第13話

それどころか全身から力が抜けていき、握りしめているバッドがカランッと音を立てて地面に落ちた。



化け物の腕が振り下ろされ、春香が甲高い悲鳴を上げる。



あぁ……、ごめん美樹。



僕、ここで終わりみたいだ。



まるでスローモーションのように化け物の腕が振り下ろされるのを見ていた。



「美樹」



呟いて、目を閉じた。



その瞬間だった。



ドスッ! と鈍い音が聞こえてきかと思うと、続けてドサッと重たいものが落下したような音が聞こえてきた。



痛みは一向に襲ってこず、明宏は目を開ける。



そこに立っていたのは佳奈だった。



佳奈は肩で呼吸を繰り返していて足元には大きな化け物が倒れている。



その背中には包丁が突き立てられていた。



「何体来たって弱ければ同じよ」



佳奈はそう言うと化け物の背中から包丁を引き抜いた。



ドロリとした体液が溢れ出してコンクリートにシミを作っていく。



黒い化け物はピクピクと痙攣して、やがて動かなくなった。



「まだ生きてるかもしれない」



佳奈にそう言われ、呆然としていた明宏は我に返った。



落としてしまったバッドを握りしめて、倒れている化け物へ向けて振り下ろしたのだった。




それからも3人は美樹の首を探し続けた。



公園の中もくまなく探した。



しかし、どこにも美樹の首は見当たらず、黒い化け物ばかりが何体も出現した。



「このままじゃ間に合わないよ!」



さっき路上で出会ってしまった化け物から逃げながら春香が叫ぶ。



時刻はすでに4時を過ぎていて、夜明けまで1時間くらしか猶予が残っていない。



それに加えてこの化け物の大さだ。



首を探す暇なんて少しもなかった。



「それでも探さないと……!」



佳奈が叫び返す。



と、前方にまた別の黒い化け物が現れて3人は同時に足に急ブレーキをかけて止まった。



考えている暇もなく、すぐ横道にそれて走りだす。



もうここがどこだかよくわからなくなってきていた。



入り組んだ細い路地に入れば黒い化け物は追いかけて来なくなるが、首を探したい場所からは随分と遠ざかってしまっている。



「なんなんだよ!」



明宏は苛立ったように地面を蹴りつける。



全身に流れる汗が気持ち悪くて一刻も早く帰ってシャワーを浴びたい気分だった。



「はぁ……はぁ……もう走れない」



さっきから化け物に遭遇するたびに必死に逃げてきたため、春香の顔色が悪くなっている。



壁に寄りかかって座り込み、何度も大きく深呼吸をしている。



「大丈夫?」



心配している佳奈も体力的にはかなり限界が近かった。



早く首を探して終わりにしたいのに、黒い化け物に邪魔をされてうまく行かない。



あの化け物をまとめて始末することができればいいけれど、そこまで協力が武器は持っていなかった。



本当にゲームの世界なら強い武器をいくらでも手に入れることができるのだろうけれど、現実世界ではそう簡単にはいかない。



「2人はここで待ってて。僕1人で行ってくるから」



「え?」



明宏の言葉に佳奈は目を見開いた。



こんなに化け物がうようよしているのに、1人で行動するなんて無茶だ。



いくら明宏が男子でも、殺されてしまうかもしれない。



「絶対に美樹の首を見つけたいんだ」



明宏の真剣な表情に佳奈はなにも言えなくなってしまった。



タイムリミットはあと1時間ほど。



それまでに首を見つけることができるかどうかわからない。



だけど逃げてばかりいるのは、明宏としては違うのだろうと察することができた。



「大丈夫。絶対に戻ってくるから」



明宏はそう言い残して、1人で美樹の首を探しに向かったのだった。


☆☆☆


今日探してきた場所で一番怪しいのは、やっぱりあの公園であるような気がしていた。



明宏は1人で公園へと足を早める。



いつ、どこから化け物が出てくるかわからない恐怖心から心臓は早鐘を打っている。



闇に包まれていた街は少しずつ白く色づいてきていて、一刻の猶予もないことがわかっていた。



公園へ向かう明宏の足取りは自然と早まり、公園が見える通りへ出たときには走り出していた。



あの大きな公園内なら首を隠すことが十分に可能だ。



見える場所にはなかったけれど、茂みの中や砂場の砂の中などにある可能性もある。



もう少しくまなく調べてみれば、きっと見つかるはずだった。



公園の入口まであと数歩というところ。



視界に入ってきた大きな化け物の姿に明宏は足を止めた。



そんな。



ここまで来たのに!



化け物は公園内から入り口を塞ぐように立ちはだかっている。



それを見て明宏はやはりこの公園に美樹の首があるのだと察することができた。



「わざわざ首の在り処を教えてくれたのか」



化け物へ向かて言いながら、後ろてでナイフを取り出す。



この至近距離で近づいて来られたらあっという間に殺されてしまうだろう。



明宏はグッと奥歯を噛み締めた。



「美樹、ごめん!」



死ぬ覚悟で叫び、真正面から化け物へ向けて突進した。



手に一本のナイフを握りしめて。



化け物が刃物の腕を振り上げる。



「あああああああ!!」



明宏の雄叫びは佳奈と春香が隠れている場所まで聞こえてきた。



「ねぇ、今の声」



佳奈の言葉に春香が頷く。

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