頁肆__惨劇

 白咲さんが村に来てから四日目。

 その日は前日までの鬱々とした曇り空が嘘のようにすっきりと晴れ渡り、「祭りの日にはぴったりだ」と僕は嬉しくなりました。

 ああ、この『祭り』と言うのは村に伝わるもので、一年間の豊穣と村人達の健康を願うささやかな行事です。

 縁起も良いだろうし、旅の安全祈願にどうでしょうかと白咲さんを誘うと、彼女は「最後の思い出作りには良いでしょうね」と頷きました。


「もう旅立ってしまうんですか?」


 もうしばらくは滞在するだろうと思っていた僕は、身勝手にもそう尋ねてしまったのですが、白咲さんは特に後ろ髪を引かれた様子もなく「これ以上お世話になる訳にもいかないもの」と事もなげに答えました。

 続けて、出立するのは明日の朝だと言うので、せめて今夜の祭りだけは心の底から楽しんでもらおうと僕は決意しました。

 何しろ、ここに至るまで白咲さんの無表情が大きく崩れた事がなかったもので。

 せめて一度くらいは、彼女の笑顔を見てみたかったのです。



──────



 時間になるまで、祭りの由来や内容についての説明しつつ暇を潰し、夕方の終わり頃、辺りが暗くなる前に僕達は祭りの行われる広場へと向かいました。


 ……祭りの内容ですか?

 流石に、通りに屋台が立ち並び、花火や見世物があるような、大掛かりで賑やかなものではありませんよ。

 各々の家からご馳走やお酒を持ち寄って共に飲み食いし、子供達が披露する奉納舞を見ながら、一年の豊穣と健康を祈願する……。

 厳粛な儀式もなく、あくまでも村の団結を強めるための、大きめの寄り合いみたいなものです。


 なので、広場には多くの村人達が集っており、皆ここぞとばかりに白咲さんのお皿にあれもこれもと様々なご馳走を積み上げていました。

 ひと段落する頃には、彼女のお皿はご馳走で山盛りになっていて、向かいにいる僕から彼女の顔が見えなくなってしまうほどでした。

 皆も、白咲さんに恩返しがしたかったんでしょうね。


 けれども、白咲さんは嬉しさで笑うどころか、むしろご馳走の山に困り果てているようでした。僕も減らすのを手伝ったのですが……これがまあまた多いこと。

 結局、他の人達も巻き込まないと食べきれませんでした。


 そんなどんちゃん騒ぎの最中、ふと白咲さんが辺りを見渡して言いました。


「……あの人は来ていないのね」


「え? ……ああ、判道さんの事ですか? 判道さんは祭りには来ませんよ」


「どうして?」


「どうやら、騒がしいのは苦手らしく……。この村に来てから、祭りに参加した事は一度もないんです」


「……そう」


 おもむろに立ち上がると、白咲さんは「明日の準備があるから、先に戻るわね」と去ってしまいました。

 話しかける隙もなく、気が付いたらいなくなっていたのです。

 結局、祭りの楽しげな雰囲気をもってしても、彼女の無表情が崩れるところを見る機会はなく、僕はそれを残念に思いながらも祭りの後始末を手伝いました。



──────



 それから夜が更けた頃……確か、日付が変わった辺りでしょうか。

 広場から帰る途中に、遠くの道を歩く白咲さんの姿を見かけました。

 どこか急ぐ様子で足早に歩く彼女の様子を不審に思い、僕は無礼を承知で尾行する事にしました。

 もしも彼女が強盗ならば一大事ですし、それが杞憂だったとしても、せめて別れる前に一言だけでも交わしたかったのです。


 白咲さんは特にどこかに忍び込んだり、何かを盗もうとする様子もなく、村を出る道を真っ直ぐ歩いていました。

 こんな夜更けに出立する理由は何なのか、どうして別れの言葉を一言も残してくれなかったのか……僕の胸中にそのような問いが渦巻く中、突如として白咲さんが左へと曲がりました。村を出る道は直線であるのにも関わらず、です。

 しかも左の道の先には、あの判道さんの洋館があるのです。


 鳴りを潜めていた悪い想像が──彼女が強盗かもしれないという疑惑が、どんどんぶり返してきました。

 疑惑が真実だった場合は犯行を止めなくてはならないと思ったのですが、決定的な場面も抑えずに人を強盗呼ばわりするのもよくありません。

 なので、何のために判道さんの家に行くのかを見極めてから声をかけようと思い、僕も同じ道を進みました。


 白咲さんに尾行がばれないように離れて歩いていたため、僕が洋館に辿り着くには少しタイムラグがありました。

 遠目に洋館が見えてきた、その時。


 とても小さなものですが、パリンと硝子が割れる音がしました。

 急いで駆けつけると、洋館の横の窓の一つが割れているのが見えました。

 そこから、おそるおそる中を覗くと──



 まず最初に、白咲さんが見えました。



 次に見えたのは、彼女の手に握られた拳銃と、銃口から立ち上る白い煙。



 暗いはずなのに、やけに赤く見える応接間。



 そして──頭部が吹き飛んだ男性の死体が、彼女の足元に転がっていました。



 彼女は静かに佇んでおり、返り血に塗れているはずなのに拭う素振りもありませんでした。

 僕はそれを見て、深い絶望にも似た恐怖を感じていました。

 何しろ、僕の才能を見込んでくれた錬金術師が、最初に僕が憧れていた錬金術師を殺した場面に立ち会ってしまったのです。無理もないでしょう?

 村へ助けも呼べず、かと言って彼女に対して非難の声を上げる事もできず──僕はただ、その場で震える事しかできませんでした。



 ですが、こんなものはまだ序盤に過ぎなかったのです。

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