い、いやなんでもないよ」


すまないとベルデは謝り、必要な本と道具を揃える。何を言いかけたのだろうか。

不思議に思いながら武彦は制服に着替えた。ベルデは本の用意が終わると大きな鏡をわざわざ隣から持ってきた。軍服みたいな制服だ。深い緑色の生地に金の刺繍とボタンで飾られている。まさかブレザーを着る前に軍服を着ることになるなんて。ネクタイを締めながらそう思った。


「靴はこれね。あ、マントも忘れないで」


ふくらはぎまであるブーツとマント。見慣れない格好に戸惑った。


「お、いいじゃないか。さあこれで準備はできたね。早く行こう。本当に遅刻しちゃうよ」


ベルデは武彦がお礼を言う前に手を掴み、学園に急いで向かった。



武彦とベルデは急いで教室に向かった。学園に入ってすぐのところでベルデは立ち止まった。


「ここが魔法理論の教室だよ。じゃあ、ここでお別れだね」

「ありがとうございます。助かりました」


ベルデと別れて、教室の方を向き直る。教室の扉らしきところは木の根で覆われていた。どう入ればいいのかとその場で考えた。


「あー君だね。今日から入学するササヤマタケヒコさん」

「うわっ」


急に声をかけられて体がビクッと反応した。後ろを振り返ると、緑の蝶ネクタイが目立つオールバックの男性が立っていた。


「おっと驚かせてごめんね。話は聞いているよ。魔法理論を教えているデオンだ。よろしく。さあ、教室に入って」

「はい、お世話になります」


デオン先生が根の扉の前に立つと、ずるずると根が引っ込んだ。武彦は先生の後ろをついて教室に入る。

天井は木の葉で覆われており、そこから垂れ下がる花が明るく光っている。木はそのまま部屋の柱となっていた。

デオン先生の隣に立たされ、紹介された。


「みなさん、今日から入学することになったササヤマタケヒコさんです。何か自己紹介があればどうぞ」


自己紹介と言われ何を話せばいいのか、わからなかった。趣味を話すにも通じるのかがわからない。


「タケヒコと呼んでください。魔法は使えませんが、よろしくお願いします」


簡単な挨拶をすませると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。

「15歳にもなって魔法が使えない?」「はは、初等部から入学した方がいいんじゃないか?」「いやいや、3歳児に教えてもらわないと」

ガヤガヤと騒がしくなった。


「静かに」


デオン先生がその場を制した。


「魔法が使えないからと笑うのをやめなさい。タケヒコさんに失礼だ。彼は魔法を学びに来たんだ。笑うのではなく応援してほしい」


まったくと、先生は武彦のほうをむく。


「今日は、座って話を聞いていなさい。気を落とさないで。魔法が使えなくても学ぶことはたくさんある」


移動中、生徒たちからじろじろと見られた。あいている席は前しかなく、そこに座る。隣の端で、縮こまっている栗色の髪の女の子と目が合った。女の子は小さく頭を下げる。つられて頭を下げ、小声でよろしくとニコッと笑った。


「四大元素の章を開いて。今日は組み合わせの授業だ」


授業を聞いて、大事そうなところをメモする。四大元素は火水風地。組み合わせることでより高度な魔法が使えるという。モイラは風をおこして川から学園に瞬間移動していたことを思い出した。あの魔法も組み合わせることで使えるのだろうか。


「なにその文字?どこの文字よ」


後ろの席から急に声をかけられた。金髪の女の子だ。身を乗り出して見ている。


「これは、君には関係ないよ」


思わずメモを隠してしまった。武彦は自分が別の世界から来たことがばれるのが怖かった。


「なによ、ケチ。まあいいわ、後でまた見せてもらうから」


すました顔で女の子は席を座りなおした。いきなりなんだろうと武彦は思ったが、授業に戻った。



「諸君。身を守るために一番必要なことは?そう筋肉だ」


力こぶをみせ、ポーズを決めて語るのは魔法防衛術のムスクロ先生。オリーブ色の筋肉が目に入る。

デオン先生に魔法防衛術の教室を教えてもらい、今学園の地下にいる。木の根と白い壁以外は何もない部屋だ。


「今日も受け身の練習だ」


えーと生徒たちの不満の声が上がった。


「受け身は防衛術で最も大事なことだ。さあ、君。タケヒコ君といったね。さっそく体験をしてみようか」


ムスクロ先生に部屋の中央に手招きされ、先生と向き合った。受け身ならできそうだ。前の世界でも体育で柔道の受け身の練習をしてきた。こいと身構えた。

ムスクロ先生に腕を掴まれると体が宙に投げ飛ばされる。知っている受け身じゃないと思いながら、視界が回り天井が近くに見えた。そして尻に強い衝撃が走った。


「痛た!…………くない?」


しかし、痛みはなくなった。不思議に思いながらも尻をさする。


「大丈夫。この部屋には回復魔法の効果があってね。受け身を覚えるための痛みを感じるだけだ。さあ、どんどん飛ばされよう」


「こい!」というかけ声とともにつぎつぎ生徒が投げ飛ばされていく。

ただ一人の男子生徒は違った。投げ飛ばされても華麗に着地を決めたのだ。その顔はつまらなそうだった。

「レドモンド君!受け身の訓練中ですよ!着地を決めては練習になりませんよ」

「なまぬるい受け身の授業は飽きました。早く体術を教えてくださいよ」

銀色の髪をかき上げながら、彼は言った。


「彼は本当に協調性のないひとね」


聞き覚えのある声がした。金髪の女の子の声だ。男子生徒を呆れた顔で見ている。

彼女の様子を見ていると、武彦の視線に気がついた彼女と目が合った。


「あら、あなた。私をじろじろ見て失礼ね。文字でも見せてくれる気になったの?」

「なんでそんなに見たがるのさ」

「知識にない文字だからよ。私はすべてを知りたいの。魔法をさぼっているあなたとは違うのよ」

「さぼってる?」

「ええ、あなたはその歳でまだ魔法が使えない。学ぶことをさぼったとしか思えないわ」

武彦は彼女の言葉にむっときた。初対面で失礼な子だと思った。彼女は武彦の態度に気がついたのか、ふんっとそっぽを向いた。


「そこ、無駄話をしない!」ムスクロ先生の声が響いた。



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