第9話

窓から太陽の光が差し込んでいてベッドを照らし出している。



ベッドの布団には膨らみがあるが、頭だけが出ていない。



一見すると頭まで布団に潜り込んでいるようにも見えた。



けれど近づいてみると布団の膨らみから首の断面が見えていた。



更に近づいて行くと微かな血の匂いもしている。



大輔は布団の上から慎也の腹部辺りに触れてみた。



布団の上からでもそこがちゃんと上下しているのがわかった。



「本当に生きてやがる」



呟いて思わず笑みを漏らす。



病院にいたとき、慎也はこのまま死んでしまうんじゃないかと思っていた。



一刻も早く病院から帰ってきて、慎也がどうなったから確認したかった。



「なんだよお前、ちゃんと生きてんじゃん」



いつものように軽口をたたき、慎也の肩を叩く。



普段なら『なんだよ、生きてちゃ悪いかよ』といった軽口が帰ってくるけれど、今はなんの返事もない。



ただ静かな空間に大輔が1人が佇んでいる。



しばらく慎也の肩に手を乗せていた大輔は上を向いて大きく息を吸い込んだ。



微かな血の匂いと、生の匂い、そして強烈に死が身近にある匂いが混ざり合っている気がした。



大輔は目に膜を貼った涙を鼻水と一緒に思いっきり吸い込んで、そして慎也へ視線を戻した。



その目にはもう涙は滲んでいなかった。



「ちゃんと、元通りにしてやるからな」


☆☆☆


「ちょっと、手伝ってくれ」



リビングに戻ってきた大輔は他の4人に声をかけた。



「なに?」



テレビニュースを見ていた春香がすぐに立ち上がる。



「慎也の体をクローゼットの中に隠しておこうと思うんだ」



大輔の言葉に佳奈が「え?」とか細い声を上げる。



「どうしてそんなことを?」



佳奈に変わって明宏が質問する。



「慎也の両親が帰ってきたときのためだ」



そう言われてすぐに納得した。



慎也の両親は一時的に旅行へでかけているだけだ。



もしも自分たちがいないときに帰宅して、首のない慎也の体を発見したらどうなるだろう?



発狂し、泣き崩れるかもしれない。



でもその後は決められたとおりに動くはずだ。



警察を呼んで、慎也の体は調べられることになるだろう。



心臓が動いていたとしても死んだとみなされて、火葬される恐れもある。



そうなると慎也の首を取り返すことができたときに、戻るべき体がないことになってしまうのだ。



それだけは避けたかった。



「わかった。手伝う」



佳奈は力強く頷いたのだった。


☆☆☆


慎也の部屋のクローゼットは人が入れるようなスペースがなかったので、まずは片付けをするところから開始だった。



「結構キレイな部屋だと思ってたけど、クローゼットに押し込んでただけなんだね」



美樹が片付けを手伝いながら笑う。



「そうだよ。夏休みに入ってみんなが家に来るかも知れないと思ってたんだろうね」



佳奈が答える。



実際にそのとおりになったわけだけれど、こんな風に集まることになってしまうなんて思ってもいなかった。



ハンガーにかけられていなかった服を一枚一枚丁寧にハンガーにかけていくと、今度は服に埋もれていたマンガの山が出てきた。



どれもこれもゾンビや化け物を退治する内容のものばかりだ。



「へぇ、慎也ってこういうマンガが好きだったんだ」



春香が後ろから顔だけのぞかせて言った。



「うん」



佳奈は懐かしそうに目を細める。



夏休みに入る前に『来月の新刊も絶対に買うんだ』と言っていたことを思い出す。



その新刊はもう発売されて、買ったんだろうか?



ほんの数週間前のやりとりなのに今では遠く昔のことのように感じられる。



まるで夢の中の話しみたいで、また少しだけ涙が滲んできた。



女子3人でどうにかクローゼットの中を片付け終えると、明宏が慎也の布団をはぐった。



見えている首の切断面に丁寧にタオルを巻いていく。



血は止まっているがタオルはピンク色に染まっていった。



その間に佳奈はクローゼットの中に毛布を敷いておいた。



慎也の体をそのまま寝かせることになんだか抵抗があったのだ。



「よし、これでいいぞ」



明宏に言われて佳奈は慎也の体に近づいた。



「悪いな。俺がこんなんだから」



大輔が自分が手伝えないことを申し訳なさそうに言う。



佳奈は左右に首を振り、慎也の両足を持った。



逆側を明宏が持ち上げる。



「せーのっ」



と掛け声と共に慎也の体がベッドから浮いた。



そのままクローゼットへと運んでいく。



数分後にはさっき片付けたばかりのクローゼットの中に、慎也の体が横たえられていた。



「ごめんね慎也。少しだけ我慢してね」



佳奈は慎也の体にタオルケットをかけて、そっと扉を閉めたのだった。



慎也の体を移動した後、5人は再びリビングに集まってきていた。



「慎也の両親はいつまで旅行へ行っているの?」



春香に聞かれて、佳奈はソファの後ろにかけてあるカレンダーに視線を向けた。



慎也からはなにも聞いていなかったが、ここに旅行日程が書き込まれていたのだ。



「夏休みが終わる3日前に戻ってくるみたい」



佳奈が日程を見ながら答えると明宏が軽く笑った。



「息子を1人にして夫婦で長期間旅行か。気楽な両親だな」



「そうだね。そんな感じの人達だったよ」



慎也の両親に会ったことのある佳奈は頷いた。



基本的に慎也のことは放任主義で、家に連絡さえ入れていれば何日間家に帰ってこなくても大丈夫という印象だった。



それは自分たちにも適用されていたようだ。



おおらかで自由な家族。



そう感じたことを思い出す。



「でも、そのおかげでここに集まれるんだもんね。感謝しなきゃ」

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