第7話 変わらぬ心、生まれる心

「あ、マルゾコさん」


 あれから数日後、すっかり日常に戻ったマルゾコ商店にエンリーナが買い物に来ていた。


「……いつの間にか新しい店員さんが増えてますね」


 明るく声をかけてきたエンリーナが一転湿った視線を送った先には、先日雇った(?)フェクタが商品の陳列をしてるところだった。


「ちょ、ちょっとワケアリでね」

「顔に怪我でもしてるんですか? あの人おっきなマスクしてるし、服装も体にあってないっぽいです」


 流石に顔だけは早々に手を打たないと不味いということで姉弟子ローティアに任せたが、少々失敗したらしい。それ以外はまだ手つかずで人造人間の痕跡が残っているのをやや大きめの服を着て誤魔化している。

 特に腰から下はダボダボで、動きやすいからと本人は気にしないがなにかの拍子に尻尾や毛深い足が見えないかとマルゾコたちはビクビクしていた。


「店員さんはプルクちゃんだけで良いと思いますよ。そんな大きな店じゃないし」

「うぐ、それはそれで厳しい……」

「元気を出して下さイ、あるジ


 プルクは無表情のまま主人を慰める。


「そうそう、プルクちゃんって自動人形ゴーレムなのに喋れるの、やっぱりすごいですよね」


 それを聞いたマルゾコは、フラスコの中身を黄色に染めつつ語り始めた。


「まあね。この子の核に使っている素材は、実は一般的な人形とは比べ物にならないものが使われているんだ」

「あ、聞いたことありますよ。普通の自動人形にはシーバステンとかナントカっていう金属に命令コマンド登録プログラミングして、エーテルを充填して動かすんですよね」

「そうそうその通り。基本的に命令内容やさせたい労働内容で核素材を決めるんだけど、この子の核に使ったのは師匠から譲って貰った深紅結晶エレメニウム! 従来の基礎命令に加えて後天的に書き換えがくしゅうも可能で、自己判断も可能なほど登録容量があるんだけど……」

「やめろバカ弟弟子おとでし。客が困ってるぞ」


 長々と説明を始めたマルゾコを、店頭に出す在庫を裏から運び込んできたローティアが諌めた。


「……だいじょーぶです、私、わかりますから」


 どことなく不機嫌な空気をまとい始めたエンリーナは、それを肯定するかのような声色でローティアに突っかかった。


「この方はどなたですの? 見たことのない店員さんですけど」


 しかしエンリーナはあえてマルゾコに話を振った。


「あ、彼女は、えっと……」


 一瞬口どもったマルゾコを見たローティアは、二人がどんな関係かを瞬時に見破り、あえてマルゾコに近寄って腕をつかんだ。


「私、マルゾコの元カノでローティアっていうの。よろしくね。彼とは昔一緒に住んでたんだけど、店を出すからって置いていかれちゃって」

「おああああ姉弟子ぃ!?」


 一瞬でフラスコの中身が赤色に変わる。


「い、しょ、もとか、かかか……」


 それを聞いたエンリーナは処理できる許容量を超えたのか、フリーズしてしまった。


「あーらら、ご主人たちも大変だな」

「主はエンリーナサマが絡むト、大体残念になりますカラ。三点お買い上げで2280ルードでス」


 主人らが痴話喧嘩している横で、プルクはあいも変わらず仏頂面で客を捌く。街の大通りにはここより安く大量にある店があるが、欲しい種類の物が手に入りやすいのは錬金術師せいさんしゃが経営する店の特権だ。


「……なあ、あんた自動人形なんだよな?」

「はい、そうでス」

「はぇー、喋って計算して俺の声も聴こえて、反応してるってのか……」

「4000ルードいただきましタ。おつり220ルードでス」

「おおう、ありがとな」


 たまにやってくる冒険者の客の中には、こういった規格外の性能をもつプルクを見ては感心して買い物をしていく。マルゾコは、そんな自分の作品が誰かに喜ばれるのを見ているだけで嬉しかった。


