第12話 蜜の味 前編

 体育祭の次の日、俺は全授業でゲル状と化していた。

 

 あの白鳥先輩が、俺の手を取って、借り物競走をともにゴールした!?


 あんな夢のような出来事の後、授業なんてできるはずがない。

 もちろん手は洗っていないし、お風呂に入る時はビニール袋を被せて手首の部分で縛り、完全防備で対応した。


「あっはぁ〜白鳥先輩〜」


 右手の匂いを嗅いでは溶けていく。

 もはや俺の体は机と同化していた。


「……おい、もう放課後だぞ」


 そんな憩いのひと時を、深山によって邪魔された。


「なんだよ深山。妬いてんのか?」

「んなわけあるか! お前、昨日の一件から生徒のみならず先生からも目付けられてんだから、授業くらいちゃんと受けた方がいいぞ」

「目を付けられる?」


 聞き慣れない言葉に思わず人間体に戻った。

 白鳥先輩以外のことで問題になるようなことはなにもしていないはず。


「その白鳥先輩が大問題ってことだよ。噂で聞いたけどよ、彼女、不思議な権力というかなんというか、とにかく絶大な支持があるっぽくて、結構色んなやつがお前を目の敵にしてるっぽい」


 深山は目を血走らせて言った。

 普段おちゃらけている深山がここまで真剣に警告するってことは、本当にまずい状況になっているってことか。


「まあ、俺に人の恋路を邪魔する権利はないから、白鳥先輩を追うのをやめろとは言わない。けど、ちょっとだけ警戒したほうがいいかもな」

「……分かった。ありがとう、深山。お前は本当にいいやつだなあ」

「いいやつって言うな! ……それに、感謝するなら俺にも甘い蜜を吸わせてくれよ」


 深山はここからが本番というように椅子に腰をかけて足を組んだ。

 甘い蜜ってなんだよ。


「俺はこんなイケメンで運動神経抜群で成績も上位、なのに優しい。最強の高校生だと思うんだ」

「うん」


 その通りだと思うけど、自分で言うと一気に胡散臭く感じるな。


「でも彼女がいない」

「うん」


 あー、なんか話が読めてきた。

 俺は椅子から尻を半分ずらしてすぐにでも立ち去れるように準備した。


「頼む新藤! 俺に彼女を作らせてくれぇ!」

「どわぁぁぁぁぁ! 抱きつくな! あ、ばか、右手に触れるなー!」


 いきなり抱きついてきた深山をなんとか引き剥がす。

 息が上がってしまい、深呼吸を2度3度繰り返して深山に向き直った。


「まあ、いつも助けてもらってるし、手伝いくらいならするよ。……まず、深山はどんな女の子が好きなんだ?」

「うーん、難しい質問だな……そりゃあ優しくて可愛くてスタイルよくて……って人が好きだけど、タイミングによりけりだからなあ。好きになった人が好きなタイプだな」


 深山はこともなげに言った。


 く……こいつ、中身までイケメンかよ。

 なんか癪だな。


「じゃあ女友達とかいないのか? 結構そういうところから恋愛って始まりそうなものだけど……」

「そうだな……まあまあいる」

「まあまあ」

「いや、結構……というかほぼ全員?」


 危うく席を立ちかけた。

 こいつは俺になんの相談をしにきてるんだよ。

 超イージーモードじゃねぇか。


「そっから好きなように選べばいいじゃん」

「まあそうなんだろうけどさ……なんというか、運命的な出会いっていうの? お前と白鳥先輩みたいなさ。ああいうのを感じないわけよ」

「めんどくさいな」

「う……うう」


 めんどくさい、という発言にダメージを受けたのか、深山は干からびたワカメのように体をくねらせて固まってしまった。


 おっと、心の中に留めておいたことがつい口から出てしまった。

 まあ、才能がある故の苦しみというものもあるだろうから、邪険に扱うのも可哀想か。


「分かったよ、俺の3枚目忍術でよければいつでも力貸すからよ」

「……頼むからそれ以外で頼む」

「わがままだな、じゃあ俺と1日行動してみるか? ある意味運命的な出会いで溢れてるぞ」

「マジか? いいのか? そういや高校入ってからなんだかんだお前と遊べてなかったもんな。色んな意味で楽しみだ」


 深山は童心に帰ったようにクシャッとした笑顔を見せる。

 やっぱりなんだかんだ憎めないやつだよな。

 仕方ない、今日の放課後は深山のために使ってやるか。


 そうして俺たちは拳を合わせて教室を出た。

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