第18話

他人の寺に突然入ることも難しい。



そういうことで結局三福寺は建物だけ残されて、なくなってしまっていたのだ。



「あの、それじゃあお地蔵さんの管理とかは?」



佳奈が一番質問したかったことを聞いた。



「それも管理する人がいないとなると……ねぇ? どのお地蔵様が三福寺のものなのか把握している人もいないんだから」



その状況で地蔵だけ管理することは確かに難しそうだ。



「あの、それでは首無し地蔵についてなにか知りませんか?」



明宏がおずおずと質問した。



女性へ向けて『首無し地蔵』という言葉を出すのをためらったようだ。



すると女性は大きく目を見開き、信じられないものでも見るように明宏を見つめた。



「あの地蔵は三福寺のご主人が生前に撤去したはずよ。あなあたち若いのによくその地蔵のことを知っているわねぇ」



女性は関心したように言った。



きっと自分たちは街の歴史に詳しい少年少女だと思われたに違いない。


☆☆☆


5体の首無し地蔵はとっくに撤去されていた。



それなら通行人たちに地蔵が見えるはずもない。



自分たちは選ばれた人間だから、地蔵がまだあそこにあるように見えているのだ。



もう少し三福寺について調べてみたかったが、肝心のお主人や身内の人が誰もいないのであれば難しい話しだった。



ご近所さんから聞き出すには限度があり、ふさぎがちだった奥さんはご主人の死後後を追うように亡くなってしまったということまでしかわからなかった。



三福寺は天涯孤独の寺になったのだ。



話を終えて帰宅すると外はオレンジ色にそまっていた。



もう少しで今日の夢が始まると思うと佳奈は泣きそうになってしまった。



今日もまた誰かの首が取られる。



慎也も美樹も首を探し出すことができなくて、体だけになってしまった。



今度もまた同じような結果になったら……。



最悪な事態ばかりが想定されて頭の中を支配していく。



首無し地蔵に首がつく度に黒い化け物の数が増える。



そうなれば、今夜は昨日よりもキツイことになる。



「慎也……」



佳奈は慎也の部屋に入り、そっとクローゼットを開けた。



慎也の体はまだそこに横たわっていて、タオルケットごしに腹部が上下している。



佳奈はその胸に耳を当てて目を閉じた。



トクンットクンッ。



規則正しい心臓の音が確かに耳に聞こえてくる。



慎也は生きている。



生きているのに……!



同じ体勢のままキュッと下唇を噛み締めた。



痛いほどに噛み締めていると血の味が滲んでくる。



きつく閉じられた目の端から涙がこぼれて、タオルケットを濡らしていく。



「早く終わりたいよ、慎也……」



佳奈の切ない声が誰も居ない深夜の部屋に響いたのだった。



目の間に歪んだ家が見えたとき、今日もまだ終わらないのだと理解した。



佳奈は夢の中でいつのも家に入っていく。



なんど来ても気味の悪さは変わらない。



足を踏み入れた瞬間に感じる空気の重さ、空間のゆがみ。



しかし足を止めずに一番奥へ進んでドアを開けた。



中央に敷かれている布団の中には……春香。



佳奈は夢の中でもキツク下唇を噛み締めた。



今度は春香だ。



首を切られた春香が眠っている。



呼吸を整える前に黒い影が現れていた。



そしていつものように伝えてくる。



「朝までに首を見つけろ、できなければ地蔵の首になる」



わかってる!!



佳奈はそう叫びたかったけれど夢の中では自由にいかず、ただ不快感を書きしめていたのだった。


☆☆☆


「行くぞ!」



大輔の怒号が合図になり、3人は家を出た。



今日は佳奈と大輔と明宏の3人しかいない。



3人になってしまった。



それぞれに武器を手に持ち、門を開けたその時だった。



不意に黒い化け物が顔をのぞかせて佳奈は大きな悲鳴を上げた。



代わりに大輔がスコップを振り下ろして黒い化け物の脳天に突き刺した。



黒い化け物はその場に倒れ込む。



しかしなおも立ち上がろうとする。



冷静さを取り戻した佳奈はなれないバッドで化け物を殴りつけた。



頭部が一番弱いのか、そこを攻撃すると動かなくなる。



まるでソンビだ。



「まだ地蔵に行ってないのに、なんで!?」



早足で地蔵へ向かいながら佳奈が明宏へ聞く。



「おそらく、地蔵に美樹の頭がついたからだ。首がつくごとに数が増えて、できることも増えてくるんじゃないかな」



説明しながら明宏は苦しげに表情を歪めた。



数が増えて攻撃回数も増えてしまうなら、自分たちはかなり不利になる。



大輔はまだ完全に怪我が治っていないし、今日は明宏と佳奈が頑張らないといけないのだ。



そんな明宏は得意のナイフを複数本腰にさしていた。



ベルトをホルスターとして使っているのだ。



「おい、後ろに来てるぞ!」



会話をしている場合ではなかった。



大輔に言われて振り返ると2体の化け物がユラユラと揺れて近づいてきている。



一気に距離を縮められてしまう前に、佳奈はポシェットから爆竹を取り出した。



ライターで火をつけるのがもどかしい。



どうにか火をつけて爆竹を投げつける。



バンバンバン! と複数回大きな爆発音がしたとき、化け物がひるんで足を止めた。



ちゃんと耳もついているようだ。



そのすきに3人は再び走り出す。



「くそっ。なんだってこんなに多いんだよ」



さっき後方2体の化け物をひるませたばかりなのに、また前方に1体の化け物が見えた。



「僕がやる!」



明宏が叫んで2人の前に出た。



素早くナイフを抜き取って、間髪入れずに化け物へ向けて投げつける。



それはまっすぐに飛んで化け物の額に突き刺さった。



化け物の体が大きく揺れて倒れ込む。



それを見た大輔が目を丸くした。



「やるなぁ明宏」



明宏は少しだけ照れ笑いを浮かべ、そしてまたすぐに真剣な表情に戻って走り出す。



今までこんなに過酷なことがあっただろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る