「主」

「っとおぉわ!、なんだ、俺に用事か?」

「お客様が、私の主を呼べト」


 クレームかと思ったらギルド『土くれ鎧』のリーダー、銅板金のボルニーロがカウンターで手を振っていた。


「旦那、お久しぶりです」


 彼らはこの辺では知らぬものがいないほどの高レベルメンバーを多数抱えるギルドで、彼自身も切り込み隊長を務める前衛職の一人だ。何度もマルゾコ商店で肉体強化の薬を始めとした前衛職向けの商品を買っている常連でもある。


「珍しいね、ボルニーロ。こっちにわざわざ顔を出すなんて。最近は『土くれ鎧』も下っ端に買い物させることも増えたってのに」


 マルゾコが軽くイヤミを並べてみるが、ボルニーロは湿った笑顔で答えた。


「いやね、旦那にお願いがあるんですよ」


 兜をかぶるために剃りあげた頭を輝かせながらボルニーロは話を続けた。


「今、南のレーゼン山脈中腹の『パクトの古墳』を攻略中なんスけど、どうも最深部手前にエーテルトラップがある見たいなんです」

「あー、あの面倒くさい罠ね。人のエーテル質を解析して耐性のない攻撃をしてくるやつ」

「そうそう。それの解除にこの子を貸してほしいんですよ」


 ボルニーロはプルクの肩を叩きながら再度笑う。


「んー……」


 実際、プルクを冒険者に貸し出したことは何度かある。

 こう見えて実はケルダールの『冒険者ギルド強さ番付』で欄外特別ランカーとして名前を連ねている。ちなみにマルゾコは登録していない。


「でも、土くれ鎧さんのところにもいるよね? 鎧人形」

「あー、試したけどダメで。旧式の機能が災いして罠に反応しちゃったんですよ」

「いいじゃないか。店番は私がやっておくから」


 と、そこに話し半分に聞いていたローティアが持ち主に変わって許可を出す。


「ダメでス。ローティア様は計算を時々間違えまス」

「うぐ!」

「ん? おかしいな、最近の帳簿にミスはなかったけど」

「それハ……」


 何かを伝えようとしたプルクを制し、ローティアが大声をで訂正しだした。


「あー違う! 別におかしいことはないな! やっぱりプルクは必要なんだよ!」

「全く、クレーム来たら対応してもらうからな」


 どたどたと忙しいバックヤードを見ながらボルニーロは少し顔をほころばせた。


「旦那、なんだか賑やかになってますね」

「まあ、ちょっとな」


 マルゾコもまんざらではなさそうなのがボルニーロから見ても分かった。


「わかった。報酬はいつも通り古代部品アーティファクトだ。人形プルクの改造に使えそうなものがあればそれをもらう。もちろん差額が出れば払うし、出す」

「ありがてえ! 助かるよ旦那ぁ!」


 話がまとまるとプルクに旅支度などボルニーロに任せ、マルゾコはカウンターに戻った。


「あの人形、貸し出すのか」


 一連の流れを少し離れたところで見ていたフェクタがそっと近づいてきた。


「あれで結構あちこちから呼ばれるほど実力はあるんだよ。とはいえ、当分店には俺が出ないといけなくなるな」

「問題ない。商品の事についてはさっぱりだが、店の運営は多少経験がある」


 そう言うとフェクタはカウンターにいるマルゾコを押し出してレジに着いた。

 ちょうどそこに傷薬を買いに来た客がカウンターに現れ、財布を出すところだった。


「お買い上げありがとうございます。2つで780ルードです」

「!!」

(は、早いっ!)

