第16話 兄が失踪!? 前編

「明日は中間テストですけど、一夜漬けはしちゃダメだからね」


 いつもの通り森永先生が尻を振りまくって帰りのホームルームが終わりを告げた。

 最近では俺からだけではなく、他の生徒からもネタにされているようだ。


「よし、今日は本当に真っ直ぐ帰って勉強するぞ」


 俺は決意を口にする。

 結局1週間、曽根崎や燈が邪魔をしてきてろくに勉強できなかったからな。

 その点森永先生は一応先生だからか、勉強に関わるところでは手出しをしてこない。

 ……まあ、当たり前なんだけど。


「……って、あれ?」


 普段なら突っ込んでくる深山の声がしない。

 まだ多くのクラスメイトが教室に残っていたが、深山の姿だけ見当たらなかった。


「あいつ、こんな素早く帰るキャラだったか?」


 これでは張り合いもない。

 サッと帰って、森永先生には悪いけど一夜漬けしよう。


 そう思って教室を出て下駄箱に行く。

 と、そこに花柄のワンピース姿の舞ちゃんがポツンと立っていた。


「げ……舞ちゃん?」

「げ、ってなんですか。私……そんな嫌われるようなことしましたか……?」


 分かりやすく肩を落とす舞ちゃん。

 

 思い返せば、舞ちゃんだけは理不尽なことはあまりしてこなかったような気がする。

 単純に1学年下であまり接点がないからかもしれないけど。


「いやいや、会えて嬉しいよ」

「ほ、本当ですか……? ならよかったです」


 今度は分かりやすく顔を赤らめる。

 ほんと、表情がコロコロ変わる子だ。


「そういえば、こんなところでなにしてるの?」

「それが……お兄ちゃんを待ってまして……けど全然来ないんです。スマホに連絡しても全然返事がなくて……」

「え?」


 俺はさっきの教室の様子を伝えた。

 すると舞ちゃんは目をまん丸にして驚いた。


「嘘……私誰よりも早くここに来たのに……」

「とりあえず下駄箱見てみようか。靴が残ってたらまだ外には出てないってことだし」


 そう言って深山の下駄箱を覗く。

 いつも履いているスニーカーが残ったままだった。


「なんだ、あいつまだ学校にいるんじゃないか」

「でも……じゃあなんで私との約束を破ったんでしょう?」

「んー、なんかのっぴきならない事情ができたとか」


 よく分からないけど、俺も勉強があるし、ここで帰らねば。


「じゃあ俺はこれで……」

「ちょっと、どこに行くんですか?」

「いや、もう伝えるべきことは伝えたし」

「もしかしたらお兄ちゃんが誘拐されたかもしれないのに、なに呑気なこと言ってるんですか!」


 ぬ……そこまで言われてしまうともう後には引けない。

 ……1つ思うところがあるとすれば、どうにも言葉に心がこもっていない気がするということだけど……。


「もしかして、俺と一緒に行動するためにわざわざ大袈裟に言ってない?」

「ギクッ」


 おい、今ギクッて言ったぞ!


「な、なんですか、悪いんですか、いつも変な女の尻を追いかけて、淫魔に襲われている新藤さんが心配なんですよ!」


 舞ちゃんは顔を寄せて肩を怒らせた。

 悪くはないけど、少しは隠す努力をしてもらわないと……俺からしたら舞ちゃんもその淫魔の1人なんだから。


 色々と口に出す言葉を考えていたけど、頰を膨らませた舞ちゃんを見て、喉までにとどめ、承諾せざるを得なかった。


「わ、分かったよ。じゃあ一緒に探そうか」

「当然です。……歳下ってだけでちょっと出番少ないし、妹枠のせいでお兄ちゃんとのセットになるのが辛いところです……」

「? なんか言った?」

「いえ、なんにも。さあ、お兄ちゃんを探しましょう!」


 謎めいた言葉をごにょごにょと言っていたけど、よく聞こえなかったな。

 まあいい、とっとと深山を探して帰るとするか。


 気乗りにしない俺の背中を押すように舞ちゃんがついてきた。

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