第2話 焼き払え

「うひ、こ、こんなに……!?」


 袋の中でキラキラと輝く金貨にゲイヴと、後ろから覗き込む妻の顔が醜く照らし出され、野卑な笑みがこぼれる。


 要は人身売買である。であるが、当然罪の意識などはない。良く言えば契約金。ただ、その入る先が本人ではなく親のフトコロというだけであり、古今東西行われ続けている事である。


「不服か?」


「いえいえ滅相も! ただ」


 あまり感情を感じさせない女騎士の目つきと物言いにゲイヴは恐縮する。しかしここが勝負どころでもある。


「ただ、この子はうちの一人息子で跡取り。ここまで手塩にかけて育て上げた大切な一粒種……」


「これでどうだ」


 くだらない寸劇が続くのだろうと見抜き、女騎士はもう一つ金子きんすを突き出す。それを受け取るとゲイヴとその妻は素直に引き下がった。あまり値を吊り上げすぎると最悪切って捨てられるかもしれない。退き時を知らぬ阿呆ではない。


「分かっていると思うが、この事は他言無用。それも含めての金子きんす二ツよ」


「へ、へい、もちろんで!」


「騎士様、一つお願いがあります」


 自分の体が売買されているというのにおおよそ何の感慨もないという表情で事態を静観していたヤルノがようやく口を開いた。


 如何にも聡明そうな外見の少年。女騎士はてっきり彼が自分の身柄を本人を通さずに売買することに文句を言うのか、そうでなければ自分が買われていった先で何をさせられるのか、それを問いただそうとしているのかと思ったが、しかし彼の口から出たのは思いもよらない言葉であった。


「私もこの家で、き両親に十五年の間育てられて愛着もあります。せめて別れの言葉を交わす時間を頂けないでしょうか」


 思いもよらぬ感傷的な言葉。女騎士は一瞬面食らったが、しかしさかしそうに見えても十五の少年。親子の永遠の別れともなれば無理からぬこと。騎士はこれを快く受けた。


「いいだろう。村の入り口で待つ。どれほどかかる?」

「二時間ほど頂ければ」


 いくらなんでも長い。


 とは思ったがそこは口に出さず。女騎士は部下達を引き連れて大人しくゲイヴの家を出て行った。一瞬この隙に逃げるのかとも思ったが、少なくともそれでは親にはなんのうまみもないし、村の出入り口をふさぐだけに十分な人員を連れてきている。逃げられる恐れなどないのだ。


 結局女騎士は部下を引き連れ、村の入り口まで戻ることにした。


 しばらく待っているとヤルノは約束していた時間よりも少し早く村の入り口に現れ、女騎士は内心ほっと胸をなでおろす。

 連れている騎士団は精鋭。よもやガキ一匹取り逃すことなどあるまいが、この夜闇の中人を探すのは骨が折れるからである。


「何も荷物はないのか」


 親への挨拶だけで二時間もかかるとは思えない。てっきり自分の私物をまとめるのに時間がかかるのかとも思ったのだが、ヤルノは手ぶらであった。着替えすら持っていない。


「不要でしょう」


 まるで自分が何のためにどこへ連れて行かれるのかが分かっているかのような口ぶり。よほど肝が据わっているのか、それともよほど阿呆なのか。


 肝が据わっていると言えば女騎士はヤルノが自分達の集団に驚きの色すら見せなかったことも気になった。


 彼女が連れている通称『つた騎士団』、ヤルノの家に訊ねていったのは彼女を含めて三人だけだったが今彼女のいる村の入り口には二十人ほどが控えており、他にも全体を見渡せる、村を監視できる位置に十数名程が展開している。


 全員が全身鎧を着ているわけではないが、これだけの騎士に囲まれてこの少年は威圧感を受けないのか。さらに言うなら、ただ一人の少年を迎えに来ただけでこの大人数は何事かと訝しがらないのか。


「馬車に乗っても?」

「あ、ああ。そうだな。馬車に乗って待っていろ。準備が出来たらすぐに私もゆく」


 あれこれと考え事をしている女騎士にヤルノが行動を促す始末である。


 華美な装飾の施されていない、騎士団が要人警護に使う、簡素で、しかし頑丈な馬車にヤルノを押し込むと女騎士は馬車の扉がしっかり締まっているのを確認し、部下に声をかける。


「異変はないか」

「順調にいきすぎて気味が悪いくらいです。隊長」


 そう言って部下は村の方を見る。確かに気味が悪いほどに静かであるが、冬の日も落ちた寒村など、こんなものである。平常運転というものだ。


「……では、予定通り?」

「そうだな」


 女騎士は肯定し、声を抑えて後ろの馬車に声が届かないように部下に語り掛ける。


「村を焼き払え。一人も生かして逃すな」


 部下の騎士はちらりと村の方を見てから女騎士に何やら言いにくそうに話しかける。


「ああ……その」


 困ったような表情。何やら奥歯にものが挟まったような物言いである。


「例えばですね。作戦中に金貨の入った袋がそこいらに落ちてたとして、それは拾っても?」


 ずっと硬かった女騎士の表情からはじめて笑みがこぼれた。鼻で笑うような笑みであったが。


「フッ、こんな任務だ。あとから証拠が出ない範囲なら誰もとやかく言わないさ。村はくれてやる。好きにしろ」

「さっすがぁ、ギアンテ様は話が分かる」


 女騎士ギアンテは指示だけしてすぐに馬車の方に戻って中に入った。ほとんど音もたてず、ゆっくりと馬車は走り出す。その姿を見送ってから、彼女の部下たちは毒づいた。


「フン、エルエト人の分際で、偉そうに」

「さっさと片づけるぞ。あの女の手柄になるのは癪だが」


 この夜、グリムランド王国の版図から村が一つ消えた。


 しかし、取るに足らない小さな村だったためか、それとも後に王宮に起こった大混乱のためか、この事件が人々の間で語られることはなかった。

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