「んじゃこれ」


 客は1000ルード札を出して傷薬をしまおうと手を伸ばす。が、その手に握ったのは。


「お釣りの220ルードです。またお越しください」


 作り笑いとわかるのだが、どこか温かみのあるフェクタの笑顔に、客もマルゾコたちも一瞬魅入られてしまった。


「あ、ああ。ありがとう」


 客はそそくさと店を出たが、エンリーナとローティアはさらに闘志を燃やしだした。


「あの笑顔…… 強敵!」

「あの計算速度…… 強敵!」

「ああ、どうか大きな争いになりませんように」


 マルゾコは今後の店の雲行きに少し不安がよぎった。



   Δ



「あれ、マルゾコさんは?」


 エンリーナは数日ぶりに店を訪れたが、目当ての人物が目に入らなかったので店番のフェクタに状況を聞いてみた。


「ああ、この間人形先輩を貸したギルドから何かもらったとかで、昨日から工房にずっとこもりっきりだ」

「そうそう、私も工房に入れてくれないし。一体何をもらったんだか」


 バックヤードからローティアも顔を出す。彼女も工房の作業には加わっていないようだ。


「お二人は自動人形ゴーレムについて詳しくないのですか?」

「師匠が特に詳しかったな。人造人間ホムンクルスの研究なんてさわり・・・しか教えてくれなかったのに、物質転移反応と命令構築式はそれはそれは熱心に教えてた。まあ、弟弟子は熱心に聞いてたけどな」

「私は、錬金術そっちはさっぱりだ」

「ふーん、そうですか」


 二人の熱の違いに何かを理解したのか、エンリーナは少し奥を覗き見た。いつもなら開かれている工房への扉は、現在固く閉ざされている。


「ちなみに、あなたは弟弟子とどんな関係?」

「ふぇっ!? わわ私がですか??」


 ローティアの外耳がぴくぴくとその声を拾う。


「あいつはああ見えて、兄弟弟子きょうだいでしの中でも優秀な方でね。この辺が先の戦争で襲われたって聞いた時は肝を冷やしたけど、本来もっと良いところで仕事しててもいいはずなんだ」


 その言葉の意味をエンリーナは察する。しかし、彼女も言われてばかりではない。


「マルゾコさんはこの街の孤児院へ恩返しをするために店をお持ちになったんです。私は彼の行動は素晴らしいと思いますわ!」


 二人の攻防が続く中、工房から強烈な光が一瞬漏れた。しかしフェクタ以外は己の敵とみなした相手を睨み付けるので精いっぱいのようで全く気が付いていない。


「あ、終わったのかな?」

「何が?」

「何がですの?」

「終わったぁ!」


 標的ヘイトが一気にフェクタに集まったのだが、その直後、工房への扉が開いたことによって全員の視線がそちらへと向けられた。


「マルゾコさん!?」

「弟弟子!?」

「お、エンリーナさんちょうどよかった。またデコパンあれば欲しいんですけど、ありますか?」


 開かれた扉の取っ手にぶら下がるように捕まっているマルゾコは、まるでマスコット人形のように縮んでしまっていた。


「い、いや店主。その姿……」

「ち、っさい……」

「かわいい、かも」


 ローティア、エンリーナは先ほどまでの言い争いを忘れるほど、フェクタと共に変わり果てたマルゾコの姿に驚いた。


「ああ、ちょっと核への登録が長引いて。フラスコのエーテルが足りなくなってきたから体に回してる分を使ったんですよ」


 いつもはエンリーナのお腹ほどもある身長が股下をくぐれるほどに縮まったとはいえ、フラスコの大きさがそのままなので妙なデフォルメっぽさがより滑稽さを際立たせた。


「あ、じゃあこれ! いつものデコパンです! 今日は結構うまく焼けたんですよ!」


 その言葉通り、先日のコゲパンに比べると随分と茶色が残ったパンがバケットに入っている。マルゾコはそれを乱暴に取り出すと、無理やり胸にねじ込んでいった。


「んんんんんんーーー!」


 ぼふっ、と空気が抜ける音がするとともに少し四肢の長さが戻った。が、まだ少々いつもより長さが足りないのか、服がダボついていた。


「まったく、こんを詰めすぎだぞ弟弟子」

「そうですよ! またパンを持ってきますね」


 二人がマルゾコをかまっているのを尻目に、フェクタは工房に入りまだ起動前の人形を見に工房へ入った。


「あれ、まだ動いてないんだ」


 プルクは工房の中央作業台の上で仰向けに横たえられており、服も新しく黒に金色の刺繍がされた綺麗なワンピースを羽織っていた。肌つやもより人に近くなったような気もするが、最近入ったばかりのフェクタにはそこまで違いを把握することはできなかった。頭部も見た目は相も変わらず美しい姿で、よく見ると瞼が下りていた。


