第8話 淫魔会議 ~アナザーサイド~

「……では、これより第1回淫魔会議を行います」


 鷹井は放課後、生徒会室に集まった面々を見渡して言った。

 なぜこんなことをしているのか、正直分かっていない。ただ、生徒会長としてこれ以上学校の風紀を乱すことは許せなかったから……だと思う。


 ギュッと片手に持った竹刀を握りしめる。

 今日も彼女は剣道着姿だ。いや、今日という日だからこそ、舐められないために戦闘服でいる必要があった。


 集められた女生徒のうち、曽根崎、大笛、森永は興味なさそうに髪の毛をいじったりスマホを見たりしている。唯一、舞だけが鷹井を睨め付けるように見ていた。


「まーじで、早く帰りたいんですけどー。なんなんですかこれはー」


 曽根崎は大きな欠伸をして言った。

 それに続くようにみんな頷いている。

 本当にこの人たちは新藤以外のことになると途端にやる気をなくす。鷹井は呆れてため息を吐いた。


「生徒会長である私が呼び出す理由なんて1つだけでしょう。……単刀直入に言います。今後新藤新に近付くことを禁じます」

「へーえ、先生でもないのにそんなこと言っちゃうんだー。鷹井さんは」


 鷹井の発言にいち早く反応を示したのは森永だった。

 他の生徒の前だからか、昨日のような慌てふためきは鳴りを潜めている。


「大体なんですか? 淫魔って。人聞き悪すぎです」

 

 続いて大笛が文句を言う。


「……あなたにそんな権限、ないです」


 これまで口を閉ざしていた舞も悪態を吐いた。

 揃いも揃って馬鹿ばかりだと嘆く。


「あなたたちの話はすべて聞いています。勉学に励む学生にあるまじき行為、そして先生としてあるまじき行為の数々を! それらを踏まえてあなたたちを淫魔と言っているんです。そして、そんな人間はこの学校にふさわしくない。だからその原因である新藤新に近付くなということです!」


 捲し立てるように一気に言い放った。

 途端、年長者である森永が拍手をした。パン、パンといういかにもやる気のない音で明らかに挑発の意図を含んでいる。


「さすが生徒会長、お話が上手ですね」

「……話を聞いていましたか? 森永先生」

「ええ、勿論。けどね、鷹井さん。あなたは勘違いをしているわ」

「勘違い?」


 森永の言うことが理解できずおうむ返しをする。


「私たちはただ新藤君のことを愛しているだけなの。そして私たちはライバル同士でもある。……部外者であるあなたに邪魔されたくないわ」

「……ッ!」


 森永の言葉は鷹井の心臓を深く抉った。と同時に鷹井を除く全員の目から火花が散った。

 たしかに鷹井には先生や生徒の行動を制限するような権利はない。

 それでも……見て見ぬ振りはできない。

 熱く燃え滾る心が、鷹井を突き動かしていた。


「……なら、公平に勝負しましょう」


 鷹井は静かに言った。


「しょーぶ?」


 もう飽きたというように曽根崎が間延びした口調で言った。

 だが、次の言葉を聞けばきっと耳を逸らすことなんてできなくなる。


「今年の体育祭に借り物競争という競技があります。本来は借りるものはなにか分からない状態ですが、今回は新藤新を借りると決めておきます。そして二人手を繋いでゴールした人が晴れて新藤新と付き合うことができる。ゴールできなかった人は大人しく諦める……これならどうですか?」


 彼女たちが一筋縄ではいかないことは分かっていた。

 だからこそ、事前に【体育祭で勝負をする】ということを考えていた。

 これならすぐに決着がつく上に、今後の学校全体の風紀の乱れも抑制できる。


「なにそれ面白そう!」


 真っ先に食いついてきたのは大笛だった。

 新藤新と幼馴染である彼女は毎日新藤新にひっついているという。そんな彼女がこの戦いに賛成の意を示すのは至極当然のことだ。

 問題は他の3人だが……。


「ふーん、まあ、分かりやすくていいんじゃん」

「そうですね……それなら明確に勝負できそうです」


 曽根崎と舞は共に頷いていた。が……。


「いいルールね。けど……2つ条件があるわ」


 森永だけが鳥肌の立つような目つきで鷹井に異を唱えた。


「なんでしょう。森永先生」

「1つは、あなたも参加すること」

「え?」

「ちょっとちょっとー森永せんせー! どうしてこのクソマジメめんどくさ女も混ぜるんですかー?」


 鷹井の蔑称はともかく、曽根崎の言うことはもっともだ。


「ルールを作った本人が高みの見物ってのは癪なのよね。それに……参加した方があなたのためでもあるんじゃない?」


 どうせ私が勝つけど、と森永は付け足した。

 彼女の言っている意味は理解できないが、たしかに自分が勝つことがこの淫らな戦いを終わらせる最良の手段と言える。

 

「……分かりました。もう1つは?」

「白鳥響子を参加させること」

「白鳥さんを?」


 これは本当に訳が分からない。

 白鳥響子は新藤新が追いかけている女生徒だ。そんな人間を参加させるなんてなんのメリットもない。


 竹刀を握る手から汗がぽたりと床に垂れた。


「彼女を倒さなければ、私の勝利とは言えないから」

「……それは、森永先生の、言う通りです」


 舞も森永の意見に賛同する。

 鷹井の持つ情報では舞がここまで好戦的という情報はなかった。

 これが恋の力……?

 それとも、そこまで新藤新に惹かれる魅力があるというの……?

 鷹井は頭の中が混沌として、まるで絵の具をぶちまけたパレットのようになった。

 だが、やがて平静を取り戻し、森永の条件を呑むことにした。


「それでは、会議を終了します。……また淫らな行為をすれば、全員集めて指導しますからね!」


 鷹井の発言に興味のない曽根崎と大笛、無表情で聞いている舞、そして不敵な笑みをこぼす森永。

 彼女らは思い思いに退出していった。


「まったく、いったいどうなっているんだこの学校は……いや、どうなっているんだ、新藤新は……」


 誰もいない生徒会室で、鷹井の呟きがフワリと宙に浮かんだ。

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