第16話 歩みよる真実

 マルゾコは悩んでいた。


「……何度か調整してきたから、勝手は分かる」


 ボルニーロら『土くれ鎧』が持ち帰った古代遺物のひとつ『表情を持つ頭マルチフェイス』は、過去何度かマルゾコの元にたどり着き、その度プルクの頭部に内蔵されてきた。


 部品サイズや現代風の調整が必要とはいえ、その造りは精巧で、現代の錬金術師では再現が難しい機能がたくさん盛り込まれている。


「問題はこの箱だ」


 彼にとって、この箱ほど謎めいたものはない。


「どのような問題があるのですカ?」


 発声器官のみ残したプルクが、その記憶の齟齬そごを聞いてきた。


「あれ? 俺と同じ記憶を持ってるんじゃあ」

「記憶は共有されてまス。でモ、疑問点を導き出したりする機能は持ち合わせてないでス」

「ああ、そういうことか」


 マルゾコは少し考えて、頭の中を整理させた。


「まず、保存状態が良い。良いというか、まるで箱にしまったばかりのような瑞々しさがある。箱の外部と内部にびっしり刻まれた構築式は、読めないけど見たことのある記述がチラチラあって、この箱自体にもかなり錬金術が施されてる跡がある」

「問題点に繋がりませン」

「この箱は、今までなかったものだ。なぜこれが出土した?」


 マルゾコは、それでも手を動かしながらプルクに頭パーツをセットしていく。


「確かに、そんな箱の記憶は私にも記録されてナイですネ」


 流石にプルクへのセットアップには慣れた手つきで行っていく。


「なぁんか、今回はおかしい事が多すぎる…… よし、できた」


 しかし、プルクは相変わらずマルゾコには無表情だ。


「うん、うまくいったみたいだな」

「どうしてわかるんですカ?」


 プルクは少し不服そうにつぶやいた。


「俺はお前の製作者だぞ? 満足そうな笑顔が見える」


 そう言ってマルゾコはフラスコの中身を黄色く染めてくゆらせた。



   Δ



 数日後。


「じゃあ、そろそろ今日は店を閉めるか」


 夕方、太陽がほぼ地面の布団へと潜る時間。


「あっ、マルゾコさん!」


 表の看板をしまいに外に出たマルゾコに、誰かが声をかけてきた。


「はい、……ギルドの人? なんでしょう?」


 声の主を見ると、顔は覚えていないが服装から冒険者ギルドに従事する男性だと分かった。


「あの、実は『鷹羽の帽子』のメンバーが……」


 マルゾコのフラスコがヒリつく。

 毎度彼らの勇み足には肝が冷えているが、だいたい夜中である事が多い事故に対して、今回はまだ日も見える時間だ。


「なにか、あったんですか!?」


 いつもの事故なら一人、前回は二人が致命傷を負って運ばれてきた。

 幸いにも死亡事故にはならなかったものの、状況によってはまたローティアの手も借りなければいけないだろうことに、マルゾコは少々覚悟を決めなければならない。


「それが、妙な少女を助けたらしいんですが」


(……少女?)


 フラスコの中身が青紫に染まる。


「素人目ではちょっと分からなくて」

「いやその説明で何を困れって言うんですか」


 要領を得ない話し方に、マルゾコは仕方なく店じまいをプルクたちに任せてギルドへと向かった。


「あ、マルゾコさん!」


 ギルドの外にある修練場で槍の素振りをしているケランがマルゾコを呼び止めた。


「やあ。ちょっと呼ばれてね。女の子を助けたんだって?」

「女の子って言うか、なんていうか」

「……??」

「ま、まあ見ればわかるよ。私たちじゃあよく分からなくって」


 そう言うと興味をなくしたのかまた素振りに戻っていった。


「さ、こちらです」


 傾きかけた太陽が裏口を朱に染め、記憶にある景色との違いがマルゾコを少し焦らせた。


「なんでも、薄赤色の結晶を握りしめていたとかで」


 ギルドの男性がマルゾコを案内した先には、簡易ベッドに横たわる奇妙な人影だった。


(……フェクタ、か?)


 彼女は、マルゾコに新たな記憶が刻まれるたび出会った時の容姿が異なる。

 前回は犬や猫・狼に似た顔や姿をしていたが、今回は霊長類…… 猿やゴリラに近い毛深さと容姿を持っていた。


「多分、人造人間ホムンクルスだと思うんですが、鷹羽の帽子メンバーによると人語を話していたと」

「ははあ、なるほどね……」


 世間の常識では、人造人間は『ヒトでない何かから、ヒトを作る技法』の結晶だと思われている。

 だが、錬金術をかじったものなら『ヒトすら材料のひとつ』でしかない。

 そして材料にヒトが絡んだのなら、人語を操るのは決して難しい事ではない。


(そんでもって、この間のギルド襲撃事件で暴れたトカゲ男も魔法のたぐいで変化したんだと思われてるんだろうな、この様子だと)


 魔法と錬金術の境界は、わりと曖昧だ。双方ともエーテルを駆使して超常現象を引き起こしている。違う点があるとすれば、相手のエーテルを使うか自身のエーテルを使うか、に絞られる。


 今回の件で言うと、見た目の変化を伴う魔法は割とあるが、錬金術ではめったにない。それが今回の認識の齟齬でもある。


 もっと言えば、フェクタが今回連れてこられた理由はまさに『人語を話した』からなのだろう。下手をすれば『怪物モンスター』と思われても仕方がないのだが、怪物らは基本的にコミュニケーションを取らない。なのに人語を話すものだから奇妙に映ったに違いない。