「目、つぶってる?」


「お、気が付いたかい? 今回の出土品は結構貴重品だったんだよ。こっちも割と金を出したから、ぜひ組み込みたくてね」

「え、この間の貸し出しで潜ったダンジョンって、そんなに貴重な道具が眠ってたんですか?」

「まあね。そもそも人形技術ゴーレムビルドの分類が錬金術っていうわりに自動人形の研究自体、その歴史よりはるかに古いんだ。古いダンジョンほど人形が出土する。普段目にする作業用から、マニアックな技巧を凝らしたものまでね」

「『大富豪パクト』と言えば一代で財を成したが子供に恵まれず、あちこちに財産を隠した浪費家で有名だしね。そういうのを作っていたっておかしくないわ」

「……へえ、そうなんですか」

「有名って言っても、錬金術師界隈だけの話じゃないのか?」


 意気揚々と話すマルゾコとローティアに対して、フェクタとエンリーナは少々しらけているようだ。


「ま、まあまあ。早速起動してみよう」


 マルゾコは先ほどより少し伸びた右腕をプルクの首筋に這わせ、軽くエーテルを流して起動させた。

 キイィィーー…… というエーテル振動特有の音が響くと、プルクはその眼を開いて上半身を起こした。


「おはよう、プルクちゃん」


 エンリーナはいつもの挨拶をプルクに投げかけた。


「おはようございます、エンリーナサマ」


 いつものように返す挨拶。しかし今日このタイミングでそこへ新しい機能が付いた。


「え、わ、笑った!?」

「そうさ! 表情機能が追加されたんだ! 今まで鉄面皮で感情を表に出せなかったプルクが笑うようになった! 全く、パクト卿もとんでもない人形を開発してくれたもんだ。……おかげで追加登録と調整にめちゃくちゃ時間とエーテルを取られたけどな」

「へえー、すごいもんだな。おはようプルク」

「おはようございます、ローティアサマ」


 にこり、と笑顔を添えてプルクは挨拶する。まるで、幼い子供のような笑顔にローティアもついつられて笑顔になってしまう。


「プルク! おはよう!」

「おはようございます、主」


 しかし、当の主人への返事は、変わらず無表情のままだった。


「ん?」

(おや?)

(あらら?)

「……そうなんだ。何故か俺へは無表情のままなんだ。ここだけ調整してもあまりうまくいかなくって。でも、とりあえず皆には命令通りの反応ができてるから、このまま当分運用するよ」


 いったん寝てくる、とマルゾコは事後処理を起動したてのプルクに丸投げし、店の奥へ引っ込んでいった。


「ねえ、ローティアさん」


 顔はプルクに向けたまま、視線だけをローティアに向けてエンリーナが質問してきた。


「これ、プルクちゃん絶対調整成功してますよね?」

「……君もそう思う?」

「だってこの反応、まさしく」

「マルゾコが失敗したって言ってるんだから、うまくいってはいないんだろ?」


 やれやれ、とフェクタも工房を後にしてカウンターへ戻っていった。


「……サ、私も工房の後片付けをしませんト」


 プルクもいそいそと作業台から降り、自分の仕事にとりかかった。


「ねえローティアさん、マルゾコさんって人形制作が得意っておっしゃってましたよね?」

「ああ、てっきり師匠譲りの得意分野かと思ってたんだが」


 ローティアとエンリーナは、知らずお互い見つめ合っていた。

 そして、どちらともなく強く頷き合い、硬い握手を交わした。


「非生産的な行動は、錬金術師として見逃してはおけない」

「せめて心の有りどころだけでも、人として接していかなければ」


 二人の間に、どこかいびつな結束が生まれた瞬間であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る