第13話 切り開かれた運命の先で

「……んな、旦那!」

「お、おおう、悪い」

「まったく…… でも、珍しいよな、鑑定中に心ここに有らずな旦那を見るのは」


 マーラントに指摘され、自分らしくない自分にマルゾコは少し驚いた。

 彼が持ち込むミスリステンの鉱石も、毎回必ず同じ量を持ち込むわけではない。決して安くはない鉱石の鑑定も上の空では正確に行うことは難しいとわかっていながらも、心に引っかかる事柄の前には日常の出来事は些細な物となっているようだ。


「ちょっと、気になる事があってな」

「ああ、わかるよ。女だろ?」


 マルゾコはドキッとする。


「ほら、フラスコの中が揺らいだ。やっぱ旦那も男だねぇ」

「馬鹿言うな。女関係だからって色恋だと決めつけるやつがあるか」

「ちぇ、もう少し動揺して高額査定してくれてもいいのにさ」


 流石に金銭関係でコトを起こすことはできない。しっかり鑑定、説教をしたうえでマーラントは鉱石を売却して店を後にした。


「さて、プルク」

「はイ」

「これから奥でこれ……」


 そこでマルゾコはあることを思い出した。


「そういえば、深紅結晶の影響で記憶を共有してるって言ってたな?」

「はイ」

「この後、何が起こるかも把握してるのか?」

「97パーセントの確率で冒険者ギルドから精製前鉱石類の搬入が来まス。私はその間店の開店準備を行った流れで営業へ赴キ、売り上げをおよそ45000ルード稼ぎまス。その後、エンリーナ様が来店されて主がパンを召し上がった後、主とエンリーナ様が二人で大霊堂へと向かわれまス」


 その内容は、マルゾコの中にある今までの記憶と大きな違いはない。

 大体マーラントが鉱石詐欺で買い取りに来た日にエンリーナが現れて、一緒に大霊堂へ行く。こっちは生身の記憶なので詳細をしっかり覚えていないが、その流れに間違いはない。


「……エンリーナが来ないことはあったか?」

「いいエ。エンリーナ様の行動は一定でス」

「俺が彼女を調べたことはあったか?」

「ありませン」

「……そりゃそうだ。本人が一番よく分かっている」


 そんな会話をしていると、裏口から搬入を示す鐘の音が鳴り響いた。


「おっと、とりあえずそっちを片づけるか」


 今日もいつもと同じように、マルゾコ商店は営業を始めた。



   Δ



 いつもなら冒険者ギルドからの仕事と合わせて、大霊堂に向かう口実に作っていた油石鹸に取り掛かる時間である。


「ソラデニウムが入ってきたなら、作らないわけにはいかないんだよな」


 この体も相まって、彼は一人で大霊堂へ滅多に近づかない。地下に隠した例の件もあって持ちつ持たれつの関係であっても、一般の人達から見れば変な人形が孤児院に向かってるように見えてしまう。


「実行犯はどうあれ、黒幕はフォルザで間違いない。なら今までの経験上から考えると、恐らく俺が関わってるとは直前まで知らないはずだから、下手に目立つ行動は避けたいな」


 過去にもローティアがこちらに来たり、人造人間騒ぎがあったことはある。

 しかし、前回のようにフォルザが店に訪れたのは初めてだ。

 それを踏まえて今までの失敗内容をマルゾコは精査し始めた。


「まずは最初の十数回分だ。地下の賢者の石…… 分かりにくくて面倒だな、霊素結晶エーテルプリズムにしよう。最初の頃は霊素結晶がその出力を抑えられず暴走し、街が消滅しかけたっけ」


 マルゾコ自身、まだまだ卓越した錬金術師とは言えない。他人が作った賢者の石の解析には時間が必要になる。

 まして街一つを結晶に変えるほどの構築式をものの数日で読み解くことは、一流の錬金術師でも不可能だ。


「次はギルドの動きだ。この街の住人が動く分には問題ないが、他の街のギルド…… とりわけザナスの関係者の耳に入るのは困る」


 直前の戦争前に、国家間取り決めで賢者の石の生産を禁止された。正確な生成時期を提示できないこの街の巨大な結晶は、まさに再戦のきっかけになる。


「かといって、街を完全に封鎖するとエーテルの循環が行き渡らないんだよなぁ」


 街は、街として機能し続けることが重要なのだ。

 それでなくともくさびを敷く前の無人状態を見つかり、ギルドへ報告されている。その時点でどこぞの機関には知られているかもしれないが、街がいつも通り息づいている姿を見れば、そこまで大事にはならないはずだ、とマルゾコは結論付けた。