「何を話していたか、は聞いてますか?」


 そうなると、マルゾコの興味はその内容だ。


「ええ、助けてほしいと。ちなみに近くの机の上にその少女が握っていた結晶がありますよ」


 マルゾコは近づいて結晶を手に取り、覗き込んだ。


(……間違いない、人間のエーテル結晶体・賢者の石だ。結晶化に犠牲となった人数も大体記憶にある人数から近い)


 彼女がフェクタ知り合いである可能性は非常に高いが、自分が彼女の声を聞いたわけではない。別人が賢者の石を持ち歩いていた可能性も、十分にあるのだ。


「とりあえず、彼女を診てみます」


 まずは軽く触診。

 とりわけ人形の身体なのでセクハラにはならないだろうが、部分的には注意しながら体全体を診察していく。

 とりあえず視覚的情報からは怪我などをしていないことを確認すると、要所要所で内部的な怪我がないかを探っていく。

 そして、胸のあたりに硬いものが当たったことで確信する。


(……恐らく、賢者の石だろうな)


 人造人間における核が露出している。いつもの流れならこれは彼女が強制的に埋め込まれた数々の生物とともに結晶化させられたものだろう。


「ローティアを連れてこれば、少しは興奮したかもしれないな」


 だが今はここにいないし、この少女も原因不明の気絶中である。


「うん、怪我もなさそうだし。多分疲れだと思うよ」


 エーテルから読み取れる情報からも、体に大きな以上はなさそうだと判断したマルゾコは、そうギルドの男性に伝えた。


「だけど、持ち物は少し物騒だな。これ、賢者の石だと思う」

「ああ、やはりですか。生産が国際的に自粛・縮小傾向にあると聞いてますし、下手したら国をまたいできたのかもしれませんね」


 そこで、マルゾコはふとある事を思い出した。


「そういえば、ザナスの国境付近で軍隊がたむろしてたっていうの、あれからどうなりました?」

「ああ。ありましたね、そういえば。こちら側にはそれ以上の情報は入ってきてないですし、もしかしたら解散して自国へ戻ったのではないですかね」

「……そうだといいんですけどね」


 彼女が持っていた賢者の石の出どころも確認したい。マルゾコはそう思ってギルドの男性に提案を進言した。


「よかったら、彼女が目覚めるまで一緒に居ていいですか? ちょっと聞きたいこともあるし」

「ぜひ、お願いします! 職員ももうこの時間はほとんど残ってないですし、助かります」

「あ、じゃあ一度戻って連れを引っ張ってくるので、もう少し待っていてください」



   Δ



「なるほどね、色々理解できた」

 フェクタが目覚めるまでの間、マルゾコは悩んだ結果今までの事を連れてきたローティアにかいつまんで説明した。

「何回くらいやり直してるの?」

「正確な数字はプルクが覚えてるけど、百回を超えたあたりで数えるのを止めた」

「……呆れた。どうしてすぐに私たちに言わないの!?」

「言ったさ。けど、結果が大きく変わる事がなかった。説明をした分、徒労に終わることの方が多かったんだよ」

 マルゾコの声には、明らかなある感情が籠っていた。

 それは、明確な『諦め』だった。

 終わらない実験を繰り返す。毎度毎度異なる結果を導き出す過程から、ほぼ決まった終末を突き付けられ、そしてまた、最初に戻る。

 協力者は、言葉は悪いが期待値以上の効果をもたらさない。自分しか、結局は頼りにならないと悟ったのだ。

 それでもマルゾコは、耐え、挑戦し、敗れてきた。

「だけど、今回は大きく変わってる。恐らく前提条件が違うんだと思う」

 マルゾコは少し声のトーンを上げてローティアを暗いフラスコの底から見つめる。

「前提条件?」

「いつもなら、俺は戻ってきた世界で最初にする『くさび』の打ち付けが、で始まってた」

「ああ、お姫様のね」

「多分、俺の記憶や経験は当てにならない。これ以上、繰り返し続けることも恐らく難しいんだろうと思う」

「どうして?」

「楔が打てないってことは、もう思うじかんへ戻れないってことだよ」

 今回の大きな問題は、そこだった。

「そして、前回の記憶からの流れから考えれば、近いうちにフォルザがここに来ると思う。……戦争の遺産を求めて、ね」

 突然タン、タンと大粒の雨が窓を叩きだした。

「……フォルザ? 誰、それ」

 マルゾコはフラスコの底で舌打ちをする。

「師・アデスを殺して俺たちの記憶を操作した兄弟子、フォルザ」

「……え? ボートレス、あんた何を」

 瞬間、ぴくりとローティアは体を痙攣けいれんさせた。

「ふぉ、る、ん……」

「俺はエーテル状このからだになって記憶の流れを読めるようになってから、自分の記憶の一部が改ざんされてることに気が付いたんだ。その内容こそ、俺たちが師匠の元を離れるきっかけになった事件の内容を、すっぽり消されてしまっていたことだった」

 ローティアは再度体を反らし、虚空に視線を送り始めた。

「あ…… ああ、あ!」

 ローティアの体内エーテルから薄いモヤがあふれ出す。

「そう…… レリジンも、ドフィーも……」

 ゆっくりと兄弟子たちの名前を口にし始めるローティアは、その視線も徐々にマルゾコへと焦点を合わせようと動かしていく。

「ボートレス…… どうして私たちは無事なんだ?」

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