ぼくの名前は佐々山武彦
桃花西瓜
第1話 知らない世界
夕暮れの空にオレンジ色に輝く雲。奥から墨のような雲が流れてきた。雨が降りそうだ。近くの川から冷たい風が吹いてくる。
「もう、お腹ぺこぺこだよ」来年高校に進学する佐々山武彦はつぶやいた。彼は今日も部活動の練習が長引いて、帰りが遅くなってしまった。
——夕飯はトンカツよ。寄り道しないで帰ってくるのよ
今朝の母の言葉を思い出した。
今日は母さんがトンカツと言っていたのに!早く家に帰ろうと足を速めた。
揚げたてのトンカツを求めて夢中で走った。
走っていると前方に川に近づく小さな人影を見た。子供だ。なんでこんなところに子供が?足の動きを止めた。
「おーい。一人でこんなところに………」
子供に近づき、声をかけようとした瞬間。
子供がびっくりして、武彦の方を向いた。しかし、子供は体のバランスを崩し、頭から川に落ちてしまった。
「ああ!」
武彦は思わず男の子を助けようと学ランの上着とカバンを脱ぎ捨てて川へ飛び込んだ。
川は思ったより深く、そして流れが速かった。
水に濡れた服は重くなり、体にへばりついて思うように動けない。
部活後の疲れた足を必死に水の中で動かし、子供の元へとたどり着く。子供は恐怖で顔が引きつり、必死に体をつかんできた。
流れてくる流木から子供をかばいながら、なんとか子供を岸へと運ぶ。よし、これで大丈夫。川から上がろう。しかし、つかんだ石に手が滑り再び川に落ちてしまった。
——このままじゃ死ぬ
武彦はパニックになった。水面がどの方向かわからない。速い流れで体の自由が奪われる。息が出来ずそのまま気を失った。
◇
子供は無事だろうか。暗闇の中でそう思った。
何やら耳元が騒がしい。ああ、頭が痛い。そんなに大声で話しかけないでくれ。
顔をぶんぶんと振りながら目を覚ますと、まぶしい光と知らない顔がのぞき込んだ。赤い髪の派手な女性だ。この人が川から助けてくれたのだろうか。お礼を言おうと起き上がろうとした。しかし、女性にとめられ、そのまま寝かされた。
「あの………助けてくれてありがとうございます」
しかし、女性は首をかしげ何かを言った。
頭が回らない。頭でも打ったのだろうか。この人が何を言っているのかわからない。
武彦は女性のしゃべる言葉が理解でできなかった。
女性はなにやらカバンをごそごそ探しだし、瓶を取り出した。そしてその瓶の中身を武彦の口に流し込んだ。
「ゲホッゲホッ」
いきなり液体を飲まされ、思いっきりむせた。しかもひどい味だ。
「ああ、ごめん。君の言葉がわからなくてさ」
女性はハンカチで口の周りを拭いた。
「なに、え?あれ?言葉がわかるぞ」
「この薬のおかげだよ」
女性は瓶を振って見せる。その瓶を武彦に渡した。
瓶を受け取り、まじまじと見る。どういう仕組みなんだろう。脳にどんな作用が?
「言語の違う生物と会話するための薬だよ。捕虜用に持って良かった」
「捕虜!?ぼく捕まったのですか!?なんで!?」
あわてて後ずさりをする。もしかしたら川をくだり、海を渡り、海外まで不法侵入してしまったのかと思った。
「いやいや、別に君を捕まえたいわけじゃないよ。私が捕まえたい相手は別だよ」
「はあ、そうですか」
「で?なぜ君はな川から流れてきたの?」
「そうだ!子供!」と叫んで川岸を探した。しかしそこには子供の姿は見当たらず、なにより見覚えのない場所だった。
「どこだ!?ここ!?」
◇
「君は溺れていること子供を助けようとして川に溺れたと」
「はい」
「ここのことは何もしらないと」
「はい」
女性はうーんと考え込んでいる。沈黙の時間が過ぎる。
「本当にここは天国じゃないんですよね」
「もう、何回聞いてくるの。ほら、私は生きているよ」と武彦の手を掴み、首の脈を確認させた。女性の首は暖かく、とくとくと脈の感覚が手に伝わる。
「いやー、あなたがお綺麗な人で、天使かと………」とおだててみるが効果はなかった。
女性がため息をつき呆れた顔をすると、スッと立ち上がった。
「ここにいても仕方が無い。とりあえず相談を………そうだ私の通う学園でも来る?」と武彦に手を差し出した。
行く当てもないし、今は女性に甘えよう。
「お世話になります」とその手を取った。
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