第14話 不穏な雰囲気

 その変化は、体育祭から1週間して徐々に感じてきた。


 朝の挨拶をした時、廊下をすれ違った時、授業で発言をした時。

 特段なにかをされるわけではない。ただ、常に針の筵状態というか、監視状態というか、とにかく居心地が悪かった。


 これが、体育祭の影響、か。


「……で、先生のところに来たのね。ふふ、可愛いところあるのね」


 放課後の進路指導室で森永先生は言った。

 正直めちゃくちゃ悩んだ。こんな人に相談して大丈夫なのかと。


 だが、ものすごーく残念なことに、普段と変わらない人間は淫魔どもと白鳥先輩しかいなかった。


 その中だと森永先生は年長者かつ先生という立場であるから、なにか有益なことが聞けるのではないかと思った。

 ……本当に、断腸の思いだけど。


「すみません、仕事もあるのに……」

「いいわぁ、だって、理由はどうあれ私のところに来たんですもの」


 森永先生は舌なめずりをした。

 グチュッという艶かしい音が狭い進路指導室に響く。


 ……やっぱり、相談相手間違えたかもしれない。


「ま、私もそのことはすこーし気になっていたから、今日のところはエッチなことは無しね。……さらに気を落としちゃった?」

「そんなわけないでしょ」


 谷間を見せびらかす森永先生。

 ブラウスに谷間というのはかなりエッチな組み合わせだが、そんなものには騙されない……ぞ。


「じゃあ本題。と言っても、私も話せることはそう多くないわ」

「え、そうなんですか?」


 森永先生は足を組んで言った。

 てっきりライバルである白鳥先輩のことはよく知っているかと思っていた。


「あの子……白鳥響子さんは入学当初から謎が多いのよ。ただ……そうね、違和感というか、誰もあの子には逆らえない……そんな雰囲気を感じるわ」

「逆らえない……雰囲気」


 急に超能力じみた話が出てきておうむ返ししかできなかった。


「ま、そんなもの、私には通用しないわ。おそらく、曽根崎さんや大笛さん、深山舞さんもそうでしょうね」


 後1人いないわけじゃないけど、と森永先生は付け足した。


「な、なんで先生は無事なんですか?」

「当たり前じゃない。新藤君をたぶらかす女に私が屈すると思うの?」


 ドクン、と心臓が高鳴った。

 う……俺は今キュンとしてしまったというのか!

 

 俺はコホンと咳払いをして誤魔化した。


「つまり、耐性のない人たちは基本的に白鳥先輩の味方で、俺が体育祭で手を繋いでゴールなんてものを見せつけられて嫉妬に狂っている……ってわけですね」

「そんなところね。まあ、ほとぼりが冷めれば飽きるだろうから、少しの間辛抱よ。人の噂は75日って言葉があるじゃない?」

「知ってますよ」


 知ってるけど75日は長い。


「けど……」


 森永先生は2つ結びの髪の毛を愛おしそうに撫でながら俺を見た。


「あなたがこうやって私を頼ってくれるなら、ずっとこのままでもいいかもって思うわ」

「俺は思いません」


 一刀両断、森永先生一太刀で斬って落とし、俺は席を立った。

 俺は森永先生の乳に騙されはしないのだ。


 にしても、森永先生も白鳥先輩のことを対して知らないみたいだ。

 まあ一介の生徒の事情を全部把握するなんて先生でも無理だとは思うけど……。

 かと言って直接聞けるわけもない。


「じゃあ、ありがとうございました、森永先生」

「ちょっと待って。新藤君らしくないわね。なにかを得るにはなにかを差し出さなきゃいけないのよ? それが分からないほど子供じゃないはずだわ」


 森永先生は強引に机を投げて、俺との距離を縮めてくる。投げられた机は棚にぶち当たり、収納されていたキングファイルがドサドサと落ちてきた。

 

 情緒不安定かよ。


「ま、そうくることは分かっていましたから……」


 俺はズボンのポケットから煙玉を3個取り出してライターで火をつける。


「火気使用は見逃してください」


 ちゅどっと煙が進路指導室中に広がる。

 10cm先すら見えない灰色の世界で森永先生は何事か騒いでいた。


 触らぬ神に祟りなし。

 俺は華麗に森永先生をいなして帰宅した。

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