 そうこう考えていると、いつの間にか石鹸が出来上がっていた。少し時間が経てば、エンリーナがやってくる。

 ……と思っていたが。


「遅い!」


 あまりの遅さに業を煮やしたマルゾコは、わざわざ店先に出て彼女の来店を待ちうけた。それでも、一向にエンリーナは姿を見せない。


「なにかあったのか?」


 流石にこれ以上は孤児院に寄る時間も減ってしまう。仕方なくマルゾコは一人で石鹸を手に孤児院へと向かった。

 普段はエンリーナと二人で話しながら歩く道を、そこそこの荷物を手に歩いてみるとなかなか長い距離を歩いていることに気が付いた。

 そもそもこの形体で疲れることはないのだが、気持ちとして気苦労を感じるようだ。


「所詮、人間は感情とエーテルに支配された存在なんだよ」


 そんな下らないことをブツブツ言いながら、マルゾコは近くを歩くアルメリーを発見した。


「アルメリーさん!」


 彼女はいつもと変わらない純白の服に身を包み、柔らかな笑顔を添えてマルゾコを迎えた。


「あ、マルゾコさん…… お一人なんですか?」


 彼女は、マルゾコにとって数少ない理解者だ。

 後々に判明したことだが、彼女は保有エーテルが極端に少ない。

 それが理由なのかはわからないが、結晶の吸収対象として捕捉されずに現状普通に生活ができている。

 記憶まではマルゾコと同じように引き継ぐことはできないが、彼が成そうとしている行動に共感してくれることが多く、彼が説明と協力を仰げば快く力になってくれる数少ない存在なのだ。


「ええ。一緒に来ると思って待ってたんですが、こっちにもまだ?」

「なら、ちょうどいい。良ければすぐにでも大鐘楼へ行きたいんですが」

「はい、もちろんです」


 不思議と焦る。

 今回はイレギュラーが多すぎる。

 マルゾコはアルメリーのおっとりした行動を恐らく初めてイライラしながら待った。以前はこういうやり取りこそ心の余裕に必要だからと受け入れてきたほうだ。これ以上、想定から外れるの御免被りたいとすら考えていた。

 鍵を回す時間すら惜しく、開いた扉に飛び入って一足先に機械室へと向かう。

 人形の体では重い扉も構わず全力で開けて中に入ると、マルゾコは今までと大きく違う状況にしばらくその場に固まった。


「そ…… そんな、馬鹿なっ!!」

「ど、どうされたんですか?」


 ようやく追いついたアルメリーが、普段と違う大声を上げるマルゾコにひどく驚いた。


「この間、彼女とは会ったばかりだ! それに彼女は、……俺は彼女を助けてない!」

「え? ですが、彼女は何度も孤児院に来られては子どもたちと遊んでいかれてましたし、毎年決まった額の寄付金も納めておられましたわ」


 アルメリーの情報にマルゾコはフラスコの中身を青色に染めた。


「俺は…… この世界を知らない」


 マルゾコは大鐘楼に取り付けられた霊素結晶を見上げた。

 自身の胸から飛び出た赤黒い結晶によって、生命活動を限りなく停止状態にさせられた女性がそこにいた。

 美しい黒髪は結晶の中にいてなお気品を放ち、十代半ばの美しい少女のあどけなさすら封じ込めた結晶は、今も怪しげな輝きを放ち続けている。


「……アリ、セルナ!」


 かつてアリアント王国の王女として出会った少女。

 継承権を示す懐中時計の修理を申し出た少女。

 間違えるはずがない。

 向こうは一度しか会ったことはないだろうが、マルゾコ自身は数えられないほど多く出会っている。


(間違えるはずは――)


 マルゾコはおぼつかない足取りで結晶へと登り、手を添えて解析を試みた。

 フラスコの中身エーテルを結晶へと流し込み、内部に記述された命令を読み取るのだ。

 閲覧における防御プロテクトは無いに等しく、あっさりと突破する。ここまでは前回までと同じ。

 結晶を中心に構築式が展開し、内部の状態パラメータあらわになっていく。その情報をマルゾコが理解していくほどに、彼の顔面フラスコの中が蒼白になっていった。


構築式なかみが、違う……!?」


 紐解かれるその中身が結晶を中心点として球状に展開される。幾何学模様の文字列が十重二十重と広がる展開図は、マルゾコが今まで閲覧して来たものと大きく違っていた。

 記述されている登録命令プログラムコマンドは今までと大きく異なり、マルゾコがこれまで行ってきた解除方式では太刀打ちできない複雑なものに置き換わっていたのだ。

 しかし、これまでの経験から『全く触れないものではない』という直感も湧いてきた。

 一度紡がれた自分の記憶の束がほどけはしたものの、自分が進むべき道を見つけたような、微かな確信。


「ちょっと時間はかかるかもしれないけど、今なら……!」


 マルゾコは、そのフラスコの底から世界を作り変えるべくエーテルを注ぎ始めていた。

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