頁陸__不毛

 僕はしばらく天井に釘付けになっていましたが、肝心の白咲さんの姿が見えない事に気が付き、慌てて辺りを見渡しました。

 ですが、そこで運悪く物音を立ててしまい、判道さんに見つかってしまいました。


「おやおや、もう一匹鼠が紛れ込んでいたとはな!」


 人間とは思えないほどの膂力で、僕は部屋の中に引きずり込まれました。

 恐怖で抵抗もできず、されるがままに投げ飛ばされて部屋の隅まで転がると、壁に誰かが座ってもたれかかっているのが見えました。


 いえ、正確にはもたれかかっていたのではなく、左腕を上げた状態で、手のひらの中心をナイフで刺し貫かれて壁に固定されていました。

 それはまるで先程の判道さんのようでもあり、『誰か』の正体を把握した僕は悲鳴じみた声を上げました。


「し……白咲さん!!」


 そう、そこにいたのは白咲さんだったのです。

 扉から覗いた時は、判道さんが死角になって見えなかったのでしょう。

 彼女はぐったりとしていて微動だにせず、僕はまさかと身震いしました。


「安心したまえ、それも生きているよ。まあ、これから貴様もろとも殺す訳だが──何か、質問はあるかね?」


 判道さんは余裕そうに、それでいて意地の悪い笑みを浮かべながら、教師のように質問を促しました。


「ど、どうしてこんな事を……」


 恐怖と混乱の最中、まず天井の『彼女達』の事について聞くと、判道さんは呆れた様子で鼻を鳴らしました。


「ああ、あれはただのだよ。十代の少女の悲鳴は至高の甘美だが、長く聴くのは難しい。故に、遠い過去に存在したという処刑法を真似てみた訳だ。……まあ、そこの女は貧相だし、男の声など騒音に過ぎん。故に、貴様らに試す事はないがな。喜びたまえ、そのおかげで楽に死ねるぞ!」


「……この村に、来た理由は?」


「辺鄙だが『狩場』に近くて土地が余っていたからだ。おかげで、こんなにも立派な防音室を作り上げられた。貴様らのような田舎者からの畏敬の念も、まるで現人神になったようで心地良かったよ。だが──」


 無表情から一転、怒りで顔を赤くすると、判道さんは僕を何度も足蹴にしました。


「春成! 貴様のっ、ようなっ、身の程知らずがっ、私の弟子になりたいだと!? 思い上がるな! 才能のない田舎者が! 貴様のような愚か者がっ、私は一番、嫌いなんだよ!!」


 次第に判道さんの怒りは明後日の方向へ飛躍していき、「昔も私の才能を認めない屑共がいた」だの、「天才を見抜けない節穴に見通せる未来はない」だのと好き勝手喚き出しました。

 蹴られている間、最初はただ痛みと恐れだけがあったのですが……段々と、怒りが湧き上がってきました。

 理不尽な暴力に、過剰な罵倒、そして何より……被害者の少女達や村を蔑ろにするその態度。


 人知を超えた存在に対する恐怖はいつの間にか激情にかき消され、僕は判道さんの足を必死の思いで掴むと、腹の底から叫びました。


「ふざけるなよ化け物が……!! お前みたいな奴が、村を馬鹿にするな!!」


「何、だと? ……今、貴様は楽に死ねる道すら絶ったぞ! 良いだろう、望み通り苦しみ藻掻いて──」



「死ねばいい。──、ね」



 その言葉は、空間を裂くような一発の銃声と共に放たれました。

 同時に判道さんの胸に血の花が咲き、彼の体内から突き破る形で次々と刃が生えてきました。


「な、な、な? 何だこれは!?」


 判道さんが混乱と激痛によってのたうち回りながら断末魔を上げる中、彼女が──白咲さんが、僕を起こしてくれました。


「あ、ありがとうござい……え。白咲さん、腕、が」


 ですが、僕は彼女の左腕に気を取られ、満足にお礼を言う事はできませんでした。

 彼女のコートの左袖が、中身がない事を示すように靡いていたからです。

 その上、白咲さんの背中越しに磔にされたままの左腕も見えて、僕は絶望と恐怖で顔から血の気が引くのを感じました。


「安心して、あれはただの義手よ。接合部を外しただけだから、何の問題もないわ。貴方には色々と言いたい事があるけれど……とりあえず、今はここにいて。少しでも体が動くのなら、目と耳を塞いでいなさい」


 僕を壁にもたれさせると、白咲さんは息も絶え絶えな判道さんに近付きました。


「思い、出した……! あらゆる手を使い不死者を殺す、気狂い集団……。繰り返し殺す事を前提とした拷問すら厭わぬ人でなし! 不死者総滅隊ふししゃそうめつたいか、貴様……!!」


「……化け物に『人でなし』呼ばわりされる筋合いはないわ。私達はただ、これ以上同じ境遇の人達を増やしたくないだけよ。親を、兄弟を、恋人を、……己の手足を、ただお前達の享楽のために消費され続けた人生を、取り戻したいだけ」


「もう少しまともな嘘を吐けよ、復讐鬼……! 所詮我らと同じ穴の狢、それらしい大義を振り回して、殺人を愉しみたいだけの──」


「もういい。聞いているだけで耳が腐りそうになる」


 白咲さんは容赦なく体内から刃が突き破ってくる銃弾を何度も撃ち込み、そのたびに判道さんは激痛に叫びながらのたうち回っていました。

 その姿がとても見ていられず、僕は白咲さんに言われた通り目と耳を塞ぎたかったのですが、痛みでそれは叶いませんでした。

 目も逸らせず、朦朧とした意識でぼやける視界の中、その拷問を見ていました。


 判道さんへの恐れも怒りも消え失せ、逆に白咲さんに対する恐怖心が出てきて……そして同時に、両者を少しだけ憐れんでいたのかもしれません。

 復讐のために不死者を掃滅する集団に属していたという白咲さんと、彼女を『同じ穴の狢』だと批判する判道さん。

 どちらが正しいのか、間違っているのかという単純な話ではなく──、何と言えば良いのでしょうね。

 彼女の不毛で一方的な蹂躙に対し、僕はそう感じたのかもしれません。


 ともかく、何回目かの会話と断末魔の果てに判道さんは抵抗を止めたようでした。

 体は再生はしているものの、精神力の消耗までは治らないらしく、息も絶え絶えといった様子で彼は床に這いつくばっていました。

 そんな判道さんの頭に銃口を向けつつ、白咲さんは問いかけます。


「これが最後の質問よ。……『透無虚鵺とうむからや』という名前に、覚えはある?」


「知って……いるとも……。彼こそは完璧な不死者……人類が至るべき理想……」


「…………今、どこにいるの?」


「知らな──」


「そう、じゃあもう用はないわ」


 冷酷に告げると、白咲さんは即座に彼の眉間を撃ち抜きました。

 刃が飛び出る事はなく、判道さんの体が末端からサラサラと灰になっていきます。


「ふ、フフフ……。貴様のような奴に……かのお方が殺せる訳がない……」


「やってみないと分からないでしょう。いいから黙って死になさい」


「いつか、その鉄仮面が絶望に歪む時が楽しみだ……さらば、復讐……鬼──」


 判道さんがいた場所には、彼の体と同じ形で積もる灰しか残されませんでした。

 そう、彼らは『不死者』という呼び名とは裏腹に完全なる不死ではなく、死後は骨一本すら残りません。

 それが、彼女が復讐を誓う存在──不死者なのです